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表皮のメルケル細胞がやさしく触れられた刺激を受容して求心性神経に伝える機能を解明

2014年5月22日

米国コロンビア大学 皮膚科
仲谷正史博士研究員、馬場欣哉主任研究員

アリストテレスが定義した五感の中でも最も未知な部分が多いとされる触覚。“触られる”、あるいはそれが持続した“押される”刺激(機械刺激)を感知する皮膚の受容器(機械受容器)としては、毛包上の神経終末の他に、末梢神経の終末が特殊な細胞や細胞群と結び付いた構造体が知られている。例えば、表皮直下の真皮乳頭にあるマイスナー小体、真皮の深部や胃腸に接する脂肪層などに存在するパチニ小体、表皮と真皮にあるメルケル細胞や、皮下組織にあるルフィーニ終末などだ。その中でメルケル細胞は、指先ではエッジやテクスチャの感触を伝達する遅順応のAβ求心性神経タイプ1の応答に寄与すると考えられていたが、ほんとうに機械受容器として機能し、神経終末にその信号を伝えるのかは謎のままだった。

このほど米国コロンビア大学医学部皮膚科の仲谷 正史(なかたに まさし)博士研究員、馬場 欣哉(ばば よしちか)主任研究員、Srdjan Maksimovic博士研究員、Ellen A. Lumpkin教授らの研究グループは、表皮メルケル細胞がやさしくゆっくりと押される機械刺激を受容し、かつ信号を求心性神経に伝えることを証明し、Nature 2014年4月6日のオンライン速報版に報告した。

メルケル細胞とAβ求心性神経終末が作るメルケル細胞–神経複合体の模式図
今回の研究を通じ、表皮メルケル細胞において、Piezo2チャネルが機械刺激の受容に貢献していること、受けた機械刺激を求心性神経に伝える機能が証明された(Iggo and Muir (J Physiol. 200, 763-796, (1969))、Yamashita and Ogawa (Somatosens Mot Res. 8, 87-95, (1991)))らが提唱した二受容部位モデルより改変)。 | 拡大する

メルケル細胞はドイツの解剖学者Friedrich Sigmund Merkelが1875年に光学顕微鏡の観察下で、神経終末と結び付いた小さな卵形の細胞を発見したのが名前の由来だ。その後、1965年に電子顕微鏡での観察からこのメルケル細胞–神経複合体の詳細な形態が報告され、メルケル細胞が神経細胞側に持っている顆粒状の物質が神経伝達物質だと推測されていた。ただ、マウス表皮細胞全体の約0.5%しか存在せず、直径10 µmと周囲の皮膚細胞(直径30~50 µm程度)より小さい表皮メルケル細胞のみに、神経終末に影響させずに機械刺激を与えるのは難しいことから、研究がなかなか進まなかった。

研究の発展に大きく貢献したのが、Lumpkin教授が2003年に作製したトランスジェニックマウス。表皮メルケル細胞で選択的に発現する転写因子Atoh1遺伝子に緑色蛍光タンパク質(GFP)遺伝子を導入し、表皮メルケル細胞が生きたままでの標識を可能にした。さらに、このトランスジェニックマウスから表皮メルケル細胞をフローサイトメトリーによって他の細胞から分離し、培養することができるようになった。

仲谷博士研究員らが、1~2日間培養した表皮メルケル細胞に直接機械刺激を与えたときの電気生理応答をパッチクランプ法によって調べたところ、興奮性の応答を示すことが分かった。メルケル細胞はその小ささゆえに、機械刺激が強いと容易にダメージを受けてしまう。電極を近づけ、極細のガラス管でやさしく触るのには時間も手間もかかり、技術的な熟練が欠かせない。同大学メディカルセンターのウェブサイトでは実験の様子の一部やLumpkin教授による解説を見ることができる(“Columbia Scientists Identify Key Cells in Touch Sensation”)。

続いて、研究グループはこの機械受容を担うイオンチャネルを探索。表皮メルケル細胞をPCRで解析すると、機械刺激によって変形して陽イオンを非選択的に通すチャネルであるPiezoファミリーのトランスクリプト、特にPiezo2のトランスクリプトが皮膚全体と比較して豊富に発現しており、パッチクランプ法で調べた機械刺激に応答するイオンチャネルの特性は、確かにPiezo2チャネルの特性と類似していた。なお、皮膚のみでPiezo2をノックアウトした条件的ノックアウトマウスでは、表皮メルケル細胞が機械刺激に応答しないことが別の研究グループにより明らかにされ、本論文と同時に掲載されている(Nature 509, 622–626)。以上により、表皮メルケル細胞が機械刺激を受容すること、またPiezo2チャネルが機械刺激の受容に寄与していることが突き止められた。

研究グループは、表皮メルケル細胞への機械刺激応答について調べる一方で、マウスの脚から表皮メルケル細胞を含む皮膚と感覚神経を取り出し、皮膚–神経標本と呼ばれるex vivoの実験系を利用して、表皮メルケル細胞から求心性神経への出力も詳細に調べた。ただし、先述のように神経終末もまた機械受容器として機能していることから、神経終末を応答させることなく表皮メルケル細胞のみを刺激する方法が必要であった。そこで、馬場主任研究員とMaksimovic研究員らは脳神経の研究に使われている光遺伝学の方法を採用。表皮メルケル細胞に光刺激で応答するチャネルロドプシン2を強制発現させ、機械刺激だけではなく光刺激を与えることでも、表皮メルケル細胞より求心性神経に活動電位を生じさせられることを確認した。また、興奮性の細胞応答を抑制するアーキロドプシンTを強制発現させた表皮メルケル細胞を持つ皮膚–神経標本では、機械刺激中の求心性神経応答を光刺激によっても抑制できることを示した。この結果から、遅順応のAβ求心性神経タイプ1の応答を引き起こすためには、表皮メルケル細胞の存在が必要かつ十分な条件であることが分かった。

さらに研究グループは、メルケル細胞がAβ求心性神経タイプ1の応答パターンに与える影響を知るために、メルケル細胞の転写因子であるAtoh1を表皮のみでノックアウトした、表皮メルケル細胞そのものがない条件的ノックアウトマウスを作製し、皮膚–神経標本へ機械刺激を与える実験を行った。その結果、Atoh1条件的ノックアウトマウスでは、静的な(=やさしく持続的な)機械刺激に4秒以内に順応してしまうことが明らかになり、野生型マウスで見られる遅順応性の応答とは異なる特徴があった。さらに、このマウスでは、動的な刺激に対しても神経インパルス発射頻度が減少していることが確認された。同様の特徴は、Piezo2条件的ノックアウトマウスでも見られた。つまり、メルケル細胞も神経終末も共に機械刺激を受容するが、特にメルケル細胞はやさしく持続的な機械刺激に深く関与していることが明らかになった。

形態学、分子生物学、光遺伝学、電気生理学の研究手法を組み合わせた、この一連の研究方法は、「今後、メルケル細胞と同じく触覚を担うマイスナー小体やパチニ小体の機能解析にも示唆を与えます。また、わずかな機械刺激が疼痛を引き起こす異痛症の研究進展にも寄与します」と仲谷博士研究員。今回の研究で細胞1つずつに行っていた機械受容特性解析をハイスループット化する技術の開発が今後の目標だ。

また、馬場主任研究員は「メルケル細胞が誘導する末梢神経の発火のパターンには規則がなく、その不規則性の理由を明らかにしたい。また、マウスの手足の裏の感覚神経が毛のあるところとないところでどのように分布が異なり、発火パターンが違うのかも調べたいと考えています」と抱負を語る。

大学4年生のときに『タッチ(神経心理学コレクション)』(岩村吉晃著、医学書院、2001年)を読んで触覚に興味を持ち、触感の新しい価値を創る活動“TECHTILE(テクタイル)”(http://www.techtile.org/)も始めた仲谷博士研究員と、昆虫の逃避行動の研究で機械刺激に出会い、ハダカデバネズミの体毛の研究を経て、皮膚の研究に移った馬場主任研究員。二人の米国での共同研究のこれからがますます期待される。

小島あゆみ サイエンスライター

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