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模擬裁判で一般人が情状酌量を行う際の脳機能のメカニズムを世界で初めて報告

2012年6月28日

独立行政法人 放射線医学研究所 分子イメージング研究センター
分子神経イメージングプログラム 脳病態チーム
5B山田 真希子 主任研究員

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裁判員になったとして、罰したい気持ちと被告人への同情の両方があるときに量刑の判断を求められたら、脳はどのように働くのか。独立行政法人 放射線医学研究所(放医研) 分子イメージング研究センター 分子神経イメージングプログラム 脳病態チームの山田真希子主任研究員らの研究チームは、裁判員制度による裁判を模した状況を設定した実験により、情状酌量を行うときには、脳では他者理解や共感、道徳的な葛藤などに関連する部位(内側前頭前皮質、楔前部)の活動が活発になること、また、責任追及と同情のバランスは、主観的体験に関わる部位(右島皮質)の活動と関連していることを報告した(Nature Communications 3, Article number: 759 )。これは情状酌量という複雑な判断における脳の活動を示した、世界で初めての研究結果だ。

大学時代からヒトの心に興味を持ち、脳損傷や精神疾患の患者さんの共感能力や社会性と脳の構造や機能との関係を研究してきた山田主任研究員は、放医研に来た2009年、実施直前であった裁判員制度をテーマに「一般の人が同情と責任追及をどうバランスを取って判断するのか知りたいと研究チームで考えた」と話す。それまで社会規範に違反した非道徳的な人に対して不快な情動と関連する扁桃体が反応し、扁桃体の活動が高まるほど、その人に重い罰を与える傾向があることが明らかになっていた。ただ、被告人の不遇な境遇に同情して減刑したいと考える情状酌量に関しての研究はなかったという。

そこで、脳の血流中の酸素消費量の変化で活動領域を見る機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を使って、犯罪内容と背景を知った後で量刑を評定する模擬裁判実験を行った。被験者は20歳代の健康な学生(男性13名と女性13名)で、いずれも法学のバックグラウンドはない。

まず「包丁で妻を刺して殺害した」といった「殺人内容」、「介護疲れと生活苦」のような同情的な背景、「不倫相手と結婚するため」といった身勝手で非同情的な背景を持つ各16種類のシナリオを用意し、臨場感を出すためにデータベースから選んだ顔写真を添えた資料を作成。被験者はMRI装置に入る前に犯罪内容と背景を読み、MRIの装置内でさらにもう一度犯罪内容と背景を読んで、懲役20年よりもどの程度量刑を重くするか軽くするかを、バーの矢印をスライドさせて決定する。懲役やシナリオなどの設定は、法律の専門家に妥当性を確かめた。「昭和の初めからの最高裁の判例からシナリオを作り、どの程度同情を喚起するかを予備アンケート調査で調べて、妥当性のある32のシナリオにしていく集計作業に半年以上かかった」と山田主任研究員。

実験の結果、被告人に同情的な背景がある場合には減刑、非同情的な背景がある場合には厳罰の傾向が見られ、同情すればするほど刑が軽くなる傾向もあった。そして、同情的背景を読んでいるときには楔前(けつぜん)部と内側前頭前皮質が活発になり、これらの領域は量刑を下げようとするときにも活動していた。楔前部と内側前頭前皮質は他者理解、道徳的葛藤、認知制御に関わる領域で、被告人への同情、一方で犯罪に対する不快感の間に生じる道徳的葛藤、量刑判断という認知制御が行われていると推測できる。また、量刑を下げるほど脳の中央部の線条体の活動が上がることも明らかになった。線条体はチャリティー行為で活発になることがわかっており、減刑は他人の手助けをするチャリティー行為と重なっているようだ。

さらに個人の量刑評定と同情の関連を見ると、全員で量刑の判断に同情が影響を及ぼしていたが、その程度には個人差があり、右島皮質の活動が活発な人ほど同情によって量刑を下げていた。「島皮質は身体内部の情報を脳の情動・認知処理に統合する部位で主観的体験に関わる。量刑評定という理性的な判断を同情や共感と結びつけるときにも働き、情け深さと関係していたことが初めてわかった」。

「今回の実験は、理性と感情=認知と情動が混じり合う、複雑な意志決定を行う際の脳機能を明らかにしたもので、この成果は、周囲の人に共感しにくい、あるいは共感しすぎて自分がバーンアウトするような心の病気や発達障害のメカニズムの解明にもつながる可能性がある」。

山田主任研究員は現在、ドーパミンやセロトニンなどの神経伝達物質の分子イメージングを組み合わせ、様々な精神症状や心理状態、複雑な判断などの脳内メカニズムを研究している。山田主任研究員らの“社会と結びつく認知神経科学研究”の今後の発展に期待したい。

小島あゆみ サイエンスライター

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