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赤ちゃんの言語習得能力を脳機能イメージングで研究

2010年7月22日

慶應義塾大学院社会学研究科
皆川(河合)泰代 准教授

生後4カ月の日本人の赤ちゃん12名に5種類の音を聴かせ、近赤外分光法(NIRS)で測定した(血中ヘモグロビン濃度=脳活動は黄色が最も強く、続いて赤が強い)。日本語で左半球の反応が強く、マカクザルのコミュニケーションコールでは両半球に反応が見られた。 | 拡大する

赤ちゃんは生後4カ月までに母国語に合わせて脳の言語認識機能を発達させている―――慶應義塾大学院社会学研究科の皆川(河合)泰代准教授らは、最近、脳機能イメージングの一種、近赤外分光法(near-infrared spectroscopy:NIRS)を用いた研究で、赤ちゃんの潜在能力を明らかにした。

これは同大学の人文グローバルCOE プログラムの研究の一環で、連携機関であるフランス高等師範学校(ENS)および理化学研究所との共同研究の成果。一般に赤ちゃんは生後6~9カ月くらいまではさまざまな言語の音韻を聞き分けるが、1歳頃には母国語に特化して認識し、ほかの言語を聞き分ける能力を失うことがわかっている。皆川准教授らが、今回の研究対象を4カ月児に設定したのは、これまでの行動実験から生後5カ月程度で母国語とどの言語も聞き分け、脳ではもう少し早く、違いが認識されていると推定されていたからだ。このような赤ちゃんの聴覚や言語認識に関して、脳機能イメージングを利用して計測した報告はこれまでにあまり例がない。

近赤外分光法は「光トポグラフィー」とも呼ばれる。頭皮にプローブを付け、生体透過性の高い近赤外光を照射して、その散乱光が脳を通って戻ってくる際の大脳皮質の血中ヘモグロビンの変化を測定するもので、血中ヘモグロビンが多い部位が活性化していると推測される。

言語処理には左右の大脳半球が関係し、とくに左半球が優位に働くことが知られている。皆川准教授らの今回の研究では、前頭葉の中でも前部言語野を含む下前頭部の一部、音の処理を行う聴覚野や後部言語野(左半球)を含む上側頭部の、片側12チャンネル合計24チャンネルで計測。①母国語である日本語の短文、②非母国語(英語)の短文、③笑い声や歓声、泣き声、ため息といった快・不快の感情を伝えるだけで言語的要素(単語や文法的特性など)を持たない情動音声、④ヒト言語と進化的にも近い関係を持つサル(マカクザル)の威嚇や機嫌のいいときの声のようなコミュニケーションコール、⑤①~④の全ての音を細かくして順不同に並べた合成音の5種類について、音の強さと長さが等価になるよう調整、生後4カ月の赤ちゃんに順不同に各10秒聴かせ、8クール以上データが取れた12名分を集計した。

その結果、日本語にも英語にも主に左半球の後部言語野に反応がみられ、とくに母国語である日本語では、最も強い左半球優位な脳反応を示した(図参照)。「まだ言葉の意味は理解できないので、日本語と英語は音声的に区別しており、胎児の頃から聞いていて、生後も4カ月間聞き慣れた日本語を受け入れる脳内回路が形成されている可能性がある」(皆川准教授)。

皆川准教授自身、意外だったのはサルのコミュニケーションコールに対しても両半球の広い範囲で脳活動が見られたこと。成人ではサルなどの動物のコールには弱くしか反応しない。「4カ月児はまだ異種のコミュニケーションコールに反応する脳の柔軟性があり、身近にサルがいる世界に暮らし続ければ、サルとある程度コミュニケーションできるかもしれない」。また、情動音声は右半球、合成音には左半球に1チャンネルのみと成人と同様の反応を示した。この結果から、赤ちゃんの脳がさまざまな言語や動物のコミュニケーションまでも含めて、環境に適応する力を秘めていること、そして実際に環境に適応すべく、脳をチューニングしていくことが明らかになった。

成人の脳機能研究ではfMRI(機能的磁気共鳴画像)やMEG(脳磁図)などが用いられるが、じっとしていられない小児では、保護者に抱かれたままで、おもちゃなどで気を引きながら、比較的自然な状態で検査できるNIRSが使われるようになっている。NIRSは従来欧米で新生児の低酸素脳症や脳腫瘍などの検査などへの応用が研究されてきたが、日本で多チャンネルのNIRSが開発されたこともあり、世界の中でも日本でNIRSによる小児の脳研究が盛んに行われている。「最新のNIRSでは脳部位のつながりも推定できるようになってきている」と皆川准教授。

皆川准教授はもともと日本語教師を志望し、第二言語習得の研究を始め、母国語の習得にも研究テーマを広げた。勤務した国立障害者リハビリテーションセンターに日立が開発したNIRSのプロトタイプがあったことから2000年からNIRSを研究に使うようになった。これまでに、日本人の4カ月児が成人が聞き取れない韓国語の母音の違いを聞き取ること、「角」と「華道」のような母音の長さによって意味が違う単語は生後6~7カ月時に違いを認識し、10~11カ月でその反応がいったん消失した後、13カ月以降で安定して反応するようになること、単語の切れ目は8~9カ月程度でわかるようになることなどを明らかにしている。

自閉症や低出生体重児の発達障害の研究にも注力している。低出生体重児には注意欠陥・多動性障害(ADHD)などの発達障害の頻度が高いと報告されており、慶應義塾大学医学部小児科学教室、文学部心理学研究室と共同で、生後まもなくから3歳まで縦断的に研究を行い、正期産で生まれた子どものNIRSのデータと比較して、発達障害の早期発見、療育プログラムへの連携に活かす予定だ。社会認知科学と医療との出会いから出て来る知見にも期待が高まる。

小島あゆみ サイエンスライター

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