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T細胞が内臓脂肪の慢性炎症を起こすメカニズムを発見

2009年8月27日

東京大学大学院 医学系研究科循環器内科
真鍋 一郎 特任准教授

高脂肪食を与えた肥満マウスにあらわれたマクロファージ(左図の矢印)は、CD8抗体を投与するとあらわれない(右図)。 | 拡大する

最近、内臓脂肪の慢性の炎症は、ウイルスに感染した細胞を破壊するCD8陽性T細胞がマクロファージを呼び寄せることに起因することが報告された(CD8はキラーT細胞の表面に存在する糖タンパクで、抗原提示に大きな役割を果たすマーカー)。これは、インスリン抵抗性を高めるなどメタボリックシンドロームなどに深く関与するとされる内臓脂肪の慢性炎症に獲得免疫が関わるという新たな知見となった。

発表したのは東京大学大学院医学系研究科の真鍋一郎特任准教授、永井良三教授(循環器内科)らの研究グループ。通常の食事を与えたマウスと高脂肪食を与えて肥満させたマウスの内臓脂肪組織に存在する免疫細胞を、フローサイトメトリーで解析したところ、肥満マウスでは、組織病理学的にはまだ炎症が起こっていない段階で、脂肪細胞の間質にCD8陽性T細胞があらわれ、その後マクロファージが集まって、炎症が起こり、インスリン抵抗性が高まることが明らかになった。また、CD8抗体の投与によってマクロファージが出現しないこと、CD8陽性T細胞ノックアウトマウスでは、高脂肪食を与え、肥満させても内臓脂肪に炎症が起こらず、インスリン抵抗性も高くならないこともわかった。これら一連の研究から、CD8陽性Tリンパ球が内臓脂肪の炎症やメタボリックシンドロームの鍵を握ることが示された。

真鍋特任准教授は循環器内科の専門医で、もともと血管平滑筋細胞の分化のメカニズムを研究していた。1998年には血管平滑筋細胞の転写因子であるKLF5を同定し、2005年にはKLF5が脂肪細胞分化に重要なこと、2007年には骨格筋の脂肪燃焼を調節することを明らかにしている。

KLF5を介した脂肪細胞分化の研究を契機に、真鍋特任准教授の研究範囲は代謝のメカニズムにも広がった。2003年ごろから脂肪組織にも炎症が起こっていることが知られ始め、真鍋特任准教授は、動脈硬化と脂肪組織の炎症の共通点を直感、メタボリックシンドロームとの関連も調べ始めた。そして、同じ循環器内科医でレーザー共焦点顕微鏡によるイメージングを研究している西村智特任助教とともに、生きた脂肪組織をそのまま観察できるイメージング法を開発した。

2007年には、このイメージングを使って、肥満モデルマウスの精巣上体脂肪組織中にある分化成熟途上にある小型細胞の集団の近傍に必ず血管があり、しばしば先端が盲端となっていることを見出した。これはこの場で血管新生が生じていることを示唆する。さらに、「血管新生がないと脂肪細胞が増えない」という予測から、血管内皮細胞増殖因子VEGFの抗体で抗がん剤であるアバスチンを投与し、脂肪細胞の分化・増殖の抑制を確認。新生血管やVEGFが脂肪新生をサポートしていることを報告した。

真鍋特任准教授は、「肥満によって脂肪細胞の代謝産物が変化する、あるいは脂肪細胞が大きくなると血流が低下して虚血になる、脂肪細胞が死んで脂質が外部に出てしまう、などの理由で脂肪組織の機能が変わり、炎症が起こるのではないか」と話す。そして、がんにおける前がん状態のように、脂肪組織の変性や弱い炎症が前駆状態となり、長い期間を経てメタボリックシンドロームを発症すると推測している。

今回の研究では炎症が起こっている脂肪組織では血管内皮細胞やマクロファージなどのマーカーが見つかり、多種類の細胞が混在していることが明らかになっている。ただ、TNF-αのような炎症性サイトカインが主に脂肪細胞から出ているのかマクロファージから出ているのか、T細胞に抗原提示する抗原物質があるのかどうかなど不明なことも多い。今後は炎症性サイトカインの出所や抗原物質など内臓脂肪のみが炎症を起こすメカニズムの詳細を研究する予定だ。また、「動脈硬化が起こっている部分にわずかに見られるCD8陽性T細胞の働きも調べてみたい」と話す。

メタボリックシンドロームだけでなく、脂肪肝、アルツハイマー、がんなど炎症と関わるとされる慢性疾患は多い。炎症をターゲットにした真鍋准教授らの研究が未知の免疫機構の解明や生活習慣病のメカニズムの解明、そして新たな治療法の開発へとつながることが期待される。

小島あゆみ サイエンスライター

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