Nature ダイジェスト
Nature ダイジェスト
 
2023年1月号
 
Volume 20 Number 1
がんの最も厄介な変異に迫る

多くのがん種で変異を起こしているKRASというタンパク質は「アンドラッガブル」、つまり薬剤の標的にすることができないと考えられてきた。タンパク質表面に凸凹が少ないことや、多様な変異が頻繁に発生することなどが原因だ。だが、ある化学生物学者の2013年の報告をきっかけに、KRASを標的とする新薬の開発が進み始めた。道のりは長いが、患者の命を救えるかもしれないという希望が見えてきた。

 
 
今月の無料コンテンツ
Editorials
人種主義に終止符を打つことが科学向上の決め手 Free access!

この特別号は、困難な状況にある「科学」という船からの「瓶入りのメッセージ」です。この瓶をどうか見つけて瓶を開け、メッセージの内容に基づいて行動してください。

 
Japanese Author
奈良墨に着目した高大連携チーム、煤生成の通説を覆す発見 Free access!

地域の特産品である「奈良墨」への興味から、煤(すす)の生成過程について調べ、煤生成の通説を覆す発見をした、奈良県立奈良高等学校の廉明徳さんと久米祥子さん。京都大学の学生たちとの「高大連携」プロジェクトではあるものの、研究テーマの決定から実験、論文執筆、査読付き国際誌上での発表までやり遂げた2人と、指導に当たった同校の仲野純章教諭に、研究成果と高大連携について聞いた。

 
News & Views
SARS-CoV-2は宿主タンパク質を模倣して防御を回避する Free access!

SARS-CoV-2は、宿主の細胞核でDNAをパッケージングするヒストンタンパク質の1つを模倣するように進化してきたことが明らかになった。この模倣によって、遺伝子の転写が阻害されて、抗ウイルス応答が減弱する。

 
Where I Work
Damian Cohall Free access!

Damian Cohallは、西インド諸島大学ケイブヒル校 (バルバドス・ブリッジタウン)の 上級講師および前臨床・保健学部門長。

 
Research Highlights
リサーチハイライト

「軽く触れられただけで激痛を生じる『機械的アロディニア』の機序 」「粒子シャワーを利用して熱帯低気圧をマッピング」「電気自動車の普及で送電網が危機に」「希少な霊長類の未来を脅かす森林伐採」「ジャズのスイング感は、わずかなタイミングの遅れが生む」他。

News in Focus
ラットに移植されたヒト脳細胞が興奮と懸念を呼び起こす

ラットとヒトのハイブリッド脳は、ヒトの神経疾患研究の新しい方法となるが、同時に倫理的な問題を提起する。

培養ニューロンがコンピューターゲーム「ポン」を学習

コンピューターゲームをプレーするシャーレ上のニューロンが登場した。知能とはどう定義するものなのか、疑問を投げ掛けている。

小惑星の軌道を変更する実験は大成功!

宇宙機DARTを衝突させた小惑星ディモルフォスが新しい軌道をとっていることが確認された。人類はついに、小惑星の軌道を変更することに成功したのだ。

中世の羊皮紙に隠された最古の星表を発見

古代ギリシャの天文学者ヒッパルコスが作成した星表は、その存在は知られていたものの、既に失われたと思われていた。

脳の外からの電気刺激で記憶力が長期間にわたり改善

脳に4日間、非侵襲的な電気刺激を受けた実験参加者は、情報を想起する能力が改善し、その効果は1カ月間続いた。

高精度な時計の進みをレーザーで長距離伝送

高精度な時計の進みを、大気中を通過するレーザー光で長距離伝送する実験に中国の研究チームが成功した。

100日以内に国産ワクチンを!日本政府がSCARDAを発足

日本政府は将来の感染症の流行に備えて、国産ワクチンを迅速に開発・供給するために新たな組織を設置した。

家族関係にあるネアンデルタール人集団を初めて発見

ネアンデルタール人社会の構造に関して、近親者の古代DNAが新たな知見をもたらした。

Feature
がんの最も厄介な変異に迫る

多くのがん種で変異を起こしているKRASというタンパク質は、薬剤の標的にすることができないと考えられてきた。だが最近、KRASを標的とする一連の新薬の開発が進み始めたことで、道のりは長いが患者の命を救えるかもしれないという希望が見えてきた。

News & Views
生態系の新たなカタログ

地球の生態系に関して、生物種の分類に用いられているリンネ式の階層的な体系とよく似た、決定的な分類法が開発された。多大な努力によって得られたこの成果は、今後数十年にわたって保全活動の土台となる可能性がある。

光触媒粒子の電荷移動が明らかに

クリーンエネルギーである水素を生成する方法として、光触媒を用いた水の分解反応が注目されている。今回、単一の光触媒粒子中の電荷の動きが時空間的に極めて詳細に観測され、光触媒反応の機構の理解が進むとともに、優れた光触媒の開発につながると期待される。

謎めいた微生物DNAエレメント「ボーグ」の発見

微生物は、遺伝情報の一部を染色体以外のエレメントに保存している。そうしたエレメントに思いもよらないタイプのものが見つかり、その多様性と潜在的役割に関する考え方に変化が起こっている。

無害な腸内細菌への攻撃を抑える免疫細胞ができる仕組み

炎症性腸疾患を防ぐためには、免疫系が能動的にその制御を行う必要がある。今回、腸で免疫抑制性の「制御性T細胞」の分化を促進する細胞集団が見つかった。

Advances
アイスランドで火山が覚醒

近年に連続して起こった噴火は長い休眠の終わりを告げているようだ。

Editor's Note
明けましておめでとうございます!1月号には、培養ニューロンがゲームをプレイ(9ページ)や、巨大な染色体外DNAエレメント「Borg」の発見(39ページ)など、仰天の科学ニュースを詰め込んでおります。2022年の「1年を振り返って」(go.nature.com/3tJonHR)と合わせて、ぜひご覧ください!一足お先に小誌の1年を振り返った私ですが、革新的技術が実際に社会を変え始めたと感じた年でした。実用的なゲノム編集技術CRISPRは登場から10年。作物や養殖・畜産、そしてついにヒト医療でも応用が始まりました。人工知能(AI)の進歩も目覚ましく、プログラム自身が文章を創る言語生成AIや、タンパク質構造予測AIは、既に身近な存在です(go.nature.com/3WjZmhm)。しかし、ゲノム編集生物の扱いは国により規制が異なり、AIは「偏り」ある回答や個人情報漏洩などの問題をはらみます。革新的技術を使用したい者には細心の注意が必要です。一方、COVIDワクチンは、社会の1人1人が使用判断を迫られた革新的技術であり、薬事承認されていても、情報が少ない中で命に関わる選択をするのは簡単ではありませんでした。そしてCOVIDによる罹患後症状や循環器系のリスク増加の記事に触れるたびに、「か かった者はどうしたらいいのか」と心が痛みました。2023年は、前を向くことができる情報を届けたいと切に願っています。