Nature 2011年3月17日号
人体や病気を見る・調べる・治す—ヒト用のイメージング技術
現代の医療現場で欠かせない画像診断法。「体の中を見る」というこの技術は、物理学や化学、生物学、工学などの基礎研究の粋が集約されている。近年、PETやMRI、内視鏡などの技術の進歩にはめざましいものがあり、より正確な診断が行われるようになってきている。さらには、近赤外分光によるトポグラフィーなどの新しい技術の利用も始まっている。今回の日本語 Focusでは、臨床用を中心に、ヒトを対象としたイメージング技術の最近の動向とともに、許認可や商品化といった技術の普及についてレポートする。
図1: 自家蛍光によるラット大腸腺腫の検出 | 拡大する
すでに使用されている診断薬を応用する新しい技術
京都府立医科大学大学院医学研究科の髙松哲郎教授(細胞分子機能病理学)は 1980年代初頭から、共焦点レーザー顕微鏡を開発してきた。共焦点レーザー顕微鏡では、三次元の高解像度の分子イメージが得られる。高松教授は、当初、心臓での不整脈とカルシウムの関係を研究しており、まずラットから単離した心筋細胞のカルシウムイオンの出入りをイメージングすることに成功した。続いて生きた組織内の心筋細胞を観察する方法を開発し、カルシウムイオン濃度の高い領域が心筋細胞内をウェーブのように伝わっていく現象が何度も発生すると、致死性の不整脈が起こることを突き止めた。「その後、フェムト秒レーザーの開発などで、生きた細胞における分子の動きが見られるようになり、組織の機能もイメージングできるようになりました」と髙松教授。
さらに、小児科医でもあった髙松教授は、このような光学技術を臨床現場で利用できるようにしたいと考えた。in vivo光イメージングは、生体において分子の動きを細胞レベルでの高い空間分解能で観察できる。さらに、時間分解能もある、短時間で調べられる、大きな設備が不要でコンパクトに検査できる、という大きなメリットがある。だが、動物でうまくいっていても、そのままでは臨床では使えない。例えば、2008年のノーベル賞で話題になった蛍光タンパク質は、分子や細胞の観察に使われているが、人体に使うことは許されていない。医療応用をめざして特許が取られているナノ分子も、実際に承認されているものは数えるほどだ。そのため、髙松教授は、すでに人体で使用されている分子プローブを用い、その感度を上げる戦略を立てた。
乳がんでは、「センチネルリンパ節生検」といわれる、転移の有無を調べる術中迅速診断が普及しつつある。この検査は、手術前に色素と放射性同位元素を原発巣の近くに注射し、手術中、これを目印に、センチネルリンパ節(がん細胞が最初に転移するといわれているリンパ節)を探し出して摘出し、顕微鏡観察して転移の有無を調べる。PCR検査も一部保険適用されているが、これらの検査の結果が出る 15~ 30分程度の間は手術を中断し、患部を開いたまま患者も術者も待たなければならない。そこで、髙松教授らは、脳腫瘍や膀胱がんで手術前に原発巣の広がりを診断するのに使われている経口 5-ALA(5 アミノレブリン酸)を内視鏡(腹腔鏡)と組み合わせ、消化器がんのリンパ節転移の術中診断を実現した。5-ALAはアミノ酸の一種で、ミトコンドリアで代謝されてプロトポルフィリンⅨ(PP Ⅸ)になる。これにフェロキラターゼが作用して鉄が挿入され、ヘム bに変わるのだが、がん細胞では、フェロキラターゼ活性が弱く PPIXが蓄積する。また PPIX は、青色光により励起されて蛍光を発するという特徴を持つ。そこで、5-ALAの経口投与でがん細胞の PPⅨの蛍光を強くして、転移したがんをリアルタイムで検出しようというのだ。この方法はすでに同大学病院で 40例以上に施行されている。今のところ、光感受性物質で気を付けなければならない日光過敏症のような副作用は起きておらず、術前術後の日光遮断も行っていない。通常用いる HE染色による組織診断との比較でも、感度や特異度が高いことが明らかになっている。
また、髙松教授は、NAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)に着目。NADは酸素が不足した環境では、NADHという還元型に変わり、また、NADHは蛍光を発する性質を持つ。がん細胞は、常に酸素が不足しているので、NADHが高濃度で存在していると考えられる。これを利用して、蛍光色素なしで見る方法を開発中であり(図 1)、2種類の光を当てることで、非腫瘍の大腸ポリープとも区別できるようになった。この方法は、内視鏡によって低侵襲に手術ができるようになった現在、より正確で確実な診断を可能にする手段となるだろう。なお、すでにヨーロッパでは、治験が始まっている。
さらに、髙松教授は、心臓疾患に関しても、ラマン散乱を使う顕微鏡を開発し、臨床への応用をめざしている。心筋梗塞などの外科治療では、生きている心筋と壊死して瘢痕となった組織の区別が必要である。現在は、瘢痕組織に入っていくガドリニウム(造影剤)を投与し、 MRI検査を行う方法が一般的だ。髙松教授は、「心筋細胞が生きていれば冠動脈バイパス手術を行い、壊死していれば、その部分を切り取る手術も必要になります。ただし、この方法は、造影剤にアレルギーがある人やペースメーカーを装用している人には使えません。また、手術室でリアルタイムに調べられないのが大きな難点です」と説明する。ラマン散乱は、ある振動数の光を入れたときに生じる微量の光の散乱で、分子の区別に使える。髙松教授らの研究によると、生きた細胞ではエネルギーを作る酵素に不可欠なチトクロームが、壊死した部分にはコラーゲンが多く、ラマン散乱で区別できた。「ラマン光は蛍光の何万分の 1のシグナルですが、この現象を手術中に検出できるようにしたいと思っています」と髙松教授は意気込んでいる。
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