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暗黒世界の「力」を探す素粒子実験

トマスジェファーソン国立加速器施設の自由電子レーザーは、ダーク粒子に働く力を低コストで探す実験計画に使われる。

JEFFERSON LAB

米国バージニア州ニューポートニューズにあるトマスジェファーソン国立加速器施設(TJNAF)。地下トンネルの中の加速器で電子ビームが加速されている。このビームのエネルギー(電子の速度)はそれほど高くないが、非常に多くの電子が詰め込まれている。理由は、「輝かない光子」を検出するために、きわめて強い(電子の数が多い)ビームが必要であるからだ。

これは「重い光子探索計画」(HPS)と呼ばれており、2012年4月24日から3週間、実験が行われる。そこでは、電子を1秒間に5億回という頻度で薄いタングステン標的に衝突させ、短寿命の粒子のカスケード(滝)を発生させる。衝突と崩壊により親粒子→子粒子→孫粒子と次々に生じる大量の破片の中から、非常にまれな現象、あるいはその徴候が見つかることが期待されている。

特に研究者たちが狙っているのが「重い光子」だ。ダーク(暗黒)光子とも呼ばれる。これがもし発見されれば、理論物理学者たちが以前からその存在を推測してきた、ダーク力(観測にほとんどかからず、未発見のダーク粒子間に働く力)やダーク原子(ダーク粒子でできた原子)といった未知の世界への扉が開かれることになる。宇宙の物質の85%を占めると考えられているダークマター(暗黒物質)の正体を突き止めるヒントも得られるはずだ。

ダーク粒子群の世界(ダークセクター)を探るために、TJNAFでは、ほかにAPEXとDarkLightという実験計画が進められている。それらと同様、HPSに参加している研究者たちは、HPSが何も得られないかもしれない大胆な計画であることを認める。ただし、実験装置を製作して動かす費用は、約300万米ドル(約2億4000万円)とそれほど高くないため、多くの物理学者たちが同様の計画に取り組んでいる。HPS実験の共同スポークスマンである物理学者のJohn Jarosは、「未知の基本的な力は存在するのかという疑問は、物理学では常に大きな問題でした」と話す。

ダーク光子は、普通の光子と違って質量を持ち、ダーク光子が電子と陽電子(電子の反粒子)に崩壊する過程を通して、間接的にのみ検出できるとされている。普通の光子が電磁気力を伝えるように、ダーク光子もまた、ある種の力を伝える。この力は、私たちがすでに知っている4つの力(強い力、弱い力、電磁力、重力)とは別の、新しい基本的な力だ。ダーク光子が発見されるということは、これまで隠れていたダークセクターを初めて垣間見ることを意味する。そこには、ダークマターを含め、多数の新粒子が含まれている可能性がある。プリンストン高等研究所(米国ニュージャージー州プリンストン)の理論物理学者Nima Arkani-Hamedは「ガリレオが木星を回る衛星を発見したときのように、異世界を初めて見る瞬間となるでしょう」と話す。

スイスのジュネーブ近郊にある欧州原子核共同研究機関(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)は、世界で最も高いエネルギーを達成した最も高価な粒子加速器だ。LHCは超対称性理論などの予言が正しいことを証明してくれるはずだと物理学者たちは期待している。超対称性理論が正しければ、素粒子物理学の標準模型が抱えている問題の一部が解決する。しかし今のところLHCでは、超対称性理論が予言する粒子(ダークマター候補もこの中に含まれている)が存在する徴候は得られていない。カナダのオンタリオ州ウォータールーにあるペリメーター理論物理学研究所の理論物理学者Philip Schusterは、「研究者たちは、何も見つからない現状を歓迎していません。ほかにどんな可能性があるのか、研究者は考え始めています」と話す。

一部の物理学者たちは、単位面積当たりのビーム強度を高めるという戦略で、新たな現象を探し出そうとしている。できるだけ多くの衝突を起こさせて、まれなイベントを探そうという作戦だ。トマスジェファーソン国立加速器施設の電子ビームは、エネルギーは最高ではないが単位面積当たりの強度が極端に高いのだ。

ダークセクター、つまりダーク粒子群の世界という考えは、1986年に初めて提案された(B. Holdom Phys. Lett. B 166, 196-198; 1986)。しかし、Arkani-Hamedを含む理論家グループが数年前にそれを復活させるまで、ほとんど未開拓の分野だった(N. Arkani-Hamed et al. Phys. Rev. D 79, 015014; 2009)。そのようななか、2006年に打ち上げられた観測衛星「PAMELA」による観測で、宇宙の陽電子が予測以上に多いことがわかった。Arkani-Hamedらのグループはこの観測結果を踏まえ、ダークセクターのアイデアを洗練させ、陽電子がダークマター粒子の対消滅によって生じる可能性を提案した。

ダークマターの候補として取り上げられることが多いWIMP(弱く相互作用する重い粒子)は、陽子と反陽子にも崩壊するはずだが、PAMELAではそれを示すデータは得られなかった。ダークセクターに含まれるダークマター(Arkani-Hamedはこれを冗談交じりに「さらにダークな物質」と呼んでいる)は、力を伝えるダーク光子の崩壊を通じてのみ検出できる。その崩壊で陽電子は生まれるが、反陽子は生まれないはずだ、というのがArkani-Hamedらの主張なのである。

ダークセクターを考えるもう1つの動機となったのが、ブルックヘブン国立研究所(米国ニューヨーク州アプトン)の物理学者たちが2004年に報告した非常に興味深い実験結果である。電子に似た粒子で短寿命のミュー粒子は、スピンと電荷を持ち、それに伴って磁気モーメントを持つが、彼らは、その値が標準模型の予言と合わないことを発見した。Arkani-Hamedは「この異常磁気モーメントは『ミュー粒子のg-2』と呼ばれ、ダーク粒子に働く力を考えれば解決するかもしれません。理論研究者の目から見ると、アイデアはそれほど突飛ではありませんし、理論全体も普通の伝統的なものです」と話す。

この予言を確かめるのに、費用と時間はさほどかからない。トマスジェファーソン国立加速器施設のメインの6GeV(ギガ電子ボルト)の電子ビームは、重い光子が存在する可能性が最も高い質量領域を探るのにちょうどよいエネルギー領域にある。ビームは、HPSのために3週間の試験運転を行った後、停止して改良される。この改良でビームエネルギーは2倍になり、2015年に、HPSとAPEXはさらに異なるエネルギー領域においてダーク粒子を探ることが可能になる。一方、DarkLightは、TJNAFにある自由電子レーザー駆動用の電子ビームを使い、ほかの2つの実験よりも低いエネルギー領域で重い光子を探す(図「暗黒世界を探る」を参照)。

Arkani-Hamedは言う。「素粒子物理学の将来の新たな方向性が、CERNのような大規模実験ではなく、トマスジェファーソン国立加速器施設のような実験で示されたとしても、決して私は驚きませんね。新しい物理学を掘り当てるには、大きな怪物のような装置ではなく、小さく、速く、安く、高強度で低エネルギーの実験かもしれません」。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120707

原文

Physicists hunt for dark forces
  • Nature (2012-04-05) | DOI: 10.1038/484013a
  • Eric Hand