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防虫効果を持つ辛子植物

マスタード(洋がらし)のびんを手にしても、生物に備わった自然の防御システムを連想する人はいないだろう。だが最近の研究で、マスタードに含まれるピリ辛の化学成分が、この植物にとって虫よけに役立っていることが明らかになった。

デューク大学(米国ノースカロライナ州)、マックス・プランク化学生態学研究所(ドイツ)、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校(米国)の研究者たちはBoechera strictaという辛子植物を調べた。ロッキー山脈に自生する2つの個体群(1つはモンタナ州、もう1つはコロラド州)を観察した。どちらも辛味があるが、風味はわずかに異なり、地域によって化学成分が違うようだ(詳細はScience8月31日号に報告)。

研究チームはまず、コロラドとモンタナの標本を実験室で調べた。分子解析によって3つの遺伝子が特定され、これをBCMAファミリーと名付けた。これらの遺伝子は、それぞれの辛子植物に特有の風味をもたらしている化合物の生産を開始させる酵素をコードしている。どのBCMA遺伝子を持っているかによって生じる酵素も異なり、モンタナ風味の辛子になるかコロラド風味の辛子になるかが決まる。

デューク大学のThomas Mitchell-Oldsらは次に、コロラドとモンタナの辛子植物多数を一緒にして、両州の野外に植えた。すると、モンタナの昆虫は、モンタナの辛子植物には寄りつかず、コロラドの辛子植物をむさぼり食うことがわかった。

この忌避効果は、モンタナの辛子植物が地元の昆虫を遠ざけるように特別に調整されていることをうかがわせる。何世代も前に辛子植物のBCMA遺伝子が変異して特有のモンタナ風の辛味が生じ、これが優れた防虫効果をもたらしたため、この遺伝子が個体群の中で一般化した可能性が高い。

一方、コロラドに植えた実験ではやや違う結果が出た。コロラドの虫は食べ物の違いにそれほどうるさくなく、コロラドの辛子植物とモンタナの辛子植物を同様に食べたのだ。こうした違いがなぜ生じたのか、それを知るにはさらなる調査が必要だ。

3番目の実験によって、BCMA遺伝子変異の物語に別のニュアンスが加わった。B. strictaと近縁関係にあるシロイヌナズナ属(Arabidopsis)の植物にBCMA遺伝子を導入して発現させ、コロラド風味またはモンタナ風味の辛味を持たせた。すると、この防虫効果は代償を伴うことがわかった。つまり、辛味成分はある種の虫や病原体を遠ざけるが、一方で、別の虫に対しては弱くなる(より食べられてしまう)ケースが見られたのだ。

(翻訳協力:鐘田和彦)

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2012.121209b