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ミクロの梁を光で冷やす

日光を浴びると、明るさと暖かさを感じるはずだ。しかし、日光はほかにも影響を及ぼしている。光がわずかながらあなたを押しているのだ。ただし、その力は砂粒の重さ程度でしかない。ここ数年、こうした光の力でナノスケールの世界の小物体の機械的振動を操作する研究が大きく進み、注目すべき成果が得られるようになった。

米国カリフォルニア工科大学トーマス・J・ワトソン応用物理学研究所のOskar PainterやJasper Chanらは1、今回、レーザー光を使ってナノメカニカル共振器の運動を減衰させることに成功し、Nature 2011年10月6日号89ページで報告した。共振器の振動エネルギーは、量子の世界ではもはや連続ではなく、フォノン(音子)という離散的な量子になる。Painterらの実験は、ほぼすべてのフォノンを系から奪い、この種の実験としては初めて、系の振動を量子力学で許された最低エネルギー状態(基底状態)にすることに成功した。彼らの成果は、この種の構造で、光を使ってさまざまな量子物理学的現象を実現する道をついに開いたといえる。

光が及ぼす力は放射圧と呼ばれる。光が放射圧を持つことは、100年あまり前に初めて確かめられた。放射圧を利用した有名な応用例が、原子の操作だ。例えば、放射圧を利用して原子をレーザー冷却したり、レーザービームの干渉で作られた光格子の中に原子を閉じ込めたりすることができるようになった。さらに、ガラスのビーズのような大きな物体の運動も、「光ピンセット」でコントロールできるようになった。

数年前から、ナノスケールで作られた構造の振動運動を制御する際にも、放射圧が応用されるようになった。その典型的な例が、光共振器(2つの反射鏡を向かい合わせたもので、光は鏡の間を行ったり来たりする)をレーザーで照らすもので、往復する光の放射圧が機械要素に力を及ぼす。機械要素は、例えば共振器の鏡の1つを保持したカンチレバー(片持梁)で、これが振動している。こうしたキャビティ(空洞)オプトメカニクス(光・機械学)は、今急速に成長している研究分野であり、さまざまな仕組みが研究されている2

例えば、膜や、微小トロイド(環状体)や、ナノビーム(梁)といった構造が研究されているほか、超伝導素子と振動する構造を結合し(相互作用をするように作り)、レーザー光の代わりにマイクロ波で駆動するものもある。ちなみに、この分野の研究の動機には、量子力学の基本的な問題の解明だけでなく、微小な変位や力のきわめて鋭敏な検出や量子情報処理などへの応用もある。

機械振動を量子力学が支配する世界に入れるためには、できるかぎり冷却しなければならない。それを実現するのがレーザー冷却で、基本的なアイデアは単純だ。光共振器に入るには不十分なエネルギーしか持っていない光子からなるレーザー光を送り込む。レーザー光は、機械振動から余分なエネルギー量子を奪って自らのエネルギーを高め、相手を冷却する場合にしか、光共振器に入ることができない。

放射による機械振動の減衰という方法の本質部分は、1970年にマクロな装置で実証された3。2004年には、光の熱効果で作られた力を使ってマイクロメカニカル共振器(マイクロメートルスケールの機械的共振器)を冷却するのにこの原理が初めて応用された4。2006年には、3つの研究グループがこの種の放射圧レーザー冷却を実現した5-7。そして今回、ついにナノメカニカル共振器を基底状態に冷却することに成功したわけだ1。しかし、光-機械結合は十分に強い半面、熱環境との結合が十分に弱い系を作るのは難しいこと、また標準的な方法で系を事前に低温に冷却することは難しいこともわかっていた。

図1:光と機械運動の結合
a Chanらは、穴のある自立したケイ素のナノビーム構造を作り、入射するレーザー光をその中央領域に捕らえた1。このデザインにより、光をナノビームの機械振動(この図では示していない)と結合させ、特定の振動定在波を量子力学の基底状態にすることが可能になった。
b Chanらの研究チームはすでに、ここに示したものとよく似た二次元フォトニック結晶構造を設計済みだ10。その構造は、光機械回路の基礎になるかもしれない。光と機械運動を互いに結合させたり、それらを光の導波路(青)や音波の導波路(赤)と結合させたりすることができる光機械回路の開発において、Chanらが設計した構造がその基礎になるかもしれない。なお、この装置で機械と光にかかわる機能が得られたのは、穴の形状を注意深く作ったからである。

Chanらは今回、これらの問題を克服した1。彼らの実験は、Painterらが2年前に導入した装置デザインに基づいている8。ケイ素でできたナノビーム(梁)に適当な配列の穴が設けてあり、これがフォトニック結晶になる。このナノビームが、光の波長よりもずっと大きくはない領域に光共振器を形成して、その中央領域に入射したレーザー光を捕らえる(図1)。このビームは自立していて振動でき、光が捕らえられる領域に局在した機械振動の定在波が生じる。定在波は周波数が高く(ギガヘルツレベル)、このため冷却が容易で、強く局在した光の場と機械振動が重なり合っているために、オプトメカニカル(光-機械)結合は特別に大きくなる。

さらに、この研究チームは、この「オプトメカニカル結晶」のデザインの柔軟性を利用して、振動運動の機械的減衰は強く抑制されるような構造にした。こうしたさまざまな工夫により、基底状態までレーザー冷却することに成功した。研究チームは、約20Kの温度で特定の振動定在波の平均フォノン占有数が約100個の状態からスタートし、振動のエネルギーを減らして平均フォノン占有数を1個よりも小さくすることができた1。最近、マイクロ波領域でも類似した実験が行われた9。Chanらの実験や1マイクロ波領域の実験は、キャビティオプトメカニクスの量子力学的振る舞いを調べる道を開いた。

このような研究の進展により、光と機械運動の非古典的状態を作ることも可能になるだろう。一例は、系に量子もつれを作り出し、それを検出することだ。つまり、光と機械運動との古典物理では不可能なほど強い相関だ。やがては、距離が離れた機械物体を光を使って量子もつれにすることも可能になるかもしれない。もう1つの魅力的な可能性は、多数の光と機械振動を結合する光機械配列や回路を作ることだ。そうした装置は、検出装置や信号処理などに応用できるいくつかの機能を同時に持たせることができるかもしれない。また、チップ上の光子とフォノンの集団動力学を研究するのにも使えるかもしれない。1個の光子と1個のフォノンの結合を今回達成された値の500倍に強くすることができれば、現在の装置の光子崩壊率を上回り1、興味深い非線形量子効果が観測できるだろう。

量子情報科学の研究者たちは、フォノンを1個ずつ光子に変える装置を作れる可能性が出てきたことを歓迎している。その装置は、Painterらの研究チームの設計に基づくものになるかもしれない10。ナノメカニカル共振器と超伝導2状態量子系(つまりキュービット)とを強くコヒーレントに結合させることはすでに実現されている11。これとフォノンを1個ずつ光子に変える装置とを組み合わせれば、固体素子のキュービットと光子とのインターフェースを実現できるかもしれない。それは、量子通信においてずっと待ち望まれていた技術だ。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120130

原文

The gentle cooling touch of light
  • Nature (2011-10-06) | DOI: 10.1038/478047a
  • Florian Marquardt
  • Florian Marquardtは、ドイツ・エアランゲンにあるフリードリヒ・アレクサンダー大学理論物理学第2研究室に所属。

参考文献

  1. Chan, J. et al. Nature 478, 89–92 (2011).
  2. Marquardt, F. & Girvin, S. M. Physics 2, 40 (2009).
  3. Braginsky, V. B., Manukin, A. B. & Tikhonov, M. Y. Sov. Phys. JETP 31, 829–830 (1970).
  4. HöNhberger Metzger, C. & Karrai, K. Nature 432, 1002–1005 (2004).
  5. Gigan, S. et al. Nature 444, 67–70 (2006).
  6. Arcizet, O. et al. Nature 444, 71–74 (2006).
  7. Schliesser, A. et al. Phys. Rev. Lett. 97, 243905 (2006).
  8. Eichenfield, M., Chan, J., Camacho, R. M., Vahala, K. J. & Painter, O. Nature 462, 78–82 (2009).
  9. Teufel, J. D. et al. Nature 475, 359–363 (2011).
  10. Safavi-Naeini, A. H. & Painter, O. N. J. Phys. 13, 013017 (2011).
  11. O’Connell, A. D. et al. Nature 464, 697–703 (2010).