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「ヒ素微生物」の実験をしませんか

ヒ素の多い湖から回収した細菌に関する研究で、Felisa Wolfe-Simonは批判の矢面に立っている。 Credit: H. BORTMAN

当初、それは世紀の大発見かと受け止められた。DNAなどの生体分子中にあるリンの代わりに、有毒元素のヒ素を利用して生存する細菌が見つかったと発表されたからだ。

しかし、半年前に論文がScienceに発表されて以来1、科学者たちはこぞってその成果を批判してきた。5月末には、主要な異論をまとめた8本もの専門的コメント2–9が、自らの主張を曲げない著者のグループからの返答10とともに、同誌に掲載された。

Credit: NASA/Jodi Switzer Blum

原著論文の著者たちは、ほかの研究者によって再現実験がなされるのを期待して、その細菌「GFAJ-1」のサンプルを分譲すると申し出ている。さて、世の中の研究者は、驚くべき主張を検証する機会をつかもうとするのか、それとも、すでに一部の研究者が表明しているとおり、根本的に間違っているに違いない研究結果を再現する機会など時間の無駄だとして拒絶するのか。これは大きな選択問題だ。別のところで批判を発表しているフロリダ国際大学(米国マイアミ)のBarry Rosen11は、「関係者以外で、今回の研究成果を支持する人など、私は知りません」と言い放つ。

特に、主張を補強する追加実験をする時間が十分にあるのに、原著者らが返答の中で何も新しいデータを公表しないことに対して、反感が強いようだ。1月にFaculty of 1000のウェブサイトでその研究を批判したコーネル大学(米国ニューヨーク州イサカ)のJohn Helmann12は、「こんなお粗末なデータについて、議論を蒸し返すのはうんざりです。あの研究チームでもほかの研究者でもいいから、仮説の検証に必要なきちんとした実験を始めてほしいと思います」とぶちまける。

米国地質調査所(カリフォルニア州メンロパーク)で活動するNASA(米国航空宇宙局)の宇宙生物学研究員、Felisa Wolfe-Simonが中心となって行われた今回の研究1では、カリフォルニア州南部にあるヒ素の多いモノ湖から採取した細菌が対象となった。研究チームは、実験室でその細菌を培養するにあたり、ヒ素を含みリンを含まない培地を使用した。生命に欠かせないとされるリン元素がなくてもこの細菌は増殖し、本来あるはずのリンの代わりにヒ素をDNAに取り込んだ、というのが論文の趣旨だ。

5月末の返答10でWolfe-Simonらは、「整合性を持つさまざまな証拠に基づいて、ヒ素による代替という我々の解釈は正しいと考えます」と主張した。

しかし、批判する側は、培地に微量のリンが含まれていれば2,3、細菌が数回増殖するのに十分だ5、と指摘する。また、その培養手順では、ヒ素に十分対応できない微生物を死滅させて、ヒ素に耐性を持つ細菌の生存が助けられた可能性がある、という指摘もあった3

そもそも、ヒ素原子が細菌のDNAに取り込まれたことを示す証拠が十分ではない、という意見もある4, 6–9。これと関係して、応用分子進化財団(米国フロリダ州ゲインズヴィル)のSteven Bennerは、リン酸塩に比べてヒ酸塩は化学的に不安定なため、これは「ヒ酸塩とリン酸塩についての100年近くにわたる化学的データをないがしろにする」とんでもない主張だ、と指摘する4

批判の急先鋒であるブリティッシュ・コロンビア大学(カナダ・バンクーバー)のRosemary Redfieldは、その細菌をヒ素含有培地で培養してから、質量分析法で分析し、DNA本体にヒ素が共有結合しているかどうかを調べるのが「かなりわかりやすい」確認方法だろう、と説明する。

Redfieldは、GFAJ-1のサンプルを入手して、こうした追加実験を行う意向であり、ほかのいくつかの研究チームが共同で個別に再実験を行い、結果を同時に発表できたらいい、と考えている。

しかし、主だった研究者の中には、自分の研究資源や学生の時間を再現実験に割くことに後ろ向きの人もいる。イリノイ大学(米国シカゴ)のSimon Silverは、「ヒ素が検出されないことを示してその結果を補足したとしても、それをどこに発表できるのでしょうか。そんな仕事を頼まれた若者は、いったいどうやって就職先を見つければよいのですか」と問いかける。

Helmannは、ちょうど今、微量の元素を測定できる高感度の質量分析装置を導入するところなので、それがあれば今回の知見が正しいかどうかを明らかにできるのではないか、と打ち明ける。しかしHelmannは、この装置は自分独自の研究にこそ使いたいと本音をのぞかせる。「私には私の仕事があるからです」。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 9

DOI: 10.1038/ndigest.2011.110906

原文

Will you take the 'arsenic-life' test?
  • Nature (2011-06-02) | DOI: 10.1038/474019a
  • Erika Check Hayden

参考文献

  1. Wolfe-Simon, F. et al. Science doi:10.1126/science.1197258 (2010).
  2. Foster, P. L. Science doi:10.1126/science.1201551 (2011).
  3. Redfield, R. J. Science doi:10.1126/science.1201482 (2011).
  4. Benner, S. A. Science doi:10.1126/science.1201304 (2011).
  5. Cotner, J. B. & Hall, E. K. Science doi:10.1126/science.1201943 (2011).
  6. Schoepp-Cothenet, B. et al. Science doi:10.1126/science.1201438 (2011).
  7. Csabai, I. & Szathmáry, E. Science doi:10.1126/science.1201399 (2011).
  8. Oehler, S. Science doi:10.1126/science.1201381 (2011).
  9. Borhani, D. W. Science doi:10.1126/science.1201255 (2011).
  10. Wolfe-Simon, F. et al. Science doi:10.1126/science.1202098 (2011).
  11. Rosen, B. P., Ajees, A. A. & McDermott, T. R. BioEssays 33, 350–357 (2011).
  12. Helmann, J. F1000.com/6854956 (2011).