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培養下で哺乳類の精子形成に成功

生物学の分野では数十年も前から、細胞培養で成熟精子を形成させようと努力が続けられてきた。 Credit: 提供:横浜市立大学大学院医学研究科 泌尿器病態学 小川毅彦

長い間、実現が不可能だと考えられていた、培養下での生殖能力のある哺乳類の精子の形成に、横浜市立大学の小川毅彦たちの研究チームが成功した。Nature 2011年3月24日号に報告された1その手法は、精子形成の過程について分子レベルでの解明に役立つと考えられ、男性不妊症の治療にもつながるであろう。

体外で精子形成を再現しようとする試みは1世紀近く前からあった。だが、哺乳類では、減数分裂がうまくいかず、成功例がなかった。減数分裂は、配偶子(卵や精子)の形成時に起こる細胞分裂の様式で、その最中に、対になった染色体同士でDNAの相互交換(乗り換え)が起こり、最終的には細胞当たりの染色体の数が半減する。この過程を完了することで、精子や卵に受精に向けた準備が整うのである。

小川たちは今回、減数分裂を完了させて精子を成熟させるには、従来の培養法に単純な変更を加えればよいことを見いだした。

「今回の成果には大いに胸が躍ります。大勢の生殖生物学者たちが長年目指してきた目標が達成されたのですから」と、生殖遺伝学を専門とするジャクソン研究所(米国メーン州バーハーバー)のMary Ann Handelは話す。

まさに「カルチャー」ショック

小川たちのチームは試行錯誤を重ね、新生児マウスの精巣組織片から精子を成熟させるためにどのような培養法が良いかを探った。また、精子形成の進み具合を見るために、蛍光タンパク質を使って、減数分裂を行っている(もしくはすでに行った)細胞を検出できるようにした。

研究チームは当初、精巣組織片を寒天ゲル上に置き、典型的な細胞培養液であるウシ胎児血清に浸した。しかし、この培養液にどんな成分を加えても効果はなく、精子の成熟を促すことが知られる因子類でもだめだった。

ところが、ウシ胎児血清の代わりに、胚性幹細胞の増殖によく使われる「KnockOut Serum Replacement」という血清を含まない培養液を使ったところ、精子形成がうまく進んだのである。

この培養液に浸して数週間後、ほぼすべての精巣組織サンプルには、精子と同数の染色体を持つ細胞がいくつか含まれていた。また、サンプルのほぼ半数には、精子が遊泳に使う鞭毛を備えた細胞が見られた。精子形成は培養から1か月前後がピークだったが、2か月を超えても続いた。

研究チームは最終的に、この方法でできた精子を卵細胞へ注入した。そして数週間後、複数の代理母マウスから計12匹のマウスが生まれたのである。どの子マウスも健康で生殖能も保持していた。

さらに、この培養法を使って、数日もしくは数週間冷凍保存した後の新生仔精巣組織でも精子を形成することができた。

実用化は時間の問題

サスカチュワン大学(カナダ・サスカトゥーン)の生殖生物学者Ali Honaramoozは、がん治療により生殖能力を失ってしまう思春期前の少年たちにとって、小川たちの手法がある種の救済手段になるだろうと話す。また、性的に成熟する前に死んでしまうおそれのある絶滅危惧動物で、生殖の可能性を守るためにも役立つだろうとも語る。

今回の手法は、精子形成の基盤にある分子レベルの現象を探る上でも有用だろうと、ジョージタウン大学(米国ワシントンD.C.)の細胞生物学者Martin Dymは言う。ただし、この手法を男性不妊症の治療に適用するには、数百万もの精子を産生したり、ヒトでも機能するように調整したりする必要があるだろうと、付け加えた。

Honaramoozは、臨床への応用は時間の問題だと思っている。「このやり方にさまざまな微調整を加えて、ほかの動物種にも当てはめることができれば、言うことなしですね」と彼は話す。「もしうまくいかなければ、また途方もない研究をする羽目になるでしょうが、今のところ、この方法でうまくいくだろうと思っています」。

翻訳:船田晶子

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.2011.110604

原文

Sperm grown in a test tube
  • Nature (2011-03-23) | DOI: 10.1038/news.2011.179
  • Janelle Weaver

参考文献

  1. Sato, T. et al. Nature 471, 504-507 (2011).