Editorial

論文の撤回は痛みを伴うが、救いでもある

研究論文の撤回は、研究者にとって相当につらい体験だ。論文の中には、結果に再現性のないことがわかって研究者に無視され、静かに死を迎えるものもある。しかし、論文に誤りがあるだけでなく、それが不正やねつ造の結果であることが発覚することほど、耐え難いことはない。発表当初に評判となった研究であれば、不正発覚による損害は、なおさら広範囲に広がる。このことは、Jan Hendrik Schön(ドイツの物理学者)や黄禹錫(韓国の幹細胞生物学者)の関係者が思い知らされている。それでも、論文が何らかの理由で撤回されれば、論文誌をはじめすべての関係者は、速やかに対応する必要がある。

2010年にNatureでは4件の論文撤回があり、例年より多かった。2009年は1件のみで、過去10年間でも年平均にして約2件であり、1990年代は年1件程度だった(Schönを共同著者とする一連の論文が一斉に撤回された事例は含まれていない)。

Natureには年間で約800編の論文が掲載されており、論文撤回の数は特に憂慮すべきものとはいえない。不正行為が立証されて撤回された事例は、ほんの一部に過ぎないからだ。また、Natureの姉妹誌数誌でも論文の撤回があったが、それらを合わせても不正行為の増加傾向はみられない。より広範な調査では、不正行為の割合はさらに低下する。2009年にTimes Higher EducationがThomson Reutersに委託した調査によれば、2008年に誌面掲載された140万編の論文のうち、撤回されたのは95編だけだった。ただし、1990年以降の期間中に、掲載論文数は倍増した程度なのに、撤回された論文の割合が10倍に膨らんだことも明らかになった(go.Nature.com/vphd17参照)。

このように論文の撤回が増えている理由としては、論文誌と研究コミュニティーにおいて不正行為についての意識が高まったこと、不正操作された画像を作成、検出する能力が高まったこと、論文誌側で論文撤回を発表することに積極的になったことなどが挙げられる。一方で、上席の研究員が、研究室内での活動を細かく把握することが、ますます難しくなっているという推測もできる。これが懸念材料となっているのは、不正行為がまれに起こるからだけでなく、いい加減な研究や研究上のミスが見過ごされるリスクが生じているからだ。10人以上いる研究室では、責任者が部下の研究の質を確保するために特別の対策をとる必要があるかもしれない。

新しい技術が急速に受容されている分野で、特に競争の激しいコミュニティーの場合、品質確保の必要性はますます大きな課題となっており、同時に、それを実践することがますます難しくなっている。共同研究者は、他の共同研究者の研究室で生成されたデータをチェックすることに最終的な責任を負うが、特に地理的に離れている場合、チェックを怠るケースがあることが、過去の事件で明らかになっている。

もし原著論文の著者以外から「論文に記載された結果が誤っている可能性がある」という通報を受けた場合、Natureでは、それが匿名であっても調査を開始する。過去に、匿名の告発が重大な論文撤回の端緒になった事例があるからだ。その反面、我々は、こうした告発が、特に不当な告発だった場合、共同著者に大きな損害を及ぼしうることも十分に認識している。Stem Cell Watchと称するグループが電子メールで告発文を広く配信した最近の事例(Nature 2010年10月28日号1020ページ参照)が、まさにそれであり、我々は、このような行為を遺憾に思う。

Natureとしては、こうした懸念を敏感に受け止め、判断が明確になるまでの間、著者の利益を守る必要があることを決して忘れない。その一方で、論文撤回を迅速に掲載し、原著論文には論文撤回記事へのリンクを明確に設定する。また、問題の論文をマスコミ向けに大きく取り上げていた場合には、論文撤回をプレスリリースで発表することとする。

しかし結局のところ、論文の撤回によって最も影響を受けるのは研究者自身である。研究者は、そのリーダーシップを発揮できる場面で、懸念を解消するよう絶えず気を配り、必要な場合には文献を迅速に訂正することが求められる。問題は、そのようなまじめな行動が、十分に報われないことがあまりにも多いことだ。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2011.110233

原文

A painful remedy
  • Nature (2010-11-04) | DOI: 10.1038/468006b