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理想の科学都市はつくれるか

コペンハーゲン(デンマーク)とマルメ(スウェーデン)を結ぶオーレスン橋が2000年に開通したとき、どちらの都市にも大きな利益がもたらされることは明白だった。スウェーデンはヨーロッパ本土と地続きになり、コペンハーゲンの住人は街の近くに安価な住宅をもてるようになり、経済協力も増えるからだ。一方で、コペンハーゲン大学の地理学者Christian Matthiessenは、別の観点からメリットを予想していた。それは、急激に発展しつつある2つの科学都市の融合だ。「誰もが、商品輸送やビジネス上の結びつきについて話していましたが、私たちは、研究者どうしの結びつきという、もう1つの利点を議論していたのです」。

10年後の現在、両者の結びつきは強固になったようにみえる。オーレスン橋は、9つの大学と、16万5000人の学生と、1万2000人の研究者が緩やかに連合した「オーレスン地域」の成立を促した。コペンハーゲンの研究者とスウェーデンの最南端地域の研究者による共著論文の本数は倍増した。こうした共同研究はEUの複数の国々からの資金を引き寄せ、2013年には、スウェーデンのルンドで、14億ユーロ(約1500億円)を投じた欧州核破砕中性子源(ESS)の建設が始まる予定である。

オーレスン地域は北欧の研究ハブとなりつつある。橋の完成が、この変化を後押しした。そしてMatthiessenによれば、ユニークな研究プロジェクトが始まるきっかけにもなったという。例えばそれが、科学的生産性の高い地理的クラスターを全世界から拾い上げ、それらの成長と連携について調べる研究だ。

世界の研究活動のほとんどは、主要大都市圏に集中している。Matthiessenが数えたところによると、2006年から2008年には、上位75位までの科学クラスターが、全科学論文の57%(390万本)を発表していた。こうした地域を詳細に分析すれば、科学クラスターを成功に導く因子を特定できるかもしれないと考える人は多い。都市計画や政策立案に従事する人々は、優れた例を手本として、地元に利益をもたらすような研究センターを建設できるだろう。

ユトレヒト大学(オランダ)のKoen Frenkenらは、2009年の論文で、こうした物理的空間内の科学クラスターを定量的にマッピングする研究を、「空間科学計量学」として一般化するよう提案した(K. Frenken, S. Hardeman and J. Hoekman J.Informetrics 3, 222-232; 2009)。

従来の成功例と失敗例の分析は、大半が個々の事例研究に頼っていた。これに対してMatthiessenは、データを利用して世界中の都市を比較評価し、勝者と敗者を特定したいと考えた。ただしそれは容易な作業ではない。研究費、研究の質、科学者の人数など、国単位の分析であれば、各国政府機関や経済協力開発機構(OECD)などが行っているが、都市単位でまとめたデータはないからだ。

大都市圏の境界を定義する方法についてさえ、地理学者の間で意見は割れている。また、「科学都市」や「イノベーションクラスター」などの概念についても定義が決着していないため、しばしば分析者どうしの話にすれ違いが生じている。さらに、Matthiessenが基礎研究の強さを見ようとしているのに対して、経済学者や地域の都市計画に従事する人々のほとんどは、技術的イノベーション、すなわち、特許とそれに関連した富に興味をもっている。

世界経済が長らく活気を失っている今こそ、そのようなデータをまとめることが重要になる。アリゾナ州立大学(米国テンピ)で地域とイノベーションについて研究している統計学者で経済学者のJosé Loboは、「人類学者、考古学者、歴史学者、地理学者は、以前から、都市こそがイノベーションの原動力であると主張してきました」という。「ここで難しいのは、歴史的成功例の事例研究を、データと結びつけて、政策立案者が利用できる道具をつくり出すことです」。

研究の量と質

Matthiessenとそのチームは、各都市の中心部から40分で行ける距離を基準として、地球をいくつもの都市圏に分割した。このルールでは、英国のオックスフォードとレディングは1つの都市圏になり、オランダのアムステルダム、ハーグ、ロッテルダム、ユトレヒトも1つということになる。彼らは、論文の著者が所属する研究機関の所在地をそれぞれの大都市圏に割り当てることにより、各都市圏の発表論文数のランキング表を作成した(C. W. Matthiessen, A. W. Schwarz, and S. Find Urban Stud. 47, 1879-1897; 2010)。

Matthiessenのリストの上位にくるのは、東京、ロンドン、北京、サンフランシスコ湾岸地域、パリ、ニューヨークである(右図参照)。一方、アムステルダムに本社があるElsevierは、Natureのために同様のランキングを作成した。ElsevierはScopusという学術誌のデータベースをもっているが、こちらは、論文著者が申告する所在地に基づいて都市を割り当てる単純な方法をとっている。

どちらの分析でも、発表論文数が増えてきた都市が目立った。なかでも北京は、1996年には全世界の発表論文数の0.76%しか占めていなかったが、2008年には31万9000本、割合にして2.74%を占めるようになっている。ほかの急成長地域としては、テヘラン(イラン)、イスタンブール(トルコ)、ソウル(韓国)、シンガポール市、サンパウロ(ブラジル)がある。これらの結果は、アジアと中東の経済発展と、英語以外の言語の学術誌が増えてきたことを反映している。

しかし、この方法では、発表論文の質まではわからない。そこでElsevierは、各都市から発表された論文の平均被引用回数に基づいて発表論文の質を判定した(右図参照)。結果は、大きく異なるものになった。トップに立ったのは米国マサチューセッツ州のボストンとケンブリッジで、ここから発表された論文の被引用回数は世界平均の2倍以上だった。

このランキングでトップ10に入った都市は、英国のケンブリッジ以外はすべて米国の都市だった。過去10年間で相対的な質が最も上がった都市は、オースティン(米国テキサス州)とシンガポール市だった。特にシンガポール市は、平均よりも15%低かったのが、平均よりも22%高くなった。北京は、論文の質の点では平均以下であり、2008年までの5年間の論文の被引用回数は、世界平均の63%にしかならなかった。

ボストンに学ぶ

ボストンは、科学の質に関する複数の分析において第1位を占めているが(上図参照)、その理由を説明することは、ある意味で容易である。「世界でトップクラスの大学を3つか4つ、海港のある都市にもってくれば、できあがりです」とLoboはいう。しかし、ボストンの形を模倣することは、質の高い科学都市を作ることとは、全くの別問題だ。何世紀もかけて築き上げられてきた、米国の研究資金の大半を集めている都市を、別の都市が真似することなどできるだろうか?

巨額の予算を与えられたトップクラスの研究大学がある都市には、活気ある科学コミュニティーが生まれるだろう。しかし、本当に難しいのは、トップクラスの科学者を長期にわたってその地にとどまらせることだ。

カリフォルニア大学サンディエゴ校(米国)の社会学者Mary Walshokは、事例研究に基づき、科学者を引きつけて離さない都市の条件を3つ特定した。第一に、自分自身の考えに基づいて研究を行う自由を科学者に約束すること。第二に、そのための道具とインフラを科学者に与えること。この2つを実現するには公的な資金援助がカギとなるが、地元の民間企業や慈善家による建物の寄付や研究寄付金も重要だ。「オースティンとシアトルでは、それが進められています」とWalshokはいう。

第三の条件は、魅力的なライフスタイルだ。マーティン・プロスペリティー研究所(カナダ・トロント)の社会学者にして経済学者であるRichard Floridaは、科学者を「創造階級の人々」に分類する。そして、融通が利き、才能があり、創造的な考え方をするこれらの人々を都市に呼び込むためには、アメニティーと賢い都市計画が必要だと主張している。

とはいえ、科学者にとってどんな都市が魅力的であるかは、必ずしも明らかでない。同じ研究所の統計学者Kevin Stolarickは、バイオ企業育成機関と大学または病院は、「コーヒーが冷めない距離」になければならないと主張している。しかし、高度な文化と熱いコーヒーだけでは、科学都市を成功に導くには不十分だ。都市の求人市場に勢いがなければ、創造的な人々を呼び込むことはできない。さらに、ロンドン大学ユニバーシティカレッジ(英国)のPeter Hallによると、一般に、各種調査で最も「住みやすい」とされる都市(バンクーバーをはじめとするカナダの諸都市やオーストラリアの都市)は、傑出した創造性と結びつかないことが多いという。

科学者を引きつけ、とどまらせるために必要とされる条件(自由、資金、魅力的なライフスタイル)をそろえても、その研究から経済的な富が生まれる保証はない。Loboは、ロスアラモス国立研究所とサンディア国立研究所がある米国ニューメキシコ州は、おそらく人口1人当たりの物理学論文数が米国内でいちばん多いが、そこで行われている研究は商業化には適さないため、経済の原動力にはなっていないと指摘する。これに対して、ボストンには基礎科学の土台が確立しており、それが企業や研究所を引き寄せて富を生み出し、トップクラスの科学者の人数をさらに増やしている。

この強力なサイクルを回しているのは、ボストンの多様な労働力がもたらす経済的な弾力性だ。ボストンは、植民地時代初期には米国最大の都市として、また19世紀には世界の海運業の中心地として、経済的に何度も生まれ変わってきた。バイオテクノロジーのハブとしての現在の姿は、その最新の顔にすぎないのだ。同様のサクセスストーリーは、魅力的な気候、冒険的な投資の文化と、創造的な労働者に有利な法律を備えたサンフランシスコ湾岸地域にもいえる。例えばカリフォルニア州では、人材とアイデアが自由に行き来できるように、ライバル会社に転職しようとする従業員に待機期間を課すことは違法とされている。

経済の原動力としての科学

科学と技術から富を生み出すには、都市はいくつかの条件を満たしている必要があるようだが、それだけでは不十分だ。基本的には、都市の規模は大きいほうがよい。ロスアラモス国立研究所のLuis Bettencourtとノースカロライナ大学シャーロット校(米国)のDeborah Strumskyによると、大都市では、その規模から単純に予想されるより多くの新しい特許が生まれているという。この意味で、ロンドン、東京、ニューヨークのような経済の中心地は、その経済力が科学以外のもの(例えば金融市場)に由来している場合であっても、一種の科学拠点になる。

多くの人々が、少なくとも応用研究については、研究所を大都市に置くことには意義があると考えている。Bettencourtも、大都市が応用研究の舞台になるのは自然なことだと主張する。とはいえ、大都市が優秀な科学者を育てることもできるかどうかについては、議論がある。

小都市にも望みがないわけではない。Loboによると、一般に、新しい産業は大都市で生まれるが、いちど標準化されてしまえば、地代と人件費が安い地域に移転していけるからだ。科学による町おこしをもくろむ小都市は、民間の大規模な研究開発機関が根を下ろし、巨大な利益をもたらすことを期待している。Matthiessenは、実例としてオランダのアイントホーフェンを挙げる。人口20万のこの小都市には、エレクトロニクスメーカーのフィリップスの本社があり、地元の大学の基礎研究者との共同研究を進めている。

しかし、1つの企業や産業に過度に依存することは危険かもしれない。オレゴン州コーヴァリス(米国)は人口8万の小都市だが、郊外にヒューレット・パッカードの研究所があるため、人口1000人当たりの特許取得件数が8件と高く、米国屈指の水準にある。けれども将来、ヒューレット・パッカードが衰退したり、特許が切れたりしたら、コーヴァリスの街も衰退することになるだろうとLoboはいう。

Strumskyは、この不確実性を考えると、「科学によるイノベーションや技術こそが、都市の経済を活性化させる近道だ」などと思い込んではいけないという。「多くの都市が、雇用を創出する方法を必死になって模索しており、『バイオ研究に投資しよう』と言い出しています。しかし、その投資が大金をもたらす可能性もありますが、ドブに捨てる危険性もあるのです」と彼女はいう。

地元にバイオ関連の伝統や専門知識がないと、発明の才のある創造的な研究者をほかから引き抜き、縁もゆかりもない土地に来てもらうために2倍の給料を支払い、そのうえで、彼らの発明を地元の製造業と結びつけなければならない。その製造業もまた、ゼロからつくり上げなければならないのだ。Strumskyらによると、ニューヨーク州バッファロー(米国)は、バイオテクノロジー研究開発機関への投資に失敗した都市の典型だという(Nature 2010年10月21日号p.912参照)。この都市は、熟練した労働力を提供できないのに、なおも研究投資を続けている。

決め手は国家政策

とはいえ、都市計画や地域政策ではコントロールできない因子も多い。空間科学計量学の手法で、科学者が地理的に集まる理由と場所を詳細に調べることは、こうした因子の影響を解明するのに役立つだろう。しかし、オーレスンのような大都市圏の発展を決定付けたのは、明らかに、国家政策や国際政策、経済学だった。実際、この数十年間のフランス、スペイン、ポルトガル、南アフリカ、ロシアにおける科学都市の発展は、資金を投入し、科学者の分布を広げるという国家政策によってなされた部分が大きい。

フランスのトゥールーズ大学の社会学者Michel Grossettiは、相対的にみると、これらの国々の首都の発表論文数が、ほかの都市に奪われていることを見いだした。Elsevierの研究者Henk Moedは、ある未発表の分析において、1996年から2010年にかけて、スペインの5つの主要都市(バレンシア、バルセロナ、ビルバオ、セビーリャ、サラゴサ)から発表される論文の増加が、首都マドリードから発表される論文の増加に比べて急激であることを明らかにした。この変化は、スペインの政治が、地方により大きな自治権を認める方向に進んでいったのと並行して起きた。

Grossettiとそのチームは、1978年から2008年までの間に、世界各国の都市において、科学資源がどのように集中ないしは拡散したかを検証する研究に着手している。彼は、単に発表論文の本数を数えるだけでなく、人口、国内総生産(GDP)、組織の移転も考慮して、科学都市の盛衰の理由や、経済的・政治的要因が発展を決定する仕組みの核心をつかみたいと考えている。

空間科学計量学者たちが明らかにし始めたことは、大雑把な傾向にすぎない。彼らは、科学研究が特定の都市に集中しつつあるかどうかについてさえ、意見の一致をみていない。Matthiessenは集中しつつあるとみているが、Grossettiは、北京のような大規模な新興都市がパターンを歪めている可能性があるという。

こうした研究が政策の立案や都市計画に最終的にどのように役に立つのかは、現時点では不明だ。多くの発展は、偶然に起きている。オーレスン大学の元学長であるBengt Streijffertによると、オーレスン地域では、国境を越えた統合を巡る一般的な議論が行われていた当時は、大学が果たすべき役割について議論されることはなかったという。しかし後になって、地域を成長させる主要な触媒になっていることがわかったのだ。

科学とイノベーションに最適な都市をめざして計画を練り上げても、経済的、社会的、政治的要因がその実現を困難にする状況は、今後も変わらないだろう。Hallは、包括的なデータの分析が、堅実な事例研究に取って代わることは決してないだろうという。「データからは、大学とは無関係な形で発展した例が見つかるかもしれません。しかし、なぜそうだったのか、数字だけではその理由を明らかにすることはできないのです」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2011.110118

原文

Building the best cities for science
  • Nature (2010-10-21) | DOI: 10.1038/467906a
  • Richard Van Noorden
  • Richard Van Noordenは、Natureのアシスタントニュースエディター。
  • 特集『SCIENCE AND THE CITY』の全コンテンツと詳細な図表については、www.nature.com/cities参照。
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