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父親の食生活が娘の健康に影響する?

Credit: ISTOCKPHOTO

脂肪分の多い食事をとっている父親は、健康上の問題を娘にまで伝えてしまうかもしれない。そんな可能性がラットの研究で示された1。この場合、DNA塩基配列そのものは変化せずに父親の肥満が受け継がれるようである。つまり、遺伝子にエピジェネティックな化学的変化が起こり、子どもでの遺伝子の発現状態が変化するのである。

「これは、父親の栄養学的な影響が子どもに受け継がれることが、哺乳類で示された初めての知見だと思います」と、論文の代表著者で、ニューサウスウェールズ大学(オーストラリア・シドニー)で肥満と糖尿病を研究しているMargaret Morrisは話す。

世界的に、肥満の割合はあらゆる年齢層で増加傾向にあり、また肥満は、2型糖尿病の増加や早期発病と関連付けられている2。これまでの研究から、母親が肥満で食生活に問題がある場合、子どもの代謝が損なわれて肥満のリスクが高まる可能性があることは、既に明らかになっている3。「しかし、父親の影響についてはほとんど研究されていません。ですから今回の研究はとても重要なのです」と、ロンドン大学ロイヤル獣医カレッジ(英国)の基礎科学科長Neil Sticklandは話す。彼は、今回の研究にはかかわっていない。

ありがたくない贈り物

研究チームは、まず、1つのラット群には高脂肪食を与え、対照ラット群には通常の餌を与えた。当然ながら、高脂肪食のラットは肥満になり、グルコース代謝異常とインスリン抵抗性(インスリンの血糖値降下作用が効きにくくなる状態)という、2型糖尿病に顕著な2つの特徴を示した。

続いて、肥満雄ラットの娘たちを調べたところ、実に意外な結果が得られた。娘たちにもインスリンやグルコースの調節に異常がみられたのである。一方、対照群の娘は、父親同様、肥満にならなかった。ただし、息子でも同様の異常が現れるかどうかは明らかになっていない。

体内のグルコースは、膵臓のβ細胞によって産生されるインスリンによって調節される。このβ細胞は集まって「膵島」とよばれる細胞塊を形成しているのだが、肥満の父親をもつ娘では、対照群に比べて膵島が小さくなっていた。

そこで次に、何がこうした変化を引き起こしているのかを探った。すると、父親が肥満ラットの娘の膵島では、600個を超える遺伝子の発現が変化していることがわかった。しかしながら、DNA塩基配列自体は変化しておらず、こうした発現の変化はエピジェネティックなものだと考えられた。なかでも、発現量の差が最も大きいのはIl13ra2という遺伝子だった。エピジェネティックな遺伝子発現の調節機構の1つにDNAのメチル化があるが、メチル化によって遺伝子の発現が効果的に抑制される。肥満ラットを父親にもつ娘では、Il13ra2遺伝子のメチル化の割合が、対照群の娘ラットの約25%しかなかった。

ヒトにも当てはまる?

しかし、誰もが今回の成果に納得しているわけではない。ケンブリッジ大学(英国)の臨床生化学者Stephen O'Rahillyは、「対照群とのグルコース耐性(グルコース代謝と正常な血糖値を維持する機能)の違いは非常にわずかであり、確実な手がかりを得るには、今回のラットの数では少なすぎます」と話す。

さらに、こうした変化が一生にわたる脂肪食によって引き起こされるのか、また、父親の思春期に精子が高脂肪食に影響を受ける重要な時期があるのか、といったことも不明だ。「この研究では、父親ラットを思春期と成人期で区別していません」と話すのは、ペンシルベニア大学(米国フィラデルフィア)の神経科学者で、疾患のエピジェネティクスも研究しているTracy Baleだ。「ですから、今回の知見から、男性がある晩夕食にチーズバーガーを食べ、翌日、妻とベッドをともにしても、β細胞が機能不全の子どもが生まれるとはいえないのです」。

この研究がヒトに直接当てはまるかどうかは、現時点では定かでない。O'Rahillyは、今回の知見は興味深く刺激的ではあるが、ヒトに当てはめるのは「完全に時期尚早」であり「危険」だと警告している。ただ、ほかの研究室でもわりと容易に再現できるはずだと彼はいう。「もし本当なら、ほかの研究チームも同じ結果を得るはずです」。

翻訳:船田晶子

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2011.110102

原文

Fat fathers affect daughters' health
  • Nature (2010-10-20) | DOI: 10.1038/news.2010.553
  • Geoff Marsh

参考文献

  1. Ng, S-F. et al. Nature 467, 963-966 (2010).
  2. Wang, Y. & Lobstein, T. Int. J. Pediatr. Obes. 1, 11-25 (2006).
  3. Morris, M. J. Expert Rev. Endocrinol. Metab. 4, 625-637 (2009).