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パリ郊外にスーパーサイエンス・ キャンパスを建設

2010年9月24日、ニコラ・サルコジ仏大統領は、パリ郊外サクレーの光学研究所大学院でのスピーチで、スーパーサイエンス・キャンパス「パリ–サクレー」建設計画の着手を正式に宣言した。目標は、2020年までに「パリ–サクレー」を世界トップレベルの大学やサイエンスパークの仲間入りをさせることにある。いわば、フランス版のマサチューセッツ工科大学(MIT)といったところだ。

サルコジ大統領は、パリにあるいくつかのグランゼコール(フランスのエリート高等教育機関)と、フランス最大の大学であるパリ第11大学(パリ南大学)のオルセー・キャンパスの一部が、サクレー台地に移転することになると発表した。「パリ–サクレー」の23のパートナーには、研究機関、大学、グランゼコールが含まれており、10月末にこれらが投票を行って、プロジェクトの最終的な管理執行体制を決定した。今後は、この組織が先頭に立って、ナノテクノロジーや低炭素エネルギーをはじめ、12の研究テーマを核とするキャンパスの科学戦略を実施していくことになる。フランス政府は、異なる研究機関に所属する多数の研究者を1か所に集め、集中的に投資を行って、主要部門の研究を「臨界」にもっていこうとしている。また、「パリ–サクレー」にトップレベルの大学と企業の研究所が集まることで、イノベーションが促進されることも期待している。

サクレー台地は、既にヨーロッパで最も研究機関が集中している地域の1つになっている。フランスの主要な研究機関の研究所や、名門エコール・ポリテクニークのほか、SOLEILシンクロトロンなどのビッグサイエンスのインフラがあり、研究者数と発表論文数ではMIT(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)やスタンフォード大学(米国カリフォルニア州スタンフォード)と肩を並べている(右図参照)。また、タレス社、ダノン社、アレヴァ社などの大企業もここに研究所を置いている。

しかし、フランス政府は、現在サクレー台地に点在している研究機関は、その潜在能力を十分には発揮していないと考えている。サルコジ大統領はスピーチの中で、現在のキャンパスは「研究機関のモザイクにすぎません。個別には一流ですが、互いに協調しておらず、人為的な組織の壁に隔てられています」と評した。そして、そのような壁は「科学競争がグローバル化している今、完全に時代遅れとなっているのです」と指摘し、包括的なキャンパス戦略の必要性を唱えた。

サクレー・プロジェクトに参加する研究センターのトップたちは熱心だが、一般の研究者の中には、自分たちには情報がほとんど下りて来ないことを心配する者もいる。とはいえ、サクレーに研究を集中させ、再編成することは、基本的にはよい考えだと認めている。フランス国立農業研究所(INRA)のMarion Guillou所長は、ほとんどの研究所が移転し、キャンパスが形成されるのは2015~2020年のことであり、協議の時間は十分にあるという。

フランス政府は、公共交通機関の整備や、新しい学際研究機関・研究所の建設をはじめとする合同キャンパスの形成に、数十億ユーロ(数千億円)を投入しようとしている。こうした動きに、研究者たちも変わっていこうとしている。新しい研究センターでは、異なる研究機関や大学のグループが連携して、神経科学から太陽光発電まで、多様な分野の問題に取り組むことになる。2020年の「パリ–サクレー」の居住者は、現時点よりも2万5000人増えて7万人になる見込みである。そのうちの1万2000人が研究者で、敷地の3分の1を民間部門の研究所が占めることになっている。

サクレー・キャンパスは、新しい建物の建設費だけでも約40億ユーロ(約4400億円)を必要とする。2009年2月には、フランス科学省が50億ユーロ(約5500億円)を投じた「オペレーション・キャンパス」プロジェクト(10の選び抜かれたキャンパスを改装・改築するプロジェクト)の一環として、8億5000万ユーロ(約940億円)を獲得した。さらに、研究機関、大学、およびその他の省庁も、10億ユーロ(約1100億円)を寄付することが決まっている。その一部は、パリにある研究所がサクレーに移転するときに、価値の高い不動産を売却することによって賄われる。

サルコジ大統領はサクレーでのスピーチの中で、移転の第一波を支援するため、さらに10億ユーロ(約1100億円)を拠出すると発表した。また、キャンパス内の学生用住宅建設費として、9億ユーロ(約990億円)が別に確保されている。さらに、2009年12月に発表された、いわゆる「ビッグ・ローン」によるフランスの景気刺激策でも、同キャンパスには10億ユーロ(約1100億円)が配分されたほか、景気刺激策のうち研究部門に割り当てられる220億ユーロ(約2兆4000億円)の中からも、インフラや補助金の形で、さらなる支援が期待される。

しかし、サクレーと関係のある研究者たちは、パリに拠点を置くフランス国立研究機構が定めた「ビッグ・ローン」に基づく補助金申請の提出期限が早すぎることを心配している。2010年の夏から秋にかけて、総額約86億ユーロ(約9500億円)に上る初回の補助金が出されたが、申請書の提出期限まで、わずか3~6か月しか与えられなかった。あるシニア研究者が匿名を条件に答えたところによると、研究グループの多くは、自分たちがどうやってサクレーでほかの研究者と連携しようかという思案に時間がとられ、提出期限までにきちんとした申請書をまとめようと「悪戦苦闘」しているという。別のシニア研究者は、サクレーのパートナーが誰も明確な戦略をもっていないなら、「期待されているような科学的・教育的な付加価値をもたらさない、その場しのぎのプロジェクトの寄せ集めで終わってしまうかもしれません」という。

また、パリ南大学を本拠地とする別の研究者は、このプロジェクトは「科学にとって何が最善であるかを深く考えることもなく、トップダウン式に決定されたもの」であるという。しかし、プロジェクトを率いるHervé Le Richeは、キャンパス戦略の推進には、科学ディレクターや研究所の所長たちが2009年から深く関与しており、計画は順調に進んでいると話す。

最後にLe Richeはこう付け加えた。「フランス文化において、変化は必須なものではありません。改革というものは常に、少しばかりの不安を伴うものなのです」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2011.110126

原文

Paris plans science in the suburbs