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ヒトリンパ節単一細胞アトラスで見えた悪性リンパ腫の細胞間相互作用

Credit: Ref.1

–– 悪性リンパ腫を専門に臨床と研究を続けられています。

坂田:悪性リンパ腫とは腫瘍細胞の性質がリンパ球に類似した血液がんのことをいいます。血液がんの中で最も頻度が高く、世界的に増加傾向にあります。日本では毎年、約3万人が発症しています。新薬やCAR-T細胞療法(採取した患者自身のT細胞を改変後に投与し、腫瘍細胞への攻撃力を高める治療法)の開発が進んだことで治療成績は向上していますが、救命できない症例も少なくありません。

一口に悪性リンパ腫と言っても、大別しただけでB細胞リンパ腫、T/NK細胞リンパ腫に分かれ、細かく分類すると100種近くにもなります。リンパ腫の種類を正確に診断するのは容易ではなく、同じ種類のリンパ腫でも、経過観察でよいものから難治性のものまであり、どのような患者にどのような治療をするのが最適かを見極めるのは、容易ではありません。患者さん全員の治癒を目指すべきだと考えて臨床と研究を行っていますが、病態には未解明な部分も多く残されています。

–– 今回は濾胞性リンパ腫を対象に、 リンパ節内の非血液細胞を解析されましたが、その理由は?

図1 ヒトリンパ節の非血液細胞の単一細胞アトラス
ヒトリンパ節の非血液細胞について単一細胞RNAシーケンスおよびクラスタリング解析を行うことにより、血管内皮細胞は10種類、リンパ管内皮細胞は8種類、非内皮性間質細胞は12種類の合計30種類のサブタイプに分かれることを突き止めた。それぞれのサブタイプの存在とリンパ節内での局在を免疫染色法により調べ、遺伝子発現データからそれらの細胞の発生要因や機能について推定を行い、アトラスを作製した。 Credit: Ref.1

濾胞性リンパ腫はB細胞リンパ腫の1つで、リンパ腫全体の約2割を占め、2番目に多く見られます。全体として進行は緩やかなのですが、その半面で根治が難しいという特徴を持ちます。慎重に経過観察するだけでよい症例もあり、経過観察例の約2割は時間とともに自然消退していきます。つまり、濾胞性リンパ腫の病態は極めて多岐にわたるのですが、どのような患者が経過観察でよく、どのような患者にリンパ腫の自然消退が見られるのか、予後が悪いのはどういった患者か、といったことを予測する良いマーカーはありません。これまで、「リンパ節内の血管が増えていると予後不良」「間質細胞のうち、濾胞樹状細胞と腫瘍細胞との相互作用がリンパ腫の進展に重要だ」といったこともいわれてきましたが、分子レベルで検証されたわけではありませんでした。

固形がんにおいては、がん細胞を取り囲む微小環境とがんの進行との関連について、さまざまなことが明らかになっています。悪性リンパ腫でも、微小環境の変化がリンパ腫の進展に寄与していると推測されますが、研究報告は少なく、十分な解析がなされていませんでした。そこで、微小環境細胞のうち非血液細胞を対象に、単一細胞レベルの網羅的な遺伝子発現解析を行い、濾胞性リンパ腫の病態との関連や予後についての知見を得ようと考えました。

–– 解析手法に「シングルセルRNAシーケンス」を 用いた理由とは?

リンパ節は、リンパ管に入り込んだ病原体やがん細胞などの異物を捉えて排除する機能を担う臓器です。リンパ節内の非血液細胞は間質細胞、血管内皮細胞、リンパ管内皮細胞の3つに大別できるはずなのですが、これまで3種の細胞を厳密に区別するということがなされていませんでした。一方、単一細胞内で発現しているmRNAの量を次世代シーケンサーを用いて網羅的に調べる「シングルセルRNAシーケンス」と呼ばれる手法が、最近、急速に普及しました。そこで私は、非血液細胞を1細胞ずつにバラバラにした上で、シングルセルRNAシーケンスを行おうと考えました。

–– 実際にどのような手順で研究を進めたのですか?

解析に用いた細胞は、筑波大学附属病院と協力病院において、診断のために採取したリンパ節の一部で、研究に用いることに患者さんから同意を得た上で使用しています。具体的には、濾胞性リンパ腫の患者さんからはリンパ節10検体が得られました。比較のために解析した正常リンパ節は、固形がんなどの手術でリンパ節郭清(かくせい:手術対象のリンパ節だけでなく、周囲のリンパ節も摘出する)術を受けた患者さんのリンパ節検体のうち、転移がないことを確認した9つの検体です。

がん化したB細胞が周囲の非腫瘍細胞(今回の研究では非血液細胞)とさまざまな相互作用を行い、正常とは異なる微小環境を作り出していることが示された。 Credit: ALIOUI Mohammed Elamine/iStock/Getty

採取組織は培養液内で懸濁して酵素処理することにより、1細胞ずつバラバラにしました。このような懸濁液をセルソーターで細胞の特性ごとに分離・回収し、血液細胞を除去し、さらに濃縮したものを、1試料につき細胞5000個となるようにライブラリー化しました。このようなライブラリーを使って、次世代シーケンサーで個々の細胞のRNA発現を網羅的に調べました。得られた膨大なデータは、東京大学医科学研究所にあるスーパーコンピューターSHIROKANEに取り込んで並列処理しました。その際、信頼度の高いデータだけを取り出し、多面的に解析しました1

まず行ったのは、似たような遺伝子発現のもの同士に分けるクラスタリング解析です。これまでにも正常リンパ節の遺伝子発現レベルの分類では、リンパ管内皮細胞はいくつかのグループに分かれるといった報告があったものの、血管や間質細胞についての報告は全くなく、患者検体についての報告もありませんでした。解析の結果、非血液細胞は、患者検体もコントロール検体も、確かに、血管内皮細胞、リンパ管内皮細胞、非内皮性の間質細胞の3つに大別されると分かりました。驚いたのは、血管内皮細胞、リンパ管内皮細胞、非内皮性の間質細胞は、それぞれがさらに10種、8種、12種の異なるサブタイプに分けられると分かったことです。患者検体では、それぞれのサブタイプに特徴的な遺伝子発現パターンが見られ、腫瘍細胞と何らかの相互作用をしていることがうかがえました。

–– クラスタリング解析のデータを使って、 さらに、どのような解析をされたのでしょう?

まず、濾胞性リンパ腫と正常リンパ節のそれぞれで、30のサブタイプの単一細胞データを種類、系統、遺伝子発現の高低などで分類し、それらをリンパ節内における存在位置を示した2次元マップにプロットしました(図1)。これを、仮想空間内で構築した「単一細胞アトラス」としました。30のサブタイプの存在とリンパ節内での局在部位については、免疫染色法により実際に確認しました。このアトラスでは、リンパ節のどこに、どのような細胞が分布するかを視覚的に捉えることができます。また、正常リンパ節との比較によって濾胞性リンパ腫に特徴的な異常を抽出することができる他、免疫異常などの他の疾患で得られた単一細胞情報と正常リンパ節のデータとを比較することで、その疾患における特徴的な異常を抽出することなども可能です。例えば私たちは、濾胞性リンパ腫と正常リンパ節の単一細胞アトラスを比較解析することで、濾胞性リンパ腫の間質細胞クラスターでのみ高発現する遺伝子群を突き止めることができました。その中には非内皮性の間質細胞のあるサブタイプにおけるFDCSP遺伝子やLTF遺伝子の高発現など、これまでに報告されていない発現変化が多数ありました。一方で、固形がんの間質細胞においてがん形成を促進することが知られている発現変化(POSTN遺伝子高発現など)も見られました。

次に、既存の受容体–リガンド相互作用データを参考にしながら、濾胞性リンパ腫の腫瘍細胞と非血液細胞との細胞間相互作用について解析しました。その結果を、単一細胞アトラスのデータに、相互作用が強そうなものを赤、弱いものを青にするなどして、座標上に示してみたところ、これまで知られていなかった腫瘍細胞と非血液細胞との細胞間相互作用の関連が見えてきました。

さらに、今回の遺伝子発現変化のデータセットと、既に公開されている濾胞性リンパ腫のマイクロアレイ解析データセットを使って、「非血液細胞でのみ発現し、予後に関連する4遺伝子(LY6HLOXTDO2REM1)」を突き止めることにも成功しました。いずれも高発現の患者では有意に予後が悪いことが明らかになりましたので、予後を推定するバイオマーカーとして使える可能性があります。

–– 成果のインパクトと応用の可能性について伺えますか?

最大のインパクトは、リンパ節内の非血液細胞が30ものサブクラスに分類できることを示した点にあります。サブクラスの細かいデータは、リンパ腫についての、さらなる病態解明、予後推定、創薬などに生かせると思います。一方で、リンパ節は、広い意味でのがん免疫や感染症に対する免疫においても重要ですので、リンパ節の構造解明にも寄与できたと考えており、私たちのアトラスが、がん免疫療法研究や感染症のワクチン研究の一助になると嬉しく思います。

今回の非血液細胞の単一細胞解析系の立ち上げには、論文の筆頭著者である安部佳亮(あべ・よしあき)さんが取り組んでくれました。その他、臨床試料の収集から解析まで多くの方が関わってくださったことを、とても幸せに思っています。私自身は、今後も悪性リンパ腫の病態を明らかにするために、単一細胞解析などのドライ解析とモデルマウス解析のウェット解析の両方の研究を続けていきたいと考えています。ドライ解析には、全く予想外のことに気付けるという魅力があります。現在は、濾胞性リンパ腫以外のリンパ腫で、今回と同様の解析を進めています。筑波大学は遺伝子組換えマウスの作出を得意にしていますので、モデルマウスを使って30種の非血液細胞の機能解析もしたいと考えています。

–– Nature Cell Biology編集部とのやりとりは いかがでしたか?

専門の異なる複数の査読者を立ててくれたようで、多面的に評価いただき、ありがたかったです。編集者は査読者のコメントを単に返すのではなく、改善すべき点の方向性を具体的に示してくださいました。そのおかげで、時間はかかりましたが、論文の質を大きく高めることができました。

–– ありがとうございました。

聞き手は西村尚子(サイエンスライター)

著者紹介

坂田(柳元)麻実子(さかた〔やなぎもと〕・まみこ)

筑波大学 医学医療系血液内科教授および
同大学トランスボーダー医学研究センター 統合医科学研究部門
先端血液腫瘍学教授
2000年 東京大学医学部医学科卒業、2007年 同大学大学院にて博士号(医学)取得。2008年より筑波大学に勤務。2013年同大学医学医療系血液内科准教授。2021年11月より現職。悪性リンパ腫を中心に血液がんの病態解析を進めるとともに、基礎研究の成果を臨床へと応用するトランスレーショナルリサーチを推進している。

Nature ダイジェスト Vol. 20 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2023.230531

参考文献

  1. Abe, Y. et al. Nat. Cell. Biol. 24, 565–578 (2022).