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加齢で表皮幹細胞の機能が低下する訳

Credit: AnnettVauteck/E+/Getty

―― お二人の共著でNature Agingに論文を出されました。

豊島:はい。一條さんは、2012年に修士1年生として私の研究室に入り、2017年に博士号を取得した後もここで研究を続けています。現在は助教としてドイツのヘルムホルツセンターミュンヘンに留学中で、今取材はオンラインでの参加です。一條さんは大学院時代には、妊娠期マウスの母体を対象に、腹部の皮膚にある表皮幹細胞の動態解明に取り組みました。私自身は、元々は、細胞分裂の軸方向と分化をテーマにしており、その後、幹細胞を対象に、妊娠期におけるマウス母体の腹部皮膚や肝臓などのリモデリング機構の解明を進めています。今回の「老化に伴う表皮幹細胞の変容メカニズム」についての研究1は、一條さんが大学院を卒業した後に本格的に始めたものです。

―― 「細胞分裂の軸」とは、どういったものですか?

豊島:細胞が基底膜に対してどの方向に分裂していくか、その方向のことを分裂軸と呼んでいます。かなり前から、細胞分裂の軸には方向性があること、軸方向が細胞運命に関与することが知られていました。最近では、米国の研究グループが、胎児皮膚の基底細胞(表皮幹細胞として機能する)の分裂方向が発生段階で異なることや、始めは横方向が多かったのが、あるステージで縦方向が多くなることなどを報告しています2。また、西村栄美(にしむら・えみ)東京大学医科学研究所教授が、老化に伴う表皮幹細胞の分裂軸変化について検討し、若年期には横方向だったものが、老化するに従い縦方向の分裂が増えることを突き止めています3。いずれもマウスでの検討です。

―― 表皮幹細胞の老化について、 他にはどのようなことが分かっていたのですか?

一條:皮膚(表皮)の新陳代謝は、表皮幹細胞が分裂とともに新たな分裂細胞を作り出し、それが上へ上へと移動することで維持されています。表皮幹細胞として機能するのは、基底層(表皮の最下層)にある基底細胞です。この細胞は、ヘミデスモソームと呼ばれる構造体によって基底膜に接着されています。ヘミデスモソームは複数のタンパク質からなり、構成するタンパク質の1つに、基底膜を貫通する17型コラーゲンがあります。17型コラーゲンは比較的よく研究されていて、例えば、マウスの背中の毛包幹細胞では、若齢期には17型コラーゲン遺伝子が多く発現し、老化に伴って減ることが分かっています4。また、老化によって17型コラーゲンが減ると、基底膜と表皮幹細胞との接着が弱くなり、幹細胞が剝がれてなくなっていくことも分かっています3

―― 今回もマウスの背中の皮膚を対象に?

一條:いいえ、マウスの足の裏の皮膚を使うことにしました。理由は、分裂方向の異常を検出するには、なるべく分裂速度の速い表皮幹細胞が良いと考え、そのような皮膚を探したところ、足の裏の皮膚だったのです。

―― 具体的にどのような実験をされたのですか?

一條:まず、若齢マウス(8〜12週齢)と老齢マウス(2歳)のそれぞれで、表皮幹細胞の分裂方向、17型コラーゲン遺伝子の発現などの違いを比較しました。すると、老齢マウスの表皮幹細胞の分裂方向は、横ではなく、縦に近い方向になると分かりました。また、老齢マウスの表皮幹細胞では、17型コラーゲン遺伝子の発現が減り、分化細胞で多く見られるケラチン10(K10)遺伝子の発現が上がっていました。さらに、老齢マウスの表皮幹細胞は部分的に分化してしまい、分化細胞に置き換わっていました。

次に、若齢、老齢のそれぞれのマウスで、表皮幹細胞の網羅的な遺伝子発現解析(RNA-seq)を行いました。その結果、老齢マウスでは「カルシウムの流入に関する遺伝子群」の発現が有意に高いと分かりました。そこで、生体マウスを使って、足の裏の表皮幹細胞のカルシウムイメージングを実施したところ、老齢マウスは若齢マウスよりも、カルシウムパルスの発生時間が有意に長く、20秒以上も頻発していました。若齢マウスでは4秒ほどで終わります。これらの結果から、老齢マウスでは、カルシウムチャネルが閉じずに、カルシウムが流入し続けていると結論付けました。なぜカルシウムチャネルが開きっぱなしになるのか、熟考の末に、細胞にかかる張力変化に応じてチャネルの開閉を制御する機械受容チャネル(メカノイオンチャネル)に当たりをつけました。

豊島:細胞にかかる張力変化とは、例えば、炎症による線維化で組織が硬くなる、皮下にエクスパンダーを入れて皮膚に牽引力をかけることで起きる、といった変化のことです。私たちは、老齢マウスには、基底膜の下にある真皮が硬くなる変化があり、それをメカノイオンチャネルが感知するのではないかと考えました。

―― 実際に、老齢マウスの真皮は硬くなっていたのですか?

一條:はい、その通りです。バイオメカニクスが専門の安達泰治(あだち・たいじ)医生物学研究所教授に、原子間力顕微鏡を用いて真皮の硬さを調べていただいて確認しました(図1)。

図1 加齢に伴う表皮幹細胞の変容
原子間力顕微鏡により真皮の硬さを測定したところ、老齢マウスでは真皮が硬化していることが分かった。波線(黒、白共に)は基底膜。下側の図の単位はナノニュートン(nN)/µmで、明るい方が硬い。 Credit: Ref.1

物理的な硬さを認識して活性化するメカノイオンチャネルとして有名なものには、Piezo1があります。細胞膜を貫通し、張力や湾曲を感知すると構造変化を起こしてチャネルを開きます。すると、細胞外から内部へとカルシウムをはじめとする陽イオンが流入するのです(2020年4月号「『フォース』を感知するタンパク質を求めて」参照)。

私たちはPiezo1の関与を明らかにするために、表皮特異的にPiezo1遺伝子をノックアウトしたマウスを作って検証しました。すると、このマウスの表皮幹細胞では、確かに、加齢によるカルシウム流入が抑制されました。さらに、17型コラーゲン遺伝子の発現低下、表皮幹細胞の分裂方向の変化、表皮幹細胞の分化細胞への置換、K10遺伝子発現の上昇といった、さまざまな加齢変容も抑制されました。

豊島:次の疑問は、なぜ、老化すると真皮が硬くなるのか、ということでした。私は、これまでの研究で、妊娠期の母体の腹の真皮で起きるリモデリングが血管増大によるものであることを突き止めていました。この知見をヒントに、一條さんは、老化では逆の現象、つまり血管は少なくなり、血管が減ったことで真皮が硬くなるのではないかと考えました。

一條:真皮の血管が減少したことで、表皮幹細胞の機能が低下するのではないかと思い至ったのです。早速調べてみると、老齢マウスでは確かに真皮の血管が減少していました。血管を増加させた遺伝子改変マウスを作って検証したところ、このマウスでは老化による真皮の硬化が抑制され、表皮幹細胞の加齢変容も抑制されていました。逆に、血管を減少させた遺伝子改変マウスでは、若齢でも真皮が硬くなり、表皮幹細胞の加齢変容が見られました。

では、なぜ加齢によって血管が減少するのか? この点を突き止めるために、若齢および老齢マウスで、真皮を構成する細胞約1万個を対象に、1細胞レベルで網羅的に遺伝子発現を解析する「単一細胞RNA–seq」(single cell RNA sequence)を行いました。すると、老齢マウスの線維芽細胞では、血管新生阻害作用を持つ分泌因子として知られるPtx3Pentraxin3)遺伝子の発現が上昇したものが多いと分かりました。そこでPtx3をノックアウトしたマウスで検証したところ、加齢による血管減少が抑制され、真皮の硬化と表皮幹細胞の加齢変容も抑えられました。

―― まとめると、どのようなことが言えるのでしょうか?

一條:「表皮幹細胞で起きるさまざまな加齢変容のトリガーは、真皮内の線維芽細胞でPtx3Pentraxin3)遺伝子の発現が上昇することにある」と突き止めたと言えます。Ptx3の分泌量が増えた真皮組織では血管が減少し、全体が硬くなります。すると、真皮のすぐ上に配置された表皮幹細胞内で、Piezo1が真皮の張力変化を感知し、チャネルを開きます。こうなると、細胞外から内部にカルシウムが流入するようになり、幹細胞の分化細胞への置換、17型コラーゲン遺伝子発現の減少に伴うヘミデスモソームの脆弱化、分裂方向の変化、K10遺伝子発現の上昇といった加齢変容が引き起こされるという訳です(図2)。

図2 表皮幹細胞の加齢変容は、Ptx3遺伝子の発現上昇から始まる
加齢により線維芽細胞からPtx3が分泌されると、Ptx3は血管減少を誘導し、それによって真皮は硬化する。表皮幹細胞は真皮の硬化を感知し、表皮幹細胞ではPiezo1が活性化する。Piezo1の活性はカルシウムの過剰流入を誘導し、表皮幹細胞の異常を引き起こす。 Credit: Chae Ho Lim & Mayumi Ito Nature Aging 2, 568–569 (2022).

マウスの足の裏の皮膚はヒトの皮膚に近いとされ、ヒトの皮膚も老化に伴ってPtx3の発現が上昇することが確認されています1。私たちは、今回明らかにした仕組みがヒトにも当てはまるのではないかと考えています。

―― 創薬などへの応用は、考えられますか?

豊島:高齢者では傷の治癒が非常に遅いことがしばしば問題になりますから、Ptx3阻害剤を「治癒を促す薬」として使うことなどが考えられます。ただし、生体におけるPtx3の機能は多様なので、阻害剤による悪影響について慎重に検討する必要があります。ヒトで安全に使えるPtx3阻害剤はまだなく、シーズ開発から始める必要があります。

―― 最後に、成功の秘訣、苦労したこと、 今後の目標などについてお伺いできますか?

一條:最近の研究の多くがそうであるように、今回の研究も単一の研究室でできるものではありませんでした。専門の異なる方たちとうまくコラボレーションできたことが、成功のカギだったと思っています。共同研究者には、こちらの意図やどのように協力してほしいのかなどを丁寧に説明するように努めました。

苦労したのは、Nature Aging側からの要求に応えることでした。例えば、論理を一貫化するために論文の一部を削除しましたし、追加実験などに応えて修正作業をしました。それから、修正原稿を送ってから受理・出版されるまでに1年以上かかり、その間、メールのやりとりをして待ち続けるのも大変でした。

現在は、同じ皮膚でも線維芽細胞や線維芽細胞様の細胞を対象に研究を行っています。研究者として独立し、「この領域の研究ならこの人」と思ってもらえるような研究者になりたいと考えています。

豊島:一條さんは10人分働き、とにかくアイデアが面白い研究者です。2022年度、JSTさきがけ研究者にも採択されましたので、今後の活躍を期待しています。私自身は、妊娠期の組織や臓器のリモデリングを応用した再生医療研究を進めたいと考えています。

―― ありがとうございました。

聞き手は西村尚子(サイエンスライター)

著者紹介

豊島 文子(とよしま・ふみこ)

京都大学 医生物学研究所
生命システム研究部門組織恒常性システム分野 教授
2000 年 京都大学大学院理学研究科にて学位取得。その後、日本学術振興会特別研究員、京都大学大学院生命科学研究科 助手、JSTさきがけ研究員を経て、2008 年に京都大学ウイルス研究所教授に着任。組織改編を経て、2022 年より現職。ライフステージにおける生理的な組織リモデリング機構の解明と再生医療への応用研究を進めている。

一條 遼(いちじょう・りょう)

京都大学 医生物学研究所
生命システム研究部門組織恒常性システム分野 助教
2017 年に京都大学大学院生命科学研究科にて学位取得。その後、研究員、特定助教を経て、2021年より助教。現在は線維芽細胞の老化を中心に研究を進めている。

Nature ダイジェスト Vol. 20 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2023.230330

参考文献

  1. Ichijo, R. et al. Nature Aging 2, 592–600 (2022).
  2. Lechler,T, & Fuchs, E. Nature 437, 275–280 (2005).
  3. Liu, N. et al. Nature 568 344–350 (2019).
  4. Matsumura, H. et al. Science 351 aad4395 (2016).