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オミクロン株の構造から急速な感染拡大を説明する

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のオミクロン株には、ヒト細胞に感染する際に利用するスパイクタンパク質(赤)に、多数の変異が見つかっている。 Credit: NIAID

2021年11月に南アフリカ共和国で初めて検出された新型コロナウイルス(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2;SARS-CoV-2)のオミクロン株は、それ以前のどの変異株よりも速く世界中に広まり、ワクチン接種済みの人や過去に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に罹患したことのある人にも易々と感染している。それを可能にした仕組みを明らかにするため、科学者たちは低温(クライオ)電子顕微鏡法などの技術を駆使して、オミクロン株の分子構造を原子レベルに近い分解能で可視化した。

高度に変異したオミクロン株は、体の免疫防御から逃れる能力を獲得し、なおかつ、ヒト細胞を攻撃する能力を維持している。オミクロン株の構造をSARS-CoV-2のオリジナル株や他の変異株と比較する研究から、こうした特徴がオミクロン株の構造のどの部分に由来しているかが見えてきた1。また、この株が引き起こす症状が、既知の変異株に比べて軽いように見える理由も解明されつつある。

デューク大学ヒトワクチン研究所(米国ノースカロライナ州ダラム)の構造生物学者Priyamvada Acharyaは、「オミクロン株の構造は、これまで知られているどの変異株とも大きく異なっています」と言う。

オミクロン株には、研究者が中国の武漢で最初に検出したオリジナルのSARS-CoV-2株には見られない変異が何十個もある。これらの変異の30個以上は、コロナウイルスの表面のスパイクタンパク質(ウイルスが宿主細胞に結合して感染するのを助けるタンパク質)にある。それまでのSARS-CoV-2変異株で、オミクロン株ほど多くの遺伝子変化を蓄積したものはなかった。

オミクロン株のスパイクタンパク質の変異のうちの15個は、このタンパク質の受容体結合ドメイン(RBD)にある。RBDは、ウイルスがヒト細胞に侵入する際に、ヒト細胞表面のACE2受容体に結合する部位だ。ワシントン大学(米国シアトル)の構造生物学者David Veeslerらの研究チームは、この15個の変異と、スパイクタンパク質のN末端ドメインと呼ばれる領域の11個の変異により、オミクロン株が、中和抗体に認識されるウイルスタンパク質領域の構造を完全に作り替えていることを明らかにした2。中和抗体とは、COVIDワクチンの接種やSARS-CoV-2感染を経て体内で作られるようになるタンパク質で、ウイルスを認識して細胞への侵入を阻止する。従って、中和抗体が認識する部位の構造が変化すると、中和抗体の多くはウイルスを認識しにくくなる(2022年2月号「図表で見るCOVIDワクチンの1年」、同3月号「『キラー』免疫細胞はオミクロン株も認識する」参照)。

オミクロン株が、構造をこれだけ変化させているにもかかわらず、まだACE2と強く結合できる理由は大きな謎だ。ブリティッシュ・コロンビア大学(カナダ・バンクーバー)の構造生物学者であるSriram Subramaniamは、「これほど多くの変異があちこちに生じていたら、受容体と結合する能力も低下するのが普通です」と言う。

プラスの効果とマイナスの効果

オミクロン株には多数の変異があるが、そのスパイクタンパク質(紫色)は細胞表面のACE2受容体(水色)に強く結合する。 Credit: SRIRAM SUBRAMANIAM/UNIV. BRITISH COLUMBIA

Subramaniamらは、オミクロン株のRBDの変異の中にはACE2との結合能を低下させるものもあるが、結合を強化するものもあることを示して、この疑問に答えた3。例えば、K417Nという変異は、スパイクタンパク質とACE2との結合を助ける重要な塩橋(タンパク質の中の正に帯電した部分と負に帯電した部分の間の結合)を破壊する。しかし、他の変異の組み合わせが、新たな塩橋と水素結合の形成を促して、ACE2との結合を強化している。その結果、オミクロン株はSARS-CoV-2のオリジナル株よりも強く、デルタ株と同程度の強さでACE2に結合するようになったというわけである。

Veeslerらは、オミクロン株ではRBDとACE2との相互作用が強化されていることも発見した2。「オミクロン株は、変異によって免疫回避能を獲得しつつ、受容体との結合能を強化するという、非常にエレガントな分子的解決策を採用したのです」とVeeslerは言う。

カロリンスカ研究所(スウェーデン・ストックホルム)の構造生物学者であるMartin Hällbergは、これらのグループの研究を賞賛するが、一部の中和抗体がまだオミクロン株を認識できる理由は解決されていないと指摘する。中和抗体がオミクロン株を認識する構造的根拠を解明することができれば、その知識は、将来出現する変異株への対策に役立つだろうと彼は言う。

オミクロン株には、鼻や喉に感染しやすく肺には感染しにくいという特徴もある。オミクロン株感染に伴う症状が、他の変異株が引き起こす症状に比べて軽い理由は、この特徴が関係しているとみられる。この点についても、構造研究から手掛かりがもたらされている。

多くの研究は、SARS-CoV-2とその変異株が、ヒト細胞のACE2に結合して細胞内に侵入する際に使う2つの経路に注目している。1つは、ウイルスが宿主細胞のTMPRSS2という酵素の助けを借りて細胞と融合し、細胞内に遺伝物質を直接注入する経路。もう1つは、ウイルスがエンドソームと呼ばれる小胞を通って宿主細胞内に入り、その中身を放出する経路で、より時間がかかる(2021年10月号「新型コロナウイルスが細胞に侵入する仕組み」参照)。

いくつかのグループは、オミクロン株が後者のルートを好む証拠を発見した4。例えばVeeslerらは、TMPRSS2経路にはスパイクタンパク質の切断が必要だが、オミクロン株ではデルタ株に比べてこの切断の効率が悪いことを発見した5。研究者らは、オミクロン株が鼻や喉に感染しやすい理由は、TMPRSS2が上気道よりも肺に多く存在していることで説明できるかもしれないとも述べている。

しかし、オミクロン株が後者の侵入経路を好むことに全ての研究者が同意しているわけではない。ハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)の構造生物学者Bing Chenは、どちらの説とも少しずつ異なるメカニズムを提案している。彼によれば、オミクロン株感染の症状の軽さはACE2に関連しているという。

ウイルスのRBDがACE2と結合するためには、「ダウン型」の構造から「アップ型」の構造に変化する必要がある。Chenらはプレプリント論文6で、オミクロン株のRBDが、変異の1つによって引き起こされた構造変化のため、アップ型の構造をとるのが難しいことを示す証拠を報告した。その結果、オミクロン株が宿主細胞と融合するためには、他の変異体よりも多くのACE2を必要とする。「一般に肺細胞は上気道細胞に比べてACE2がかなり少なく、オミクロン株が肺細胞に感染しにくい理由は、これにより説明できるかもしれません」とChenは言うが、さらなる研究が必要だとも付け加える。

研究者たちは、オミクロン株の構造に関する知見を、この株に対するより効果的な治療法やワクチンの開発、そして、今後出現するVOC(懸念される変異株)に対するワクチンの開発に役立てたいと考えている。「オミクロン株は、私たちの変異株に対するイメージを覆しました」とVeeslerは言う。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.2022.220415

原文

Omicron’s molecular structure could help explain its global takeover
  • Nature (2022-02-03) | DOI: 10.1038/d41586-022-00292-3
  • Diana Kwon

参考文献

  1. Gobeil, S. M-C. et al. Preprint at bioRxiv https://doi.org/10.1101/2022.01.25.477784 (2022).
  2. McCallum, M. et al. Science https://doi.org/10.1126/science.abn8652 (2022).
  3. Mannar, D. et al. Science https://doi.org/10.1126/science.abn7760 (2022).
  4. Peacock, T. P. et al. Preprint at bioRxiv https://doi.org/10.1101/2021.12.31.474653 (2022).
  5. Meng, B. et al. Preprint at bioRxiv https://doi.org/10.1101/2021.12.17.473248 (2022).
  6. Zhang, J. et al. Preprint at bioRxiv https://doi.org/10.1101/2022.01.11.475922 (2022).