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COVIDワクチンの短期開発が今後のワクチン開発にもたらすもの

ファイザー社・ビオンテック社のCOVID-19ワクチンは、2020年12月中旬までに米国へ向けた最初の出荷の準備が整った。 Credit: MICHAEL CLEVENGER/GETTY

2020年の初めに重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)のワクチン開発に着手したとき、すぐにでも成功すると確約しないように科学者たちは気を付けていた。これまでに開発されたワクチンの中で、ウイルスの分離から承認までの期間が最も短かったのは1960年代に開発されたムンプス(流行性耳下腺炎)ワクチンで、それでも4年かかった。2021年の夏までにワクチンを完成させるという目標は、楽観的に過ぎるように思われた。

だが12月に入るころまでには、いくつかのワクチンの開発元が大規模試験での優れた成績を発表し、それ以外にも多くの有望なワクチン候補が登場していた。そして12月2日には、製薬大手のファイザー社(米国ニューヨーク)がバイオテクノロジー企業ビオンテック社(ドイツ・マインツ)と共同開発したワクチンが、臨床試験(治験)の完了した最初の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチンとして、英国で緊急使用の承認を受けた。

この開発のスピードは「ワクチン開発の常識を根本から覆すようなものでした」と、フロリダ大学(米国ゲインズビル)の生物統計学者Natalie Deanは言う。それならば、他のワクチンも今では同程度の期間で完成させられるようになったのではないかと期待したくもなるというものだ。ワクチンが待望されている疾患は少なくない。毎年何百万人もの人々がマラリア、結核、肺炎のような疾患で命を落としており、今後も致死的なパンデミック(世界的大流行)が発生し得ると科学者たちは予測している。

COVID-19での経験は、ほぼ確実にワクチン科学の未来を変えるだろうと、ハーバード大学医学系大学院ウイルス学・ワクチン研究センター(米国マサチューセッツ州ボストン)のセンター長であるDan Barouchは言う。「世界的な真の緊急事態が発生し、十分な資金が投入された場合には、ワクチン開発をいかに早く進められるかが実証されたと言えます」。COVID-19への対処を通じて、メッセンジャーRNA(mRNA)の利用など、ワクチンを作るための新しい技術が検証されたと彼は続ける。「安全性を犠牲にすることなく、開発プロセスを大幅に加速できることが証明されました」。

COVID-19ワクチンをこれほど短期間で開発することができたのには、いくつかの理由がある。関連ウイルスに関する長年にわたる先行研究が進んでいたこと、効率的なワクチン製造工程が考案されたこと、莫大な財政的支援のおかげで企業が複数の治験を並行して進められたこと、そして規制当局が通常よりも迅速に審査を行ったことだ。これらの要因のいくつか、特に製造工程の効率化は、他のワクチンの開発にも応用できるかもしれない。

だが、必ずうまくいくという保証があるわけではない。迅速な開発の成功を再現するためには、まず大規模な資金の投入が必要であり、それに見合った社会的・政治的な緊急性が認められる場合にのみ可能となるだろう。また、病原体の性質にもよる。SARS-CoV-2は変異の速度が比較的遅いウイルスであり、詳しく研究されているウイルスファミリーにたまたま属していた。言い方は悪いが、科学者たちは運が良かったのかもしれない。

長年にわたる先行研究

新型コロナウイルスに対するワクチンの開発につながる研究は、2020年1月に始まったわけではない。それより何年も前から、重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(MERS)の原因となる関連コロナウイルスに注目し、新しいタイプのワクチンの開発に取り組んできた研究者たちがいた。彼らの努力が見事に実を結んだというわけだ。

従来のワクチンは、ウイルスタンパク質や不活化したウイルスそのものを使用しており、ウイルス感染に対する体の免疫防御応答を刺激する。一方、大規模な(第III相)臨床試験で有効性が証明されたと発表された最初の2つのCOVID-19ワクチンは、ウイルスのmRNAのみを脂質膜で包んで使用している。このmRNAはSARS-CoV-2の重要なタンパク質をコードしており、mRNAが細胞内に入ると我々の体はこのタンパク質を産生する。これが抗原、つまり免疫応答を誘発する外来分子として働く。ファイザー社・ビオンテック社、そして米国の製薬企業モデルナ社(マサチューセッツ州ケンブリッジ)が開発したワクチンは、いずれもスパイクタンパク質をコードするmRNAを使用している。コロナウイルスのスパイクタンパク質は、ヒトの細胞膜に結合し、ウイルスが細胞内に侵入することを可能にする。

「今あるようなmRNAワクチンの基本型が完成するまでには、多くの検討が必要でした」と話すのは、エール大学医学系大学院(米国コネチカット州ニューヘイブン)の免疫学者で、20年以上にわたり核酸ワクチン(DNAやRNAを使用したワクチン)の研究に携わってきた岩崎明子だ。DNAワクチンの基礎研究は遅くとも25年前である1995年には既に始まっており、がんワクチンの開発を目的としたものも含め、RNAワクチンにも10~15年に及ぶ精力的な研究の歴史があると彼女は言う。絶妙なタイミングでRNAワクチンの技術的基盤が成熟してきたのだ。これがもし5年前であったなら、技術はまだ完成していなかっただろう。

例えば、国立アレルギー・感染症研究所(NIAID;米国メリーランド州ベセスダ)の研究者たちは、産生されるスパイクタンパク質の構造を、それが宿主細胞に結合する前にとっている構造のまま安定化すれば最良のRNAワクチンとなり、そのためには、RNAの塩基配列を少し変更すればよいことをSARSとMERSの研究を通じて知っていた。NIAIDのワクチン研究センターで副センター長を務めるBarney Grahamは、「結合前の構造を保つことができれば、はるかに有効なワクチン抗原になります」と話す。こうした先行研究のおかげで、2020年1月にSARS-CoV-2のゲノム塩基配列が決定されると、モデルナ社と共同研究していたNIAIDのチームは有利なスタートを切ることができた。「以前からコロナウイルスの研究を進めていたからこそ、開発期間を短くすることができたのです」とDeanは言う。

2020年11月に第III相臨床試験で有効性が証明された3つ目のワクチンは、アストラゼネカ社(英国ケンブリッジ)がオックスフォード大学(英国)と共同で開発したもので、mRNAは使用していない。このワクチンでは、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質をコードする遺伝物質をウイルスベクターに挿入してある。ベクターの選択はやはり長年の研究経験に基づくもので、今回、同社はチンパンジーの便から分離したアデノウイルスを改変したものを選択した。ロンドン大学衛生熱帯医学大学院ワクチンセンター(英国)のセンター長であるBeate Kampmannによれば、このような従来型のワクチンの進歩もまた、SARS、MERS、エボラ出血熱、マラリアの研究から恩恵を受けており、現時点では従来型のアプローチはmRNAを使ったワクチンの開発よりもコストがかからないという。

SARS-CoV-2の場合、ワクチンの研究者たちはいろいろな点で運が良かったと岩崎は話す。ヒト免疫不全ウイルス(HIV)やヘルペスウイルス、インフルエンザウイルスとは異なり、このウイルスは変異を起こす頻度が低く、ヒトの免疫系に対抗するための効果的な戦略を持っていないと彼女は指摘する。ヘルペスウイルスは免疫系を擦り抜ける能力が高く、抗体の結合を巧みに回避するため、有効なワクチンを見つけるのが難しいという。また、インフルエンザウイルスは変異するのが速いため、流行シーズンのたびに異なるワクチンを接種する必要がある。

財政的支援による開発の加速

ワクチンの開発で最も時間がかかるのは、ワクチン候補を見つける段階ではなく、治験を実施する段階だ。これには多くの場合、何年もの期間を要する(「ワクチン開発の革新」の図を参照)。その過程で製薬企業はまず動物を使って、続いてヒトを対象として有効性と安全性の検証を行う。ヒトを対象とした治験は3つの段階からなり、段階が進むに従って被験者の数が増え、それに比例してコストも上昇する。COVID-19ワクチンも同様の治験を経ているが、このプロセスに数十億ドル(数千億円)もの財政的支援が行われたことで、企業は複数の治験を並行して進めるという財務上のリスクを負うことができた(「1年で実用化されたワクチン」の図を参照)。

ワクチン開発の革新
従来のワクチンは開発に非常に長い期間を要していたが、今回のSARS-CoV-2 の場合、わずか1年足らずで複数のワクチンが実用化された。 Credit: SOURCES: OUR WORLD IN DATA; NATURE ANALYSIS

1年で実用化されたワクチン
ファイザー社とビオンテック社が共同開発したSARS-CoV-2ワクチンは、治験開始からわずか8カ月足らずで承認の取得までこぎ着けた。迅速な開発が可能だったのは、複数の治験を並行して進めることができたからだ。安全性に関する重大な問題が発生しなかったのも運が良かった。 Credit: SOURCES: BIONTECH/PFIZER; NATURE ANALYSIS

多額の公的資金や民間の慈善家からの寄付金が製薬企業に提供されたことで、「前臨床試験、第I相・第II相・第III相試験、さらには製造工程を段階を追って進めるのではなく、並行して進めることが可能になりました」と、グラクソ・スミスクライン社(イタリア・シエナ)のワクチン部門の主任研究員Rino Rappuoliは言う。つまり企業は、計画が途中で頓挫することを恐れずに、ワクチン候補の大規模な治験や製造工程を開始できたということだ。「財政的支援のおかげで、開発プロセス全体のリスクを完全に排除することができたのです」とKampmannは話す。

この財政的支援がなければ、ワクチンはこれほど早く完成しなかっただろうとKampmannは言う。「(2014~16年に)アフリカの社会に深刻な被害をもたらしたエボラ出血熱のケースでは、財政的な支援はなされませんでした」。そのためエボラワクチンの開発には時間がかかった。今回資金が投入されたのは、発展途上国だけでなく裕福な先進国までもが、経済状況の悪化に直面することになったからに他ならない。そう考えると、マラリアのような疾患に対する将来のワクチン開発は、これほどスピーディーには進まないだろう。「資金の投入以外にワクチンの開発を加速させる方法はないでしょう」とRappuoliは話す。

ベイラー医科大学(米国テキサス州ヒューストン)のウイルス学者Peter Hotezは、大手製薬企業がワクチン開発を急いだのは、パンデミックを終息させたいという純粋な願いからだけではなく、研究開発に対する政府の財政的援助への期待もあったのではないかと推測している。およそ100億ドル(約1兆円)もの公共投資が行われた米国の「ワープ・スピード作戦(Operation Warp Speed)」は、「製薬企業に対する政府の刺激策としては空前の規模でした」とHotezは言う。

政府の対応を後押ししたのは必ずしもCOVID-19パンデミックの緊急性ばかりではない。過去に発生した致死的なウイルス感染症が、より迅速なワクチン開発を可能にするような国内および国際的なインフラ構築の動機となってきたのだ。エボラ出血熱とジカ熱の集団発生は、感染症による危機への対処を巡る国際的な協力の重要性を認識させたとGrahamは指摘する。「もし2002年のSARSが今回のように感染拡大していたとしたら、ワクチンの早期開発や組織的な対策は望めず、今以上に困難な時期を迎えていたことでしょう」と彼は言う。

2017年、感染症流行対策イノベーション連合(Coalition for Epidemic Preparedness Innovations;CEPI)が発足した。その目的は、MERS、エボラ出血熱、ジカ熱など、流行が懸念されるいくつかの感染症に対するワクチンを、低コストで迅速に開発するための技術インフラを構築することにある。CEPIは、モデルナ社とオックスフォード大学の共同研究によるものなど、SARS-CoV-2ワクチンの開発資金の一部を負担してきた。

治験の最終段階では、COVID-19が蔓延していることがむしろ幸いした。治験でワクチンの有効性を証明するためには患者が必要だからだ。MERSなどのケースでは、集団発生は局地的で、特定の地域のみで流行し、他の地域では感染率が低かった。患者自体が少なければ、有効性を証明する治験を実施するのは難しいとDeanは言う。

COVID-19での経験はまた、規制の再考を促すことにもつながるかもしれない。ワクチン承認の厳しい基準が緩和されたというわけではないが、最初のワクチン候補のほとんどは緊急用ワクチンとして承認されている。その場合、より迅速な承認が可能となるが、製薬企業には副反応の頻度や効果の持続性を調べるための追跡調査を行う義務が課せられる。また、各国の規制当局は、2012年に設立された薬事規制当局国際連携組織(International Coalition of Medicines Regulatory Authorities)と呼ばれる国際組織による主導の下で、COVID-19ワクチンの治験に関する情報交換を行っている。この組織が目的としているのは、治験の理想的なエンドポイントの選択や、ワクチンの普及に伴い増えてくる副反応のモニタリングデータの共有などの問題について、国際的な合意を形成することだ(Nature 588, 195; 2020も参照)。

英国では、治験の完了したCOVID-19 ワクチンの接種が2020 年12 月初旬に始まった。 Credit: DAN CHARITY/AFP/GETTY

他のワクチンへの恩恵

COVID-19パンデミックは、ワクチン開発にいくつかの恒久的な変革をもたらすに違いない。第一に、他の疾患に対する迅速なアプローチとして、これまで広く接種することが承認されていなかったmRNAワクチンを使用することが一般的になるかもしれない。「この技術はワクチン学に革命をもたらすものです」とKampmannは言う。細胞内でタンパク質を生産させるためには複雑なバイオテクノロジーの手法が必要だが、mRNAワクチンの候補ならばたった数日で化学的に合成することができる。「この技術は(将来の)パンデミックに対応するために欠かすことのできない、スピーディーなアプローチにもってこいなのです」とKampmannは話す。

それに加えて「RNAは製造工程を非常に単純なものにしてくれます」とRappuoliは言う。「同じ設備を使って、さまざまな疾患に対するRNAワクチンを製造することができるのです。それは必要な投資を減らすことになります」。製薬企業はまた、COVID-19ワクチンを製造する傍らで、麻疹やポリオのような既存の疾患のワクチンも作り続けなければならないため、製造能力を増強する必要がある。それは将来のワクチン需要を満たすのに役立つかもしれない。

COVID-19ワクチンや開発中の他のワクチンの大規模な臨床試験からは、免疫応答というものを理解する上で幅広く役に立つデータが得られるはずだとHotezは指摘する。「あらゆる技術が試され、臨床ボランティアの人口統計、抗体応答や細胞応答に関する詳細な情報が収集されていることを考えると、ヒトのワクチンに対する応答について、今年だけで過去数十年間に分かったことと同じくらい、あるいはそれ以上のことが分かったかもしれません。ヒトのワクチン学は飛躍的な進歩を遂げる可能性があります」。

とはいえ他のワクチンは、おそらく感染レベルが高い場合に限って、COVID-19ワクチンに匹敵するスピードで開発することができるだろう。感染レベルが高ければ大規模な治験を比較的迅速に進めることができる。莫大な財政的支援も必要だ。また、SARS-CoV-2は幸運にもワクチンの標的にしやすいウイルスだったが、他のウイルスがそうであるとは限らない。

だからこそ、全てのウイルスファミリーについて、もっと知る必要があるのだと研究者たちは指摘する。Grahamによれば、ヒトに感染する可能性のあるウイルスファミリーは、コロナウイルス以外に少なくとも24種類ある。次のウイルスが出現するのを漫然と待っているのではなく、監視システムを構築し、各ウイルスファミリーの典型的な感染データをそろえるために、今すぐにでも資金を投入すべきだとGrahamは話す。

それはつまり、基礎科学の強固な基盤がなければ、いくら資金を投入しても何の役にも立たないということだ。COVID-19ワクチンの驚異的な成功は「科学の即応力が発揮された好例と言えるでしょう」と岩崎は話す。「でも、それは決して一朝一夕に実現したことではないのです」。

翻訳:藤山与一

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2021.210317

原文

The lightning-fast quest for COVID vaccines — and what it means for other diseases
  • Nature (2021-01-07) | DOI: 10.1038/d41586-020-03626-1
  • Philip Ball
  • Philip Ballは、ロンドン在住のサイエンスライター。