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COVID回復後のワクチン接種がもたらす「スーパー免疫」の謎

抗体がSARS-CoV-2粒子(橙色)に結合する様子(想像図)。COVID-19回復後にワクチンを接種した人では、SARS-CoV-2に対する非常に強力な免疫が認められる。 Credit: JUAN GAERTNER/SCIENCE PHOTO LIBRARY/Getty

ロックフェラー大学(米国ニューヨーク)のウイルス学者Theodora HatziioannouとPaul Bieniaszは、2020年の秋ごろから、新型コロナウイルス(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2;SARS-CoV-2)がヒトの細胞に感染する際に使用する「スパイクタンパク質」に手を加えて、感染を阻止するあらゆる抗体を回避できるような変異ウイルスを作り出すことを目指してきた。その頃はまだ、デルタ株のような変異株は出現していなかった。

研究の目的は、スパイクタンパク質中の、中和抗体の標的となる重要な部位を特定することだった。Hatziioannouらは、実験や流行中の変異株で特定された問題となりそうな変異を、「シュードタイプ」のウイルス〔新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を引き起こすことができない無害なウイルス〕に導入することで、スパイクタンパク質に加わった変異の効果を試験した。Nature 2021年9月20日号に掲載された研究報告1によれば、20カ所に変異を加えたスパイクタンパク質を持つ変異ウイルスは、感染もしくはワクチン接種によって作られた中和抗体に対して、完全な耐性を示した。ただし、例外もあった。

この変異ウイルスは、知られている天然の変異株に比べて免疫系からの攻撃に対する抵抗性がはるかに強いのだが、COVID-19から回復して数カ月後にワクチン接種を受けた人たちは、それを無力化できる抗体を持っていたのだ。こうした人たちが持っている抗体は、SARS-CoV-2とは別の種類のコロナウイルスさえもブロックした。「今後出現してくるSARS-CoV-2のあらゆる変異株に対して有効である可能性が高いと思います」とHatziioannouは言う。

世界中でコロナウイルスの新しい変異株が警戒されている中で、このような「スーパー免疫」が生じる仕組みは、パンデミックを巡る大きな謎の1つとなっている。感染による免疫防御とワクチン接種による免疫防御の違いを詳しく調べることで、より高いレベルの感染防御を安全に実現する方法を見つけられるのではないかと研究者たちは期待する。

エモリー大学(米国ジョージア州アトランタ)のウイルス学者Mehul Sutharは、「スーパー免疫は、ブースター接種や今後出現してくる変異株に対する免疫応答の強さにも関係してきます」と話す。「この問題の解明に向けて試行錯誤しているところです」。

ハイブリッド免疫

COVID-19に感染して回復した人たちのワクチンに対する反応には独特の特徴があることに研究者たちが気付き始めたのは、各国でワクチン接種が始まってから間もなくのことだった。スーパー免疫、すなわち感染後のワクチン接種で得られる「ハイブリッド免疫」を研究しているペンシルベニア大学(米国フィラデルフィア)の免疫学者Rishi Goelは、「2回のワクチン接種だけでは得られない、桁外れに高いレベルの抗体が産生されることが分かりました」と話す。

ハイブリッド免疫を持つ人の血清(抗体を含む血液画分)は、感染経験なしにワクチン接種を受けた人の血清と比較して、南アフリカ共和国で最初に検出されたベータ変異株やその他のコロナウイルスのような、免疫から逃避する株を中和する能力が非常に高いことが初期の研究で分かった2。しかし、それが単に抗体レベルが高いためなのか、あるいは何か別の理由があるのかははっきりしなかった。

最新の研究では、ハイブリッド免疫の少なくとも一部は、メモリーB細胞と呼ばれる免疫細胞に由来していることが示唆されている。感染後やワクチン接種後に作られる抗体の大部分は、形質細胞と呼ばれる活性化したB細胞によって産生されるのだが、形質細胞は短命で、それが死滅すると抗体レベルは低下する。形質細胞が死滅した後の抗体の主な供給源は、感染やワクチン接種によって誘導される、メモリーB細胞になるのだが、その数は形質細胞に比べてずっと少ない。

ロックフェラー大学の免疫学者Michel Nussenzweigによれば、寿命の長いメモリーB細胞の中には形質細胞よりも強力な抗体を作るものがあるという。リンパ節で成熟するうちに、抗体のスパイクタンパク質への結合能を高めるような変異を獲得するからである。COVID-19から回復した人が再びSARS-CoV-2のスパイクタンパク質にさらされると、これらの細胞は増殖し、強力な抗体を大量に産生する。

「これらの細胞は抗原に出合うと、一斉に働きだすのです。この場合は、mRNAワクチンが抗原の役割を果たすわけですが」とGoelは言う。つまり理論上は、感染経験のある人が1回目のワクチン接種を受けた場合と、感染経験のない人が2回目のワクチン接種を受けた場合とでは、同等の効果があることになる。

ハイブリッド免疫の強力な反応の背景には、感染によって誘導されるメモリーB細胞とワクチン接種によって誘導されるメモリーB細胞の違いや、それらが作る抗体の違いも関係しているのかもしれない。感染とワクチン接種では、スパイクタンパク質が免疫系へ提示される方法が大きく異なるとNussenzweigは言う。

Nussenzweigの研究チームは一連の研究で、感染者とワクチン接種者の抗体応答を比較した(この研究には、HatziioannouとBieniaszも参加している)3–5。その結果、感染とワクチン接種はどちらも強力な抗体を産生するメモリーB細胞を誘導するが、その効果は感染後の方が強いことが示唆された。

Nussenzweigらの研究チームは、感染またはワクチン接種からさまざまな期間を経た人たちから、それぞれが固有の抗体を作る数百個のメモリーB細胞を分離した。自然感染によって産生された抗体では、感染後1年間にわたって抗体レベルとブロック可能な変異株の種類が増え続けた。一方、ワクチン接種によって産生された抗体の多くは、2回目の接種から数週間で変化が止まったように見えた。また、感染によって誘導されたメモリーB細胞の方が、ベータ株やデルタ株のような免疫から逃避する変異株をブロックできる抗体を作るものの割合が高かった。

ハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)の免疫学者Duane Wesemannが率いる研究チームは、自然感染ではmRNAワクチン接種の場合と比べてスパイクタンパク質の多様な領域が免疫系の標的となるため、より多彩な変異株を認識できる抗体プールが形成されるという結果を、プレプリントサーバーに投稿した未査読論文で報告している6。また、ハイブリッド免疫を持つ人では、7カ月にわたり一貫して高い抗体レベルが維持され、抗体レベルがより安定していたという。

「驚くほどのことではない」

ハイブリッド免疫に関する多くの研究では、感染経験なしにワクチン接種を受けた人を、COVID-19から回復した人たちほど長期間にわたって追跡調査していない。そのため、感染経験のない人のB細胞も時間の経過やワクチンの追加接種、あるいはその両方によって多くの抗体を産生するようになる可能性はあると、研究者たちは指摘する。メモリーB細胞の安定したプールが形成され、成熟するまでには数カ月かかることがあるからだ。

ワシントン大学(米国ミズーリ州セントルイス)でB細胞を研究している免疫学者Ali Ellebedyは、「感染経験があってワクチン接種を受けた人が良好な反応を示すのは、驚くほどのことではないですね」と話す。「レースで3、4カ月前にスタートした選手と、今スタートしたばかりの選手を競わせているようなものですから」。

感染経験がなく2回のワクチン接種を受けた人の免疫が追い付いてきていることを示した研究結果もある。Ellebedyの研究チームは、mRNAワクチンの接種を受けた人のリンパ節検体を採取し、ワクチン接種によって誘導されたメモリーB細胞の一部が、2回目の接種から12週間後までに、風邪の原因ウイルスを含む多様なコロナウイルスを認識できる抗体を産生するようになる変異を獲得しつつある兆候を見いだした7

ネッケル小児病院(フランス・パリ)の免疫学者Matthieu Mahévasは、感染経験のない人でも3回目のワクチン接種によってハイブリッド免疫を獲得できる可能性があると話す。Mahévasの研究チームは、感染経験のない人でもワクチン接種から2カ月後には、メモリーB細胞の一部がベータ株とデルタ株を認識できる抗体を産生するようになることを見いだした8。「このメモリーB細胞の数が増えれば、強力な中和抗体が得られることは明らかです」とMahévasは言う。ワクチンの接種間隔を延ばすことで、ハイブリッド免疫の一面を模倣することもできるだろう。

仕組みと効果

ハイブリッド免疫の仕組みを理解することが、それを模倣するためのカギになるだろうと科学者たちは言う。最近の研究はB細胞による抗体応答に焦点を合わせているが、T細胞の応答も感染とワクチン接種で異なる可能性があるという知見も得られている。自然感染では、スパイクタンパク質以外のウイルスタンパク質に対する応答も誘発される。自然感染に特有の何らかの要因が重要なのではないかとNussenzweigは考えている。感染時には何百万ものウイルス粒子が気道に定着する。近傍のリンパ節(メモリーB細胞が成熟する器官)を訪れた免疫細胞は、膨大な量のウイルス粒子に遭遇する。また、感染から回復して数カ月が経っても腸内からウイルスタンパク質が検出される人もいることから、この持続性が、B細胞のSARS-CoV-2に対する応答を研ぎ澄ますのに役立っている可能性がある。

ハイブリッド免疫の実際の効果を評価することも重要だと、研究者たちは言う。カタールの研究チームが投稿した査読前の論文では、ファイザー社/ビオンテック社のmRNAワクチン接種者の場合、感染経験のある人の方が、感染経験のない人よりもCOVID-19にかかりにくいと報告されている(編集部註:モデルナ社のワクチンでは、差はほとんどなかった)9

ハイブリッド免疫の研究者たちは、仮に潜在的なメリットがあったとしても、SARS-CoV-2感染のリスクを考えれば、あえて感染してハイブリッド免疫を獲得しようとするのは避けるべきだと強調している。モントリオール大学(カナダ)のウイルス学者Andrés Finziは、「良好な免疫応答を獲得するために、わざわざ感染してからワクチンを接種するように勧めるつもりは毛頭ありません」と話す。「感染して重症化しない保証はありませんからね」。

翻訳:藤山与一

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2021.211213

原文

COVID super-immunity: one of the pandemic’s great puzzles
  • Nature (2021-10-21) | DOI: 10.1038/d41586-021-02795-x
  • Ewen Callaway

参考文献

  1. Schmidt, F. et al. Nature https://doi.org/10.1038/s41586-021-04005-0 (2021).
  2. Stamatatos, L. et al. Science 372, 1413–1418 (2021).
  3. Gaebler, C. et al. Nature 591, 639–644 (2021).
  4. Wang, Z. et al. Nature 595, 426–431 (2021).
  5. Cho, A. et al. Nature https://doi.org/10.1038/s41586-021-04060-7 (2021).
  6. Chen, Y. et al. Preprint at bioRxiv https://doi.org/10.1101/2021.09.09.459504 (2021).
  7. Turner, J. S. et al. Nature 596, 109–113 (2021).
  8. Sokal, A. et al. Immunity https://doi.org/10.1016/j.immuni.2021.09.011 (2021).
  9. Abu-Raddad, L. J. et al. Preprint at medRxiv https://doi.org/10.1101/2021.07.25.21261093 (2021).