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遺伝子改変酵母で大麻成分を合成

近い将来、遺伝子改変した出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)に合成された希少な大麻成分が研究に使えるようになるかもしれない。 Credit: THOMAS DEERINCK, NCMIR/SPL/GETTY

人類は、数千年前から酒の醸造やパンの発酵などに酵母を利用してきたが、このほど酵母を遺伝子操作して、大麻(Cannabis sativa)の成分であるカンナビノイドを作ったことが報告された。カンナビノイドは、薬理作用や、時には精神作用特性を示す一群の化学物質である。

Nature 2019年3月7日号123ページに報告されたこの研究成果1は、出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)で糖のガラクトースから、大麻の主要な精神活性成分であるテトラヒドロカンナビノール(THC)を完全に生合成できたというものだ。今回改変を施した酵母は、カンナビジオール(CBD)という別の主要なカンナビノイドも作ることができる。CBDは、抗不安や鎮痛といった治療に役立つ作用を潜在的に持っており、近年関心を集めている。

期待されるのは、このような酵母の生合成過程によって、THCやCBDをはじめ天然では微量にしか存在しない希少カンナビノイドを、大麻栽培に頼る従来の方法よりも低コストで効率よく確実に作り出せるようになることだ。

これまでの研究2,3で、酵母においてカンナビノイド合成過程の一部を構築したことは報告されているが、全過程を実現したものはなかった。今回の研究は、「全ての合成過程を1つにまとめ、それが1個の細胞内で実際に稼働することを初めて示した素晴らしいものです」と、ヒアシンス・バイオ社(Hyasynth Bio;カナダ・モントリオール)の最高責任者Kevin Chenは話す。遺伝子改変した酵母や細菌、藻類を使ったカンナビノイド製造に携わる企業は現在10社以上あり、ヒアシンス・バイオ社もその1つだ(2018年10月号「大麻由来の抗てんかん薬が米国で承認」参照)。

酵母に合成させる同様の手法を使って、商業目的の抗マラリア薬がすでに作られ、オピエート(アヘン剤)も実験室で作り出されている(2016年5月号「半合成マラリア治療薬が市場で大苦戦」、2015年8月号「モルヒネ合成酵母の完成が間近」参照)。しかしカンナビノイドを作るための技術は、市場に製品を出す状態からは程遠い段階だ。投資サービス企業アルタコープ・キャピタル社(AltaCorp Capital;カナダ・トロント)の大麻関連産業アナリストDavid Kideckelは、合成カンナビノイドの費用効率が製薬会社や一般向けに販売できるほど十分に高くなるまでに、まだ18〜24カ月かかるだろうと予測している。

まだ「地ビール」の段階

今回の研究で、カリフォルニア大学バークレー校(米国)の合成生物学者Jay Keaslingと研究チームは、出芽酵母の中にカンナビノイド工場を構築するために、酵母が持っているいくつかの遺伝子を改変し、また、5種類の細菌に由来する遺伝子や大麻由来の遺伝子を組み込んだ。ガラクトースから不活性型のTHCまたはCBDを生合成するには、合わせて16の遺伝子改変を行う必要があった。これらの不活性型カンナビノイドは、温度を上げると活性型に切り替わる。Keaslingらは、2%のガラクトースを加えた液体培地1L当たり約8mgのTHCを合成したが、CBDの収量はそれより少なかった。

しかし、大麻から抽出されるカンナビノイドとコスト面で競い合うためには、これらの収量を少なくとも100倍に増やす必要があるだろうと、リブレーデ社(Librede;米国カリフォルニア州カールスバッド)の最高責任者Jason Poulosは話す。同社は、酵母で糖からカンナビノイドを作る過程に関する最初の特許を保有している。

こうした問題に取り組むためにKeaslingが2015年に立ち上げたデメトリクス社(Demetrix;米国カリフォルニア州エメリービル)の研究者らは、この合成過程のカンナビノイド収量をすでに数桁増やしていると、同社の最高責任者Jeff Ubersaxは話す。

Keaslingのチームはさらに、酵母を遺伝子操作して、さまざまな脂肪酸から自然界には存在しないカンナビノイドを作り出すことにも成功した。これらの化合物を治療特性に関してスクリーニングすることも可能であり、有望なものがあった場合、天然には存在しないため特許も取得できると思われる。新規合成カンナビノイドの持つそうした側面は、製薬会社の関心を引き付ける助けになるかもしれない。現状では、大麻ベースの医薬を積極的に検討している製薬会社はほとんどないのだ。

「製薬業界は間違いなく、これらの分子を受け入れるでしょう」と話すのは、ブリティッシュ・コロンビア大学(カナダ・バンクーバー)の化学工学者Vikramaditya Yadavだ。彼は現在、インメド・ファーマシューティカルズ社(InMed Pharmaceuticals;カナダ・バンクーバー)と共に、細菌を使ったカンナビノイド合成を研究している4

植物体は不要

一方で、酵母による合成はカンナビノイド生産の最良の方法ではないのでは、とする声もある。例えば、カナダ・トロントに本拠を置くトレート・バイオサイエンシス社(Trait Biosciences)は、飲料産業向けの水溶性カンナビノイドを作るために大麻の遺伝子改変を行っている。通常の植物体ではカンナビノイドを分泌するのは樹脂腺だけであるが、同社は新規の大麻由来化合物を全ての組織で生産できるように大麻を改変しようとしている。「酵母でできることは全て、大麻そのもので可能で、はるかに高収量、高純度を実現できるでしょう」と、同社の最高戦略責任者Ronan Levyは話す。

また、2019年2月4日にカリフォルニア大学ロサンゼルス校(米国)の生化学者Jim Bowieは、細胞内での化学反応を必要とせずに糖からCBDを合成するための過程を報告した5。彼のチームは、不活性型のTHCやCBDの前駆体を商業的に実現可能な収量で生産することを何とか達成し、スタートアップ企業のインビザイン・テクノロジーズ社(Invizyne Technologies)でこの取り組みを展開することを目指している。

「細胞はそうした経路を作り出す上で便利な入れ物ですが、我々は細胞が欲しいわけではありません」とBowieは話す。「欲しいのは、このとんでもない経路そのものなのです」。

翻訳:船田晶子

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2019.190503

原文

Scientists brew cannabis using hacked beer yeast
  • Nature (2019-02-27) | DOI: 10.1038/d41586-019-00714-9
  • Elie Dolgin

参考文献

  1. Luo, X. et al. Nature 567, 123–126 (2019).
  2. Zirpel, B., Stehle, F. & Kayser, O. Biotechnol. Lett. 37, 1869–1875 (2015).
  3. Zirpel, B., Degenhardt, F., Martin, C., Kayser, O. & Stehle, F. J. Biotechnol. 10, 204–212 (2017).
  4. Kabiri, M. et al. Drug Deliv. Transl. Res. 8, 484–495 (2018).
  5. Valliere, M. A. et al. Nature Commun. 10, 565 (2019).