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中性子と陽子が核内で変化する理由

Credit: PASIEKA/Science Photo Library/Getty

1983年、核子(陽子や中性子)の内部構造は、その環境に依存することが発見された1。つまり、空っぽの空間にある核子の構造は、核子が原子核の内部に埋め込まれているときの核子の構造とは異なっている。しかし、精力的な理論的・実験的研究にもかかわらず、この核子構造の変化の原因は分からないままだった。トーマス・ジェファーソン国立加速器施設(米国バージニア州ニューポートニューズ;ジェファーソンラボ)の検出器「CLAS」で研究を行っている研究者グループ「CLASコラボレーション」は今回、長年続くこの問題を解明する証拠を得て、Nature 2019年2月21日号で報告した2

原子核物理学の始まりは、物理学者アーネスト・ラザフォードの時代にさかのぼる。ラザフォードは20世紀初め、α粒子(ヘリウム原子核)を物質で散乱させる実験を行い、原子の中心に小さくて高密度な核があることを明らかにした3。それ以来、物理学者たちは、原子核の構造とその構成要素のダイナミクスを解明しようと研究を続けてきた。同じように、1960年代後半、核子そのものがクォークと呼ばれる内部構成要素を持つことが発見され4,5、それ以来、このさらに深い基礎構造を調べることに多くの研究が注力してきた。

原子核の中の核子は構造上、互いに独立していて、本質的には互いの相互作用によって作られる平均原子核場に影響されると、数十年にわたって考えられていた。しかし、長く解決しなかった疑問は、核子は原子核の中では変化しているのかどうかだった。つまり、原子核内の核子の構造は自由な核子の構造と異なっているのかということだ。1983年、欧州原子核共同研究機関(CERN;スイス・ジュネーブ近郊)で、研究グループ「欧州ミューオンコラボレーション(EMC)」が驚くべき発見をし、核子が変化している証拠が得られた1。この変化は、原子核の中に埋め込まれた核子内部のクォークの運動量分布の変化として現れ、「EMC効果」と呼ばれた。この結果は、SLAC国立加速器研究所(米国カリフォルニア州メンローパーク)6,7と、ジェファーソンラボでの実験で確かめられた8

EMC効果が存在することは、今ではしっかりと確立されているが、その原因の解明は難しかった。現在の考えでは、2つの説明が可能だ。第1の説明によれば、原子核内の全ての核子は、平均原子核場のためにある程度変化している。第2の説明によれば、大部分の核子は変化していないが、特定の核子は短い時間の間、短距離相関対と呼ばれる対の中で相互作用することにより、かなり変化している(図1)。今回の論文は、第2の説明を支持する決定的な証拠を報告した。

図1 原子核の中の変化した陽子と中性子
a 核子(中性子と陽子)はクォークと呼ばれる素粒子でできている。中性子は1個のアップクォークと2個のダウンクォークを含み、陽子は2個のアップクォークと1個のダウンクォークを含む。
b 原子核の中では、核子は短距離相関対と呼ばれる対の中で一時的に相互作用することがある。CLASコラボレーションは今回、こうした相互作用が原子核内部の核子の内部構造を変化させるという証拠を報告した2

EMC効果は、電子が原子核や核子などの粒子系で散乱される実験で測定される。電子のエネルギーは、電子に伴う量子力学的波が、興味のある系の大きさに合う波長を持つように選ばれる。原子核の内部を調べるためには、1~2ギガ電子ボルト(GeV)のエネルギーが必要だ。核子などのより小さな系の構造を探るためには、より高いエネルギー(より短い波長)が必要であり、深部非弾性散乱と呼ばれる過程になる。この過程は、核子のクォーク下部構造の発見において中心的な役割を果たし4,5、この発見は1990年のノーベル物理学賞につながった9

実験に使われた検出器「CLAS」の模式図
電子ビームは、中心のパイプ(灰色)に沿って入射し、検出器の中心付近にある標的原子核に衝突する。各種検出器は、ほぼ球形に配置されている。

深部非弾性散乱実験では、散乱が起こる確率は散乱断面積と呼ばれる量で記述される。EMC効果の大きさは、特定の原子核の核子当たり断面積の、水素の同位体である重水素(デューテリウム)の核子当たり断面積に対する比を、電子を衝突させたクォークの運動量の関数としてプロットすることによって決定される。もしも核子変化がなければ、この比は定数1になるはずだ。この比が、特定の原子核において運動量の関数として減少するという事実は、その原子核の中の個々の核子が何らかの理由で変化していることを示す。さらに、原子核の質量が増加するとこの減少がより急速に起こるという事実は、より重い原子核ではEMC効果が大きいことを示す。

CLASコラボレーションは、ジェファーソンラボで得られた電子散乱データを使い、EMC効果の大きさと、特定の原子核での中性子・陽子短距離相関対の数との関係を立証した。この研究の重要な特徴は、短距離相関対が散乱断面積に及ぼす効果を含んだ数学的関数の抽出だ。そして、この関数は原子核の種類に依存しないことが示された。この普遍性は、EMC効果と中性子・陽子短距離相関対との相関の強い裏付けになる。この結果は、核子の変化は、局所的な密度変化から起こる動的効果であり、全ての核子が平均原子核場によって変化する、媒質の静的でバルクの性質ではないことを示す。

CLASコラボレーションは、ある理由のため、中性子と陽子の短距離相関対を調べた。それはこういうことだ。中性子・陽子短距離相関対は、中性子・中性子、あるいは陽子・陽子の対よりもありふれていることが分かっている。この意味で核子は「同種嫌い」であり、同種の核子は異種の核子よりも対になりにくい。だから、中間質量原子核や重い原子核での中性子数と陽子数の非対称性のために、陽子が中性子・陽子短距離相関対を形成する確率は、中性子数の陽子数に対する比におおむね比例して増加する。一方、中性子が中性子・陽子短距離相関対を形成する確率は、原子核によらずおおむね一定になる10。CLASコラボレーションはこの特徴を使い、炭素よりも重い非対称原子核について、陽子当たりのEMC効果と中性子当たりのEMC効果の明白な違いを実証することによって、彼らの結論を強固にした。この違いがデータから直接的に現れるという事実は、「核子変化は短距離相関対の形成によって起こる」という彼らの解釈のさらなる証拠になる。

今回の研究が意味することの1つは、重水素(デューテリウム)やもっと重い原子核での深部非弾性散乱実験を基に推定された自由な中性子に関する情報は、原子核媒質中の中性子の変化に対処するため、EMC効果を補正する必要があるということだ。もう1つの影響は、現在および将来の実験で、ニュートリノやその反粒子(反ニュートリノ)が非対称原子核で散乱される場合に重要になる。陽子と中性子は異なるクォーク構成を持ち、また、陽子は中性子よりも媒質中での変化に強く影響されるので、ニュートリノと反ニュートリノの散乱断面積に差が生じ、それを何らかのエキゾチックな物理学の効果だと誤って解釈する可能性がある。エキゾチックな物理学とは、素粒子物理学の標準模型の欠陥や、宇宙の物質と反物質の非対称性を理解するためにあり得るメカニズムなどだ。そうした主張をする前に、陽子と中性子のEMC効果の違いを考慮する必要があるだろう。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2019.190535

原文

Origin of neutron and proton changes in nuclei
  • Nature (2019-02-21) | DOI: 10.1038/d41586-019-00577-0
  • Gerald Feldman
  • Gerald Feldmanは、ジョージ・ワシントン大学(米国ワシントンD.C.)に所属。

参考文献

  1. Aubert, J. J. et al. Phys. Lett. B 123, 275–278 (1983).
  2. The CLAS Collaboration. Nature 566, 354–358(2019).
  3. Rutherford, E. Phil. Mag. 21, 669–688 (1911).
  4. Bloom, E. D. et al. Phys. Rev. Lett. 23, 930–934 (1969).
  5. Breidenbach, M. et al. Phys. Rev. Lett. 23, 935–939(1969).
  6. Arnold, R. G. et al. Phys. Rev. Lett. 52, 727–730 (1984).
  7. Gomez, J. et al. Phys. Rev. D 49, 4348–4372 (1994).
  8. Seely, J. et al. Phys. Rev. Lett. 103, 202301 (2009).
  9. Lubkin, G. B. Phys. Today 44, 17–20 (1991).
  10. The CLAS Collaboration. Nature 560, 617–621(2018).