Editorial

Nature の150年

Credit: Nature

1869年は、米国ワイオミング州で女性の選挙権を定めた法律が世界で初めて制定され、レフ・トルストイ(Leo Tolstoy)の叙事詩的小説『戦争と平和』の全巻が出版され、エジプトのスエズ運河が開通した年だった。マハトマ・ガンジー(Mahatma Gandhi)が生まれた年でもあり、英国ロンドンのテムズ川で開催された初めての国際ボートレースで、オックスフォード大学(英国)とハーバード大学(米国)の一騎打ちが演じられた年でもある。

当時の世界は、今とは異なったところだった。しかし150年たっても変わらないものがある。『戦争と平和』は今でも多くの人々に愛読され、ワイオミング州議会の議員は、今や相当な広がりと影響力を持つ理念の先駆的主導者として歓迎されている。もう1つ変わらないのが、あなたが今読んでいるNature で、1869年に創刊号が出版された。ということは、今年、2019年が創刊150周年だ。今日に至るまでNature を導き、また、支援してくださった全世界の研究者のコミュニティーに向けて、そして、コミュニティーの進化しつつあるニーズに応えるためにも、Nature はこれを機に、祝賀と回顧を行い、感謝を伝えるべきだと考える。

Nature は、世界で最初に出版された科学論文誌ではないし、創刊から最も長く続く科学ジャーナルでもない。それでも、私たちは祝賀を行うつもりだ。祝賀行事の大半は、正式に週1回発行となってから150年となる11月に行う予定である。

Nature の歴史をひもとけば、この150年間に、科学や、科学研究が行われた政治的状況、そして科学コミュニケーションが進化してきた道筋についてたどることができる。それ故、私たちはこの1年をかけて、数々の分野における科学的試みの進行状況を段階的に検討し、より広範な社会における科学の役割がどのように変化したかを考察していく。

そうした活動の一環で、私たちは、長い年月の間にNature に掲載された最も影響力のある研究論文から「遺産」となっているものを探究し、Nature のアーカイブを詳細に調べて最も興味深いコンテンツを見つけ出し、大きな文脈で論じてみようと思っている。また、読者と共に150周年を祝うことも計画しており、この1年の間に、これからの研究と研究成果の流布に関する読者の意見を募集する予定だ。

記念年は、何よりもまず回顧をする機会だ。1869年の科学を振り返るとフリードリッヒ・ミーシャー(Friedrich Miescher)が、彼の命名による「ヌクレイン」(今では「核酸」と呼ばれる)を白血球の核から単離し、パウル・ランゲルハンス(Paul Langerhans)が膵島について初めて記述した論文を発表し、ドミトリ・メンデレーエフ(Dmitri Mendeleev)が周期表を初めて発表した。また、アルフレッド・ラッセル・ウォレス(Alfred Russel Wallace)が動植物の分布境界線(今では「ウォレス線」と呼ばれる)について記述した『マレー諸島』を出版した年でもある。

Nature という名称は、過去1世紀半にわたって変わっていない。しかし、表表紙から裏表紙に至るまで、各ページの記述のかなりの部分は時代とともに、科学の進化とともに、そして、出版技術とともに変化を遂げてきた。

1869年当時の科学論文誌の主たる役割は、学会の大会での発表内容を記録することと、他誌やその他の媒体に掲載された貴重な論文を再版することであり、おそらくは別の言語で再版することだった。19世紀末には、科学の進歩を形作る上で多大な貢献をしていたのは、科学論文誌よりも学会、協会、研究機関の方であり、科学論文誌が基礎研究の知見を流布させるための重要な場となったのは、第二次世界大戦の頃だった。

Nature の創刊当初は、今日のScientific AmericanNew Scientist に近い誌面作りが意図されており、初代編集長のノーマン・ロッキャー(Norman Lockyer)は、「科学者(men of science)」が自らの研究を一般読者向けに説明した記事を求めた(当時、women of scienceもいたことは明白なのだが、社会の各方面でそうだったように、その存在は認められていなかった)。

ロッキャーの意図にもかかわらず、Nature は、創刊からわずか数年で、その読者層をプロの研究者のコミュニティーとすることに方針転換した。これは、当時のキャリア初期の研究者が、Nature と週1回という迅速な出版サイクルを利用すれば、研究者コミュニティーにおける科学論文の発表を促進でき、究極的には自らの未発表の研究知見を報告する論文を出版できることに気付いたことによる。

Nature が創刊された頃は、科学者間の意見交換に私信を用いることが圧倒的に多く、正式に研究結果を流布させる方法はモノグラフの出版だった。当時の著名な例としてすぐに思い浮かぶのが、チャールズ・ダーウィン(Charles Darwin)の『種の起源』(1859年初版)だ。

Nature には、未発表の研究論文だけでなく、ニュース報道と解説も掲載されることが知られている。今日では、これがさまざまなフォーマットで行われるようになったが、Nature の目標は今も変わらない。つまり、読者が科学の世界を理解できるように手助けすること、読者の研究とキャリアに役立つこと、読者が社会という枠組みにおける科学の位置付けを評価する際の一助になることだ。そのためにNature は、広がりのある政治問題と社会問題に関する論争に、社説やその他の形で加わることを伝統としてきた。それは今後も続けられる。

初期のNature は、主に英国で行われた科学研究に注目していた。しかし、今日の研究は国際的な活動であるため、私たちは未発表論文の掲載とニュース報道の両面で、全世界の研究に注目している。今日の科学が国際的な性質を有しているということは、共同研究が多くなっていることを必然的に意味する。Nature に掲載される論文には、1人か数人の著者による研究だけでなく、大規模な研究コンソーシアムによる研究も加わり、それとともに私たちは、著者1人1人の貢献を顕彰することにも取り組んできた。

記念年の祝賀のもう1つの重要な側面が、今後を展望することである。私たちは2019年の1年を通じて、それも行っていく。Nature は、研究者コミュニティーとそのニーズと共に進化を続けていくための最善の道について考え、私たちがこれまで行ってきた研究結果の再現性、研究におけるダイバーシティと社会正義を支えるための活動を、さらに前進させるべく努力していきたい。それは、私たち自身にとっても有益なことだと考えている。2019年も科学にとって重要な1年となることを切望し、期待している。それを読者の皆さまと共有していきたい。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2019.190538

原文

Nature at 150
  • Nature (2019-01-02) | DOI: 10.1038/d41586-018-07844-6