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美術の中のエントロピー

ロマンチストにとっては、物理学者Haroldo Ribeiroの最近の研究は無粋なものに思えるかもしれない。彼は、美術作品を数値データに分解するコンピュータープログラムを開発した。そして、物理学に着想を得た自らの指標を視覚芸術のウェブ百科事典ウィキアートが収録する14万点近くのデジタル化絵画に適用し、様式が進化する傾向を探った。

2018年9月にRibeiroらが米国科学アカデミー紀要で述べたこの方法は、デジタル化された美術品の「複雑さ」と「エントロピー」(無秩序さ)を評定する。複雑さは各画像中のパターンの変動性に基づいており、変動性が高いもの(より複雑)から一様なもの(あまり複雑でない)までいろいろだ。エントロピーは画像中の無秩序さの度合いによって決まり、『整然とした』絵画ほどエントロピーは低い。

2つの指標と美術様式の対応

このアルゴリズムは各絵画を2×2画素の格子に分けて解析し、それぞれの格子について複雑さとエントロピーの2つの指標で得点を付ける。Ribeiroらはさまざまな絵画で複雑さとエントロピーの大きさが変化していく様子が、美術史における様式の変化を反映していることに気付いた。モダンアートは輪郭が混じり合い絵筆の運びが自由で、一般に複雑さが低くエントロピーは高い。ポストモダンアートは対象が識別しやすく、輪郭が明確でくっきりした明快な様式で(一例はアンディ・ウォーホルのスープ缶)、複雑さが高くエントロピーは低い。1960年代後半にモダンアートからポストモダンアートへの急速な移行があったが、新アルゴリズムはこの移行の大きさを数値で表すことができる。

研究チームは、これらの単純な指標を使って、美術がどのように進化してきたかについて理解を深め、さまざまな美術期に関する情報を捉え、美術期同士がどう影響し合ったかを決定できるだろうとみている。これらのパターンを学習すれば、このプログラムはあまり有名でない美術作品を、特定の美術様式に分類するのに使える可能性がある。

テキサス大学ダラス校(米国)でアート・アンド・テクノロジーの教授を務めているMaximilian Schichは、この学際研究を支持している。「少数の画素とその周囲の画素という局所レベルで複雑さを調べているのは見事です」と言う。

翻訳:鐘田和彦

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2019.190507b