Editorial

CRISPRベビー誕生と科学コミュニティーに求められる対応

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 3 | doi : 10.1038/ndigest.2019.190339

原文:Nature (2018-12-06) | doi: 10.1038/d41586-018-07634-0 | How to respond to CRISPR babies

遺伝子編集技術を受精卵に施し、それを母胎に移植して双子の女児を誕生させたという中国人研究者の主張に対して、科学コミュニティーの行動が強く求められる。それにふさわしい第一歩が、研究登録制度の新設だと考える。

CRISPR-Cas9によりゲノム編集した受精卵を使って 女児を誕生させたと主張するHe Jiankui。 | 拡大する

Anthony Kwan/Bloomberg via Getty Images

科学には自己修正機能があるとよくいわれる。この決まり文句は安心感を与えてくれるが、これに重大な挑戦を突き付けたのが、中国における2018年11月下旬の一連の報道だ。未完成の実験的技術の手を借りて人間の子どもが生まれるのを、医の倫理、集団の責任、専門家の規範は阻止することができなかったのだ。この事態に研究者はどう向き合えばよいのだろうか。

中国のゲノム編集研究者であるJiankui He (賀建奎)は、遺伝子編集技術を用いてヒト胚のDNAを改変した上で、このヒト胚を女性の子宮内に移植したと主張している(註:2019年1月21日、中国政府の調査チームが事実であることを確認したと国営新華社通信が伝えた。Heが所属する南方科技大学は同日、彼の解雇を発表した)(2019年2月号「ゲノム編集ベビー誕生の報告に非難殺到」参照)。

こうした処置は、生殖細胞系列に永久的な変化をもたらし、次世代以降に受け継がれる可能性があるため、物議を醸す重要な研究の進展だと考えられる(この点で、生殖細胞系列の編集は、遺伝子編集ツールを用いて血液やその他の組織の体細胞の遺伝的変異を修正する処置とは異なる)。

プライバシー保護の観点から生後1カ月の双子の女児とその両親の個人情報は当然公表されないため、Heの主張の検証は困難となる可能性がある。しかし、次の2点に関して、多くのゲノム編集研究者の意見は一致している。遺伝子編集ツールであるCRISPR–Cas9が比較的平易で広範に利用可能なため、Heが主張する研究成果の実現可能性は非常に高く、Heがヒト胚の遺伝子編集を初めて行ったかどうかにかかわらず、今後、ヒト胚の遺伝子編集を行う研究者が現れるということだ。

Heの主張が正確かどうかの検証と同じく重要な優先課題であるのが、今後のヒト新生児を対象とした生殖細胞系列の遺伝子編集への対応だ。それがどのようなものであれ、必ず、今よりもかなり厳しい規制の下で、責任が取れるやり方で実施されるようにする必要がある。この点に関しては、11月下旬の報道に対する一般市民の反応と政治的反応が多くの研究者の予想よりも冷静だったため、科学コミュニティーが主導権を握る余地はまだ残っており、早急に取り組む必要がある。

生殖細胞系列の遺伝子編集が有益と考えられる状況、例えば、疾患の原因となる変異を修復する方法が遺伝子編集以外に存在しないという状況は、極めて稀である可能性が高いという主張もある。しかし、研究と医学の歩みは速いため、信用し得る研究提案書が示される日に備えて、明確な規制制度を構築し、施行しておく必要がある。この新たな規制制度は、ヒト発生学研究のための遺伝子編集ツールの使用の指針となり、より広範には、革新的治療法の医学的試験を管理する既存の複数の規制制度を活用すべきだ。ただし、この規制制度は、「今後、生殖細胞系列の遺伝子編集が行われるのが当然の成り行きだ」という前提から始めるべきではない。当然の成り行きかどうかという問いに答えを出すのは社会であって科学者ではないし、この問いの答えを得るには世界中のさまざまな利害関係者からの情報提供が強く求められる。また、この規制制度では、研究者と医師は事後に許しを請うのではなく、事前に許可を得るようにしなければならない。

そして、科学コミュニティーによって構築される確固たる規制制度は、世界各国で制定される法令の基盤となり得る。例えば、ミトコンドリア置換療法を規制する英国法の立案においては、討論が非常に重要な役割を果たした(2015年5月号「『3人の親による体外受精』にゴーサイン」参照)。ミトコンドリア置換療法は、胎児にも影響が及び、胎児が3人のDNAを保有することになる(法律は、新しい医療処置を管理する最良の手段とならないこともあるが、自主規制やガイドラインとは異なり、ルールに違反する者を効果的に処罰することで違反に対する抑止力となる)。

それでは、遺伝子編集コミュニティーが、これより優れた規制制度を構築するには、どうすればよいだろうか。その第一歩と考えられるのが、ヒト胚の遺伝子編集が行われる前臨床研究の記録を残すための国際登録制度(または国内登録制度)を、各国の研究助成機関あるいは政府が設立することだ。この登録制度では、研究プロジェクトの目標、各段階、制限を早い段階から明快に説明することが求められるだろう。また、それぞれの研究については、倫理審査による承認と監視のために取られた措置を詳細に記録することも望ましい。ヒトの胚や配偶子が関係する研究(生殖細胞系列の遺伝子編集の研究を含む)の規制には、国際幹細胞学会の2016年版ガイドラインが従うべき模範となる。

さらに、このような登録制度には、高い倫理基準と技術基準を満たしていない研究プロジェクトに目印を付ける機構を備え、基準を満たしていない場合に研究者個人とその所属機関に圧力を加えて研究内容を改善させる道を付けることもできるだろう。そして、臨床応用が実現すれば、臨床応用へと導くための枠組みを提供することも可能かもしれない。また、これから親になろうとする人々などに生殖細胞系列の遺伝子編集のリスクと潜在的利益を説明することで、彼らが十分な説明を受けて熟慮した上で選択する手助けができると考えられる。

科学コミュニティーに対して自分の意図と行動を伝えたというHeの主張は、綿密な調査に耐えられるものではない。科学コミュニティー、つまり研究者個人も研究機関も、特定のプロジェクトに関して、もっと有意義で透明性のある関与と議論を促進するための行動を取れるはずであり、科学コミュニティーにはそれが求められる。その一方で、研究の実施を任された研究者には、綿密な調査を歓迎し、それを積極的に受け入れる責任がある。

(翻訳:菊川要)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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