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ヒト妊娠初期の全体像

妊娠により、母体は胎児の持つ父親由来の抗原に対して寛容となっている。妊娠初期のジカウイルス(紫)感染と、小頭症を含む先天異常との関連が強く疑われているが、特定の感染に脆弱なのは、独特の免疫機構により免疫活性が制限されているためかもしれない。ジカウイルスはフラビウイルス科に属し、ネッタイシマカやヒトスジジマカなどのヤブカによって媒介される。 Credit: JUAN GAERTNER/SPL/Getty

妊娠の際、母体から見れば胎児は父親のDNAの一部を持つ外来の存在であり、母体が胎児を寛容する仕組みは、妊娠の「免疫学的パラドックス」1として長い間研究者を悩ませている(2013年1月号「胎児を拒絶しない免疫機構」参照)。このほどウェルカム・サンガー研究所およびケンブリッジ大学(英国)のRoser Vento-Tormoらは、胎盤や脱落膜(妊娠に伴って形質転換した子宮内膜)から単離した細胞と対応する母体の血液細胞について単一細胞RNA塩基配列解読(scRNAseq)を行って比較することで、この謎に迫った。この研究により、母体と胎児の界面には独特な多数の細胞種が存在することが突き止められ、免疫学的寛容を支え、胎児の発育を促進すると考えられる有望な相互作用の大規模なネットワークが存在することが推測された。このVento-Tormoらの分子アトラスは、妊娠とその合併症に関する今後の研究に役立つ優れた情報源になる。この結果は、Nature 2018年11月15日号347ページで報告された2

初期胚は発生の進行により胚盤胞と呼ばれる構造になり、子宮内に着床する。着床により胎児膜から胎盤の発生が開始し、胎盤は臍帯を介して胎児に栄養を供給する3。胎盤の発生に異常が生じると、妊娠高血圧腎症(子癇前症)や胎児発育不全、死産など、妊娠時に発生するいくつかの合併症につながることがある。ヒトの胎盤発生についての理解を深めることが切に必要とされているが、この過程のよい動物モデルがなく、研究は女性で行わねばならなかった。

Vento-Tormoらは、妊娠6~14週の間に中絶を行った女性の胎盤、脱落膜、血液の試料を採取した。それらの試料のscRNAseq解析を行うに当たり、胎児由来の細胞には母体には存在しないRNA塩基配列が含まれていることから、細胞が母体由来であるか胎児由来であるかを識別することができた。その結果、胎児由来の細胞が母体の脱落膜(図1)に移動していること、また、マクロファージと呼ばれる母体の免疫細胞のごく一部のサブセットが胎盤に存在していることが明らかになった。

図1 母体と胎児の界面での細胞アトラス
ヒト妊娠の第1三半期では、母体と胎児の界面は母体の脱落膜(妊娠中の子宮内膜)と胎児胎盤の間に形成される。栄養は母体のらせん動脈から胎盤に送達される。Vento-Tormoら2は、この界面の数万個の単一細胞のRNA塩基配列を解読して、そのデータを用いて細胞種ごとに分類・マッピングし、細胞が発現する受容体分子とリガンド分子(図示していない)を基盤として細胞間の相互作用を予測した。Vento-Tormoらのデータは、母体と胎児の界面に存在する「初期胚由来の胎児細胞の種類」に関する情報を提供している。つまり、絨毛性栄養膜(VCT)細胞(絨毛と呼ばれる胎盤構造の内側を覆う)、栄養膜合胞体(SCT)細胞(絨毛の表面を覆う)、絨毛外性栄養膜(EVT)細胞(母体の血管に沿って位置し、脱落膜の母体細胞と混ざり合う)についてである。また、母体由来の細胞種については、免疫細胞が、T細胞や脱落膜ナチュラルキラー(dNK)細胞の3つのサブセットを含めて数種、さらに脱落膜の構造を支えるストローマ細胞についても3種が特定された。

胚盤胞期の胚では細胞運命の決定が始まる。胚盤胞の外層の細胞は、栄養芽層細胞と呼ばれるが、着床により分化を開始する。Vento-Tormoらは、栄養芽層細胞の一種である絨毛性栄養膜(VCT)細胞が、栄養膜合胞体(SCT)細胞あるいは絨毛外性栄養膜(EVT)細胞に分化する際に関与する転写因子を明らかにした(図1)。また、VCT細胞に発現する分化を促進する受容体を突き止め、その受容体がさまざまな胎盤細胞が産生する増殖因子によって刺激されることを見いだした。EVT細胞は脱落膜に浸潤して母体の白血球と相互作用し、それにより、母体の細いらせん動脈は、発生中の胎児の栄養要求を満たすことが可能なより太い血管へと再構築される。このような浸潤EVT細胞は、トランスフォーミング増殖因子β(TGFβ)と呼ばれるシグナル伝達タンパク質を産生していることが分かった。TGFβは、母体の制御性T細胞の発達を支える。制御性T細胞は、T細胞と呼ばれる免疫細胞のサブセットの1つで、免疫応答を抑制する働きがある。

妊娠の第1三半期に脱落膜で最も豊富に存在する母体免疫細胞は、ナチュラルキラー(NK)細胞である4。NK細胞は、感染細胞や腫瘍細胞を殺傷する細胞として最もよく知られているが、妊娠では母体の血管再構築を促進する可溶性タンパク質を分泌する3,5など、より平穏な役割を担っていると考えられている。脱落膜NK(dNK)細胞は、EVT細胞が脱落膜に浸潤できる度合いも調節している4。Vento-Tormoらは今回、dNK細胞の3つのサブセットを突き止めた。これは、dNK細胞が血液NK細胞とは大きく異なった、妊娠に特化した細胞に進化していることを示した素晴らしい発見である。Vento-Tormoらのデータから、各dNKサブセットの免疫学的活性は、脱落膜において母体細胞および胎児細胞の両方と相互作用する能力によって決定されていて、胎児の発育を促進すること、および胎児細胞への免疫攻撃を抑制することという2つの結果をもたらしていることが示された。

Vento-Tormoらの研究から、脱落膜には分子プロファイルが異なる2つの層があること、また、この2つの層では、5種の細胞の分布が異なることも明らかになった。5種の細胞とは、母体の血管を支える2種の血管周囲細胞と、組織の構造を支える3種の脱落膜ストローマ(dS)細胞である。dS細胞は、NK細胞の生存と増殖に不可欠なインターロイキン15と、NK細胞上の2つの抑制性受容体に対するリガンドを発現していることから、dS細胞は、NK細胞の生存を支える一方、その免疫機能を抑制する役割を持つことが明らかになった。

Vento-Tormoらは、このような非常に大規模なデータセットを解析するために、計算プラットホームであるCellPhoneDBを作製し、scRNAseqで特定された異なる細胞種間の受容体–リガンド対を統計的に予測した。このプラットホームは、単一細胞の遺伝子発現プロファイルを調べたり、細胞–細胞間の情報伝達ネットワークを推定したりするための情報源として、公的に利用可能である(CellPhoneDB.org)。Vento-Tormoらが解析で明らかにしたのは細胞間相互作用のうちのごくわずかであり、さらに多くの細胞間相互作用の解明が待たれる。

ヒトの生殖研究には制限が伴う。Vento-Tormoらのこの研究では、妊娠6~14週の試料が同等物として扱われていた。しかし、この期間には、胎児は2つの異なる方法で栄養の供給を受ける。最初は、子宮の腺から胎盤の絨毛内の間隙に栄養が供給されるが、後に母体の血液から発育中の胎盤に栄養が直接供給されるようになる6。この2つの段階を1つとして扱うことで、貴重な情報が不明確になるかもしれない。その上、胚発生の早期段階に起こる変化は調べられていなかった。子宮内でのヒト発生について系統的な解析を長期にわたって行うことは、当然のことながら倫理的な問題があるため、実現可能ではない。

ヒトの発生の理解を妨げている大きな制限は代表的な動物モデルがないことである。Vento-Tormoらは現在、解析が可能な動物の妊娠に対して、ヒトの妊娠で観察される分子と照らし合わせることで、ヒトと共有される特徴を見つけだしている。さらに、この情報を用いることで、妊娠合併症の女性から得られたデータを評価できる。これは一般的な妊娠合併症のバイオマーカーの特定につながるかもしれない。

現在の研究によって、ヒト妊娠の第1三半期の細胞的および分子的な状況がマッピングされ、母体と胎児の界面は、免疫学的活性が減弱されている平穏で寛容な環境である仕組みが示された。そのような環境では、母体細胞と胎児細胞は協調して、栄養芽層細胞の浸潤の調節、母体血管の再構築、胎児への十分な栄養供給を行っている。しかし、このような免疫寛容は犠牲を伴うかもしれない。例えば、妊娠中のこの期間には、サイトメガロウイルス、ジカウイルス、マラリアを引き起こす寄生虫など、特定の感染に対して脆弱であることがよく知られている7が、これは免疫活性が制限されているためであるかもしれない。Vento-Tormoらのデータは、そのような深刻な感染の際の初期妊娠の全体像を評価する強力な枠組みになる。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2019.190232

原文

Cell atlas reveals the landscape of early pregnancy
  • Nature (2018-11-15) | DOI: 10.1038/d41586-018-07317-w
  • Sumati Rajagopalan & Eric O. Long
  • Sumati Rajagopalan & Eric O. Longは、NIH国立アレルギー・感染症研究所(米国メリーランド州ロックビル)に所属。

参考文献

  1. Medawar, P. B. Symp. Soc. Exp. Biol. 7, 320–338 (1953).
  2. Vento-Tormo, R. et al. Nature 563, 347–353 (2018).
  3. Erlebacher, A. Annu. Rev. Immunol. 31, 387–411 (2013).
  4. Moffett, A. & Colucci, F. J. Clin. Invest. 124, 1872–1879 (2014).
  5. Rajagopalan, S. Cell. Mol. Immunol. 11, 460–466 (2014).
  6. Burton, G. J., Watson, A. L., Hempstock, J., Skepper, J. N. & Jauniaux, E. J. Clin. Endocrinol. Metab. 87, 2954–2959 (2002).
  7. Yockey, L. J. & Iwasaki, A. Immunity 49, 397–412 (2018).