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エピゲノムからデニソワ人の肖像

若いデニソワ人女性の想像図。古代のDNAから推測される骨格的形質に基づいて制作された。 Credit: MAAYAN HAREL

絶滅した古代人集団「デニソワ人」は、どのような顔かたちをしていたのだろう。そのDNAのエピゲノムを解析することで、このほど初めてその一端が明らかになった。シベリアの洞窟で発見されたデニソワ人の骨片が2010年に報告されて以来、研究者たちは、その謎のヒト族の姿に関する手掛かりを求めて世界中を探し回った。デニソワ洞窟からは小さな化石がさらに少数得られ、また2019年には、チベット高原で見つかった下顎骨によって細かな情報が加わったが、そうした化石の中には、多数の細かな解剖学的構造を復元できるほどの大きさや完全さが備わっているものが全くない(2011年3月号「デニソワ人が語る人類祖先のクロニクル」および2019年8月号「デニソワ人化石をチベットで発見」参照)。

今回、計算生物学者たちが、DNAのエピジェネティックな変化(遺伝子の活性を変化させることができる化学修飾)に基づいて、デニソワ人の解剖学的構造のラフスケッチを制作した。その取り組みから、デニソワ人は外見がネアンデルタール人に似ていた一方で、顎と頭蓋の幅が広いなどの細かな違いもあることが明らかになった(D. Gokhman et al. Cell http://doi.org/dbqk; 2019)。

「この手法は、デニソワ人の外見について、これまで以上に明快な像を描くのに間違いなく役立ちます。それほどしっかり形態を推測するのにDNAが使えるというアイデア自体が、とても素晴らしいものです」。こう話すBence Violaはトロント大学(カナダ)の古人類学者で、今回の研究には加わっていないが、デニソワ人の骨を分析している。

メチル化のマッピング

DNAのエピジェネティックな修飾は、生涯を通じて多くの生物学的形質に大きな影響を与える。同じゲノムを持つ細胞同士であっても違いが生じるのは、エピジェネティックな修飾の作用の差異により遺伝子発現の仕方が異なるためである。エピジェネティックな変化のうち研究がよく進んでいるものとして、DNAの塩基へのメチル基(炭素原子1個と水素原子3個からなる化学基)の付加がある。メチル化と呼ばれるこの修飾は、遺伝子の活性を抑制することが多い。

エルサレム・ヘブライ大学(イスラエル)の計算生物学者Liran Carmelがリーダーの1人として率いる研究チームは、古代DNAのかつてメチル化されていた領域を明らかにする方法を発見した。時とともにDNAに蓄積する化学的損傷のパターンを解析することでそれが分かるという。2014年、Carmelらはネアンデルタール人とデニソワ人のゲノムの全体にわたってメチル化パターンのマッピングを行い、両絶滅集団と現生人類との間でメチル化パターンが異なる四肢発生遺伝子を発見した(D. Gokhman et al. Science 344, 523–527; 2014)。

DNAメチル化データを基に3Dプリンターで復元したデニソワ人の顔。覆いを外しているのは、この研究のリーダーの1人であるLiran Carmel。 Credit: MENAHEM KAHANA/AFP via Getty Images

Carmelと、今回の研究論文の筆頭著者で同僚の計算生物学者David Gokhmanの2人は、デニソワ人とネアンデルタール人のゲノム上に、メチル化パターンが現生人類とは異なる領域をさらに数千カ所発見した。それを、遺伝子発現に対する影響が明らかにされているヒト組織のエピジェネティック修飾のデータベースと比較した結果、古代人集団と現生人類とで発現量が異なっていると考えられる数百個の遺伝子のリストが得られた。このリストを解剖学的形質と結び付けるために、研究チームは、希少疾患患者の遺伝子変異と身体的影響を一覧化した別のデータベースに着目した。DNAのメチル化によって引き起こされる遺伝子発現量の低下は、こうした疾患原因変異が及ぼす作用にほぼ近いと考えたのだ。

この手法をデニソワ人に当てはめる前に、研究チームは、数百点の化石から解剖学的構造が明らかにされているネアンデルタール人で、それを的確に推測できるかどうかをまず検証した。

この方法を利用して行われる身体的外観の推測は定性的で相対的なものだと、Carmelは説明する。「比較対象よりも指が長いとは言えるが、指が2mm長いとは言えない」のだという。研究チームは、ネアンデルタール人の33の形質がメチル化パターンから推測され得ることを見いだした。DNAメチル化マップ分析の結果、それら形質のうち29個を正確に推測することができた。ネアンデルタール人は現生人類よりも顔面の幅が広く頭部が平たかった、というのがその一例だ。

次に、研究チームはその手法をデニソワ人に用いた。その結果、低い前頭部や幅広の胸郭など、多くの形質がネアンデルタール人と共通であることが推測されたが、顎と頭蓋の幅が広いことなど、いくつかの違いも見いだされた。このほど描かれた肖像がどれだけ正確かを知ることはできないが、その推測の中にはデニソワ人の骨から得られた証拠によって支持されるものもある。デニソワ人に関して化石記録で最もよく分かっている特徴は、巨大な臼歯だ。研究チームは、エピゲノムからそれを推測することはできなかったが(用いたデータベースに臼歯の大きさが含まれていなかったため)、デニソワ人の歯列弓は長かったと断言した。長い歯列弓は、大きな歯への適応だった可能性がある。

チベット高原で発見された16万年前の下顎骨の4つの形質のうち3つは、チームが推測した結果と一致した。そして、Violaが学会で発表したデニソワ洞窟の頭蓋骨片(ただし論文では未発表)からは、その集団が幅広の頭部を有していたことが示唆された。これは、エピジェネティックな修飾に基づく復元の結果と一致する。

「その像は、大筋では正しいのでしょうが、個人の形質のために大きな幅があります」とViolaは語る。Violaは今回の推測に感心しているが、デニソワ人が実際にはどのような姿だったのかを明らかにする上でそれがどれだけ役立つかは明確に分からないと言う。デニソワ人のものと考えられる骨は極めて希少なため、その多くはすでにDNAやタンパク質が調べられている。現時点では、それが骨を絶滅集団と結び付ける唯一の方法だ。

フランシス・クリック研究所(英国ロンドン)の集団遺伝学者Pontus Skoglundによれば、将来的には、エピジェネティクスを利用することによって、ヒト族の断片的な化石や、場合によっては土壌中に見つかったヒト族のDNAからも、その解剖学的構造が復元される可能性があるという。しかし、その方法が最も有効なのは、化石記録に形が残らない「行動」などの形質の推測かもしれないと、Skoglundは考えている。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2019.191215

原文

First portrait of mysterious Denisovans drawn from DNA
  • Nature (2019-09-19) | DOI: 10.1038/d41586-019-02820-0
  • Ewen Callaway