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遺伝子サイレンシング薬をFDAが承認

RNA干渉(RNAi)は1998年にC. elegansで発見された。 Credit: SINCLAIR STAMMERS/SCIENCE PHOTO LIBRARY/Science Photo Library/Getty

2018年8月10日、米国食品医薬品局(FDA)は、RNA干渉(RNAi)をベースとした最初の治療法を承認した。RNAiとは、細胞内の二本鎖RNAが同じ塩基配列の遺伝子の発現を抑制する現象であり、疾患に関連する特定の遺伝子と同じ塩基配列の二本鎖RNAを人工的に細胞内に導入することで疾患を治療できる可能性があると考えられてきた。このほど承認された薬はパチシラン(patisiran)と呼ばれ、心臓と神経の機能を障害する稀な疾患を標的とする(2014年7月号「再注目されるRNA干渉の臨床応用」参照)。

FDAによるパチシランの承認は、20年近くにわたりRNAiの臨床での真価を証明するために奮闘してきた人々にとって、画期的な出来事だ。研究者たちが最初にRNAiを発見したのは20年前のことで(A. Fire et al. Nature 391, 806-811; 1998)、医療に革命を起こす新しい手法として脚光を浴びた。しかし、それ以後、一連の失敗によって期待感は薄れていった。

「RNAi研究分野にとって、今回の承認は重要です」と、RNAi治療薬を開発しているRXi ファーマシューティカルズ社(米国マサチューセッツ州マールバラ)の事業開発部門長のJames Cardiaは述べる。「RNAi研究に転換をもたらすでしょう」。

パチシランは、遺伝性トランスサイレチン型アミロイドーシスと呼ばれる稀な疾患の原因遺伝子を抑制することで効果を発揮する。この疾患では、トランスサイレチンと呼ばれるタンパク質の変異型が体内に蓄積し、心臓や神経の機能を損なうことがある。

パチシランを開発したアルニラム社(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)は、2002年に設立された。同社にとって、この薬の開発は設立当初からの悲願であった。設立から4年後、ノーベル医学・生理学賞がRNAi研究のパイオニアであるスタンフォード大学医学系大学院(米国カリフォルニア州)のアンドリュー・ファイアー(Andrew Fire)とマサチューセッツ大学医学系大学院(米国ウースター)のクレイグ・メロー(Craig Mello)の2人に授与された。

しかし、RNAiを薬にするためには、開発者はまず、デリケートなRNA分子を標的器官に安全に送達する方法を見つける必要があった。RNA分子を血流中での劣化から保護し、腎臓で濾過されるのを防ぎ、血管から出て組織に広がることができるようにする方法が必要とされた。「それは、私たちが予想していた以上に困難な問題だと判明しました」と、RNAiを集中的に研究しているディサーナ社(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の最高経営責任者Douglas Fambroughは述べる。

研究者たちが送達問題と格闘していた間に、投資家たちはRNAiを見限り始めた。2008年に、投資銀行のパイパー・ジャフレー(米国ニューヨーク)のアナリストEdward Tenthoffは、顧客にアルニラム社株を買うのを止めるようにアドバイスした。「私たちはこの技術を有望だと考えていましたが、送達方法が見つかっていなかったのです」と彼は言う。

Credit: SOURCE: NASDAQ

2010年までには、大手製薬会社もまたRNAiへの興味を失い始め、共同研究を中止し、社内研究プログラムも打ち切るようになっていた。2016年には、安全性への懸念がこの分野にさらなる一撃を与えた。この年、アルニラム社は、同社の医薬品候補の1つが患者の死亡と関連する可能性が明らかになったために、主要なRNAiプログラムを断念することとなった(「上昇と下降」参照)。

しかし、徐々に、いくつかのRNAi関連企業が送達システムの問題を解決し始めた。アルニラム社は数種の送達ルートと標的器官で実験を行った。同社のRNA分子のうちの数個を脂質性のナノ粒子のケースに入れたり、血流中の危険な旅を乗り切るのに役立つような修飾をRNAに施したりしたのだ。

このようなやり方で保護され、血流に注入されたRNAは、腎臓と肝臓に蓄積する傾向があった。そこでアルニラム社は、主に肝臓で作り出される「トランスサイレチン」というタンパク質に目をつけた。神経損傷の症状がある遺伝性トランスサイレチン型アミロイドーシスの患者225人を対象とした臨床試験では、この治療を受けた患者の平均歩行速度が顕著に改善した(D. Adams et al. N. Engle. J. Med. 379, 11–21; 2018)。偽薬グループでは歩行速度は低下した。

将来、アルニラム社などの企業は、肝臓以外の臓器も標的にできるようになるだろうと、同社の共同設立者で、ロックフェラー大学(米国ニューヨーク)の生化学者Thomas Tuschlは言う。クォーク・ファーマシューティカルズ社(米国カリフォルニア州フレモント)は、腎臓や眼に存在するタンパク質を標的とするRNAi療法を試験している。アルニラム社は、脳と脊髄を標的とする方法を開発中であり、アロウヘッド・ファーマシューティカルズ社(米国カリフォルニア州パサデナ)は嚢胞性繊維症を治療する吸入可能なRNAi薬の研究に取り組んでいる。

また、RNA送達における進歩は、現在よく使われているCRISPR-Cas9技術に基づく遺伝子編集治療を開発している研究者たちにも恩恵をもたらすかもしれない。このシステムで使われるCas9と呼ばれるDNA切断タンパク質は、RNA分子によってゲノム中の標的DNA塩基配列に誘導される。

しかし、CRISPR-Cas9が臨床に届くまでには、乗り越えなければならない厳しく長い道のりが待っているかもしれない。通常の薬剤と同様、RNAi治療薬は時間が経つにつれて分解していくが、遺伝子編集は永久的な作用を意図しているため、安全性に対する懸念はますます強くなる。「遺伝子編集研究者たちが、私たちよりももっと早くそれを成し遂げてくれることを望んでいますが、そう簡単にはいかないと思います。彼らの幸運を心から願っています」とFambroughは述べる。

翻訳:古川奈々子

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2018.181114

原文

Gene-silencing technology gets first drug approval after 20-year wait
  • Nature (2018-08-10) | DOI: 10.1038/d41586-018-05867-7
  • Heidi Ledford