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米国FDAの諮問委員会が遺伝子治療薬の承認を勧告

米国FDAは、網膜細胞の変性を防ぐ遺伝子治療薬の承認について検討段階に入った(写真は網膜細胞の走査型電子顕微鏡像)。 Credit: P. Motta/Dept. of Anatomy/University “La Sapienza”, Rome/SPL/Getty

米国食品医薬品局(FDA)の諮問委員会は、遺伝子変異を原因とする疾患の遺伝子治療薬の初承認に向けて道筋をつけた。2017年10月12日、外部専門家からなる諮問委員会は、ある種の遺伝性網膜疾患に対する遺伝子治療薬の効果がリスクを上回るとして、FDAに承認を勧告することを満場一致で採決した。FDAは諮問委員会の示した指針に従う必要はないが、実際には指針に従う場合が多い。この遺伝子治療薬voretigene neparvovec(商品名ラクスターナ)の承認に関する最終的な判断は、2018年1月12日までに下される予定である。

収益の大きい米国医薬品市場での承認は、遺伝子治療研究者が待ち焦がれていた有効性の実証と言えるものだ。「今回の勧告は、この種の遺伝子治療薬に対しては初めてのものです。遺伝子治療への期待が膨らみ始めています」とスタンフォード大学(米国カリフォルニア州)の遺伝学者Mark Kayは話す。

遺伝子を補塡

ラクスターナはスパーク・セラピューティクス社(米国ペンシルベニア州フィラデルフィア)の製造で、RPE65という遺伝子のコピーが2つとも変異している遺伝性網膜ジストロフィーの患者を治療するために設計されたものだ。この変異があると光に対する眼の反応が低下し、最終的に網膜の視細胞が障害され、視力が低下していく。

ラクスターナは、RPE65遺伝子の正常なコピーを1個組み込んだウイルスで構成されている。このウイルスを網膜下に注入して、正常なRPE65コピーをそこで発現させ、正常なRPE65タンパク質を作らせるのである。

同社は、31人を登録した無作為化比較対照試験を行い、この治療を受けた患者では特殊な障害物コースをうまく通り抜ける能力がおおむね改善されたことを明らかにした1。この改善状態は、同社がデータを収集した丸1年の間ずっと維持されたが、対照群では全般的に改善が見られなかった。この結果は、ラクスターナの効果がリスクを上回ることをFDAの諮問委員会が納得するのに十分なものだった。

遺伝子治療は過去30年の間に激しい浮き沈みを経験してきた。1990年代初頭には遺伝子治療研究が最高潮だったと、ボストン小児病院(米国マサチューセッツ州)の科学部門主任David Williamsは話す。「若手研究者にこの領域に進まぬよう言っても聞き入れられないほどでした」とWilliams。やがて、遺伝子治療の臨床試験で若い登録患者が死亡する事例が発生し、また、免疫疾患の小児患者の遺伝子治療で白血病になる場合があることも分かってきた。

投資家は遺伝子治療から手を引いていき、一部の学術研究者は遺伝子治療に対して徐々に冷笑を浴びせるようになった。欧州の規制当局は2012年に1件の遺伝子治療薬を承認したが、重症膵炎を起こす事態に陥ったため、多くの人はこの薬の効果に疑いの目を向けた(この遺伝子治療薬の製造元は、2017年10月25日に切れるこの薬の販売ライセンスを更新しないと発表済みである)。当時、Kayは同僚の1人に、「君が遺伝子治療を研究するなんて、せっかくの頭脳がもったいない。あれは疑似科学だよ」と言われたという。

しかし、一部の研究者はこうした問題に根気よく取り組み続け、ヒト細胞に遺伝子を送り込むためのベクター(遺伝子の乗り物となるウイルスなど)を改良し続けた。そのうち徐々に、新しい臨床試験から有望な結果が得られ始め、製薬会社が希少な遺伝疾患の治療薬開発に以前より関心を持つようになり、投資家も戻ってきた。現在は、遺伝子治療ベクターに対する需要が高すぎて供給が追いついておらず、研究者らは臨床研究に必要とする試薬類の一部を入手するのに18カ月から2年も待たされている状態だとWilliamsは話す。

適度の期待

遺伝子治療はここ数年で、血友病や鎌状赤血球症、免疫疾患のウィスコット・アルドリッチ症候群といった、さまざまな疾患で有望な結果を出している。2017年10月4日、Williamsは同僚と、大脳型副腎白質ジストロフィー(ALD)の遺伝子治療試験の結果を公表した。大脳型ALDは、神経系と副腎が機能不全に陥り命に関わる場合もある深刻な疾患である2。試験では、遺伝子治療を施した17人の男児のうち15人の疾患の進行が約2年間にわたって止まった。

FDAは、2017年8月30日に同局初の遺伝子治療薬を承認したが、その仕組みは、免疫細胞を遺伝子操作で改変して、がんと闘わせるというものだ。このがん治療薬はラクスターナと違って、特定の病因変異を標的にするのではなく、患者の体から取り出した免疫細胞に投与される。それにより遺伝子改変を施した免疫細胞を、また患者の体に戻すのである。

そのため、ラクスターナに対するFDAの承認は新たな時代の幕開けになると研究者らはみている。「遺伝子治療の一般的概念は、欠損した遺伝子の補塡もしくは補償であり、ラクスターナの働きもそれに当たります」と、同じくスタンフォード大学の小児血液専門医Matthew Porteusは話す。「皆、とてもワクワクしています」。

しかし、ラクスターナからは、この世代の遺伝子治療の限界も浮かび上がってくる。ラクスターナは視力を改善するようだが、ベクターに使ったウイルスが正常なRPE65遺伝子をどれくらいの期間にわたって発現し続けるかはまだ明らかでなく、従ってその効果がどのくらい続くかも不明なのだ。「これは『治癒』と言える段階ではないのです」とKayは話す。

同様に、Williamsらの大脳型ALDの遺伝子治療も、脳での症状の進行は遅くできるようだが、年を取ってから現れる体の他の部分の症状を治すことは期待できない。

「これらの疾患を本格的に治癒させようと思うなら、遺伝子治療技術の大幅な改良がまだまだ必要だと思います」とKayは話す。「しかし、研究を着々と進めていくことで、改良に役立つ治療薬がいずれ登場するのではないでしょうか」。

翻訳:船田晶子

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2018.180110

原文

FDA advisers back gene therapy for rare form of blindness
  • Nature (2017-10-19) | DOI: 10.1038/nature.2017.22819
  • Heidi Ledford

参考文献

  1. Russell, S. et al. Lancet 390, 849–860 (2017).
  2. Eichler, F. et al. N. Engl. J. Med. http://dx.doi.org/10.1056/NEJMoa1700554 (2017).