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1つのリングで90個のレーザーを代替

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光ファイバー通信はインターネットのバックボーン(主要幹線)を支えている。現在の光ファイバー通信システムは、大量のデジタル情報を高速に送るために波長分割多重通信(WDM)と呼ばれる技術を使っている。この技術は、光通信チャンネルごとに異なる周波数(波長)のレーザーを使い、多数の光通信チャンネル(波長)を送信機側で1本の光ファイバーに乗せる(多重化する)ことにより、1本の光ファイバーで大量の情報を送るものだ。この際、光ファイバー回線で利用可能な周波数帯域をカバーするために、通常、数百個のレーザー光源が必要になっている。今回、カールスルーエ工科大学(ドイツ)のPablo Marin-Palomoらは、こうした多数のレーザー光源の全てを微小共振器光周波数コムと呼ばれる1つの光源で置き換え可能なことを実証し、Nature 2017年6月8日号274ページで報告した1。この成果は、非常に高速なデータ伝送の実現につながる可能性がある。

微小共振器光周波数コムは、多数の周波数の光をマイクロメートルスケールのプラットフォーム上で作り出すことができる光素子だ(図1)。今回の論文の共著者の1人、ローザンヌ工科大学(スイス)のTobias Kippenbergは、約10年前にこの技術の先駆的研究2に関わった。

図1 単一レーザーによる光ファイバー通信
Marin-Palomoらは、光ファイバーによるデータ伝送を単純化するために、1つの光源を報告した1。彼らの素子は、微小共振器と呼ばれる環状の光学系と導波路(光の伝播を誘導する構造)を備えたマイクロチップからなる。微小共振器は、共鳴と呼ばれる特定の周波数で光を閉じ込める。ポンプレーザーの周波数を、これらの共鳴周波数の1つに調節することにより、ソリトンと呼ばれる短い光パルスの列が生じ得ることを彼らは示した。ソリトンの光スペクトルは、間隔が均等な周波数線の集まりであり、各周波数線は独立したデータストリームを運ぶ個別の光チャンネルとして使うことができる。Marin-Palomoらは、微小共振器の形状や寸法を精密に設計することにより、チャンネルの数を制御し、1つの素子で90を超える周波数線を作ることができた。信号の品質は高く、伝送距離75kmで毎秒50テラビット(1テラビットは1012ビット)を超えるデータ伝送速度を達成できた。黒い矢印は光の伝播方向を示す。

微小共振器光周波数コムは、ポンプレーザーと呼ばれる光源と微小共振器からなる。微小共振器は、光キャビティ(光共振器)とも呼ばれ、ある共鳴周波数で光を閉じ込めるために使われる。今回の光キャビティは半径240µmの環(リング)状で、低損失であり、光は高度に閉じ込められる。ポンプレーザーの周波数は、光キャビティの特定の共鳴周波数の直近になるように調節される。Marin-Palomoらは、光キャビティを非線形材料で作った。ポンプレーザーからの光子は、非線形材料での4光波混合により、さまざまな周波数の光子に変換される2

適切な条件下では、この新しい周波数成分たちの位相が同期する。これは、ある時刻に全ての周波数の波の山が一致して強め合うような、規則的な位相関係が各周波数成分間にあることを意味する。光キャビティ内の光パワーはかなり高まり、波形は「散逸カー(Kerr)ソリトン」と呼ばれるパルス列になる。光キャビティ内での散逸カーソリトンの形成には、キャビティのいくつかの特性とパルスそのものの微妙なバランスが必要だ3

Marin-Palomoらは、光キャビティ内での散逸カーソリトンを初めて観察したわけではないが4、この光源を初めて光通信に使った。彼らは、光キャビティを高度なマイクロリソグラフィ技術を使って製作した。光キャビティは、エレクトロニクス産業で広く使われる断熱材である窒化ケイ素でできている。彼らはキャビティの形状や寸法を入念に設計し、1つのポンプレーザーから90を超える光周波数を生成することを可能にした。これらの周波数は、光ファイバー通信に使われる2つのバンド(CバンドとLバンド)を完全にカバーし、この2つのバンドの帯域幅はあわせて約10テラヘルツ(1THzは1012Hz)ある。チャンネル間の周波数間隔は約200kHzの精度で制御できる。この精度であれば、光ファイバー通信で使用するだけでなく、分子分光学にも使える可能性がある5

Marin-Palomoらは、システムレベルの見事な実証を報告した。個々のチャンネルは実際に1本の光ファイバーに多重化され、伝送距離は75km、データ伝送速度は毎秒50テラビットを超えた。現在の伝送速度の最高記録は毎秒2150テラビットだが6、この記録の実現には特別なタイプの光ファイバーと今回とは異なる種類のレーザー光周波数コムが使われている。Marin-Palomoらの微小共振器光周波数コムの重要な点は、それがマイクロメートルスケールのプラットフォームで驚くべき性能を達成したことだ。現実的な応用のためには、光周波数コムによる波長分割多重通信システムに必要なオプトエレクトロニクス部品の全てを集積することが求められるが、最近の三次元フォトニック集積回路の発展で7、それを夢見ることが可能になりつつある。

気掛かりな点は、1つのレーザーから多くの周波数成分を作るとき、1チャンネル当たりに得ることができるパワーの量だ。散逸カーソリトンの基本的に不利な点は、パワー変換効率がよくないということだ8。Marin-Palomoらのシステムの場合、新たに作られる光周波数のパワーに生かされるのは、ポンプレーザーのパワーの1%未満だ。ずっと高いパワー変換効率を持つ、別の微小共振器光周波数コムも存在するが9、光ファイバー通信への応用を想定した研究はまだ行われていない。将来の光ファイバー通信システムのためには、微小共振器光周波数コムの効率を向上させることが不可欠だろう。将来の光ファイバー通信システムは、それまでにない伝送速度を達成するため、複数の空間チャンネルを備える特別なタイプの光ファイバーを使うだろう6

Marin-Palomoらは、波長分割多重通信に散逸カーソリトンが使えることを明確に実証した。各周波数成分の位相が同期した光源を使うことは、個々のレーザーの集まりを使うのとは根本的に異なっている。チャンネル間の周波数間隔は固定されているからだ。この側面は、伝送品質の劣化を緩和することや10、信号の受信方法を大きく単純化することへのカギになるかもしれない。この点において、レーザー光周波数コムの使用は、(それが散逸カーソリトンであっても何か他のものであっても)光ファイバー通信システムの設計の大きな転機になる。レーザー光周波数コムのユニークな特性を利用するためには、フォトニック集積、ファイバー光学、超高速光学、計算機工学、情報理論、信号処理の分野間の力を合わせた取り組みが必要になるだろう。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 9

DOI: 10.1038/ndigest.2017.170930

原文

One ring to multiplex them all
  • Nature (2017-06-08) | DOI: 10.1038/546214a
  • Victor Torres-Company
  • Victor Torres-Companyは、チャルマース工科大学(スウェーデン)に所属。

参考文献

  1. Marin-Palomo, P. et al. Nature 546, 274–279 (2017).
  2. Del’Haye, P. et al. Nature 450, 1214–1217 (2007).
  3. Herr, T. et al. Nature Photon. 8, 145–152 (2014).
  4. Leo, F. et al. Nature Photon. 4, 471–476 (2010).
  5. Suh, M.-G., Yang, Q.-F., Yang, K. Y., Yi, X. & Vahala, K. J. Science 354, 600–603 (2016).
  6. Puttnam, B. J. et al. Proc. Eur. Conf. Opt. Commun. http://doi.org/b7xx (2015).
  7. Sacher, W. D. et al. Proc. Conf. Lasers Electro-Optics Paper JTh4C.3; http://doi.org/b7xz (2016).
  8. Bao, C. et al. Opt. Lett. 39, 6126–6129 (2014).
  9. Xue, X., Wang, P.-H., Xuan, Y., Qi, M. & Weiner, A. M. Laser Photon. Rev. 11, 1600276 (2017).
  10. Temprana, E. et al. Science 348, 1445–1448 (2015).