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著作権侵害に対して新方針を打ち出す学術出版社

Credit: Imilian/iStock / Getty Images Plus/Getty

ケンブリッジ大学(英国)の進化生物学者Ross Mounceは、インターネット上で自分の論文を共有する行為が違法になる可能性があることを知っている。実際、購読料で成り立っている学術誌に掲載された論文の最終版をアップロードする行為は違法である。論文の著作権を持つ出版社は、許可なくインターネット上に公開される論文に眉をひそめている。けれどもMounceが科学者向けのソーシャルネットワークサービス(SNS)「ResearchGate」に有料論文をアップロードしたとき、出版社は彼に論文を削除するように要請してこなかった。Mounceは、「著作権を侵害しているかもしれないという認識はありますが、そんなの知ったことではないという気持ちもあるのです」と言う。

著作権に無頓着な科学者はMounceだけではない。出版業界の動向を見守るアナリストによると、著作権のある論文を無許可で共有する行為は増加しているという。この問題に直面する学術出版社は、著作権を侵害する研究者へのアプローチを変えつつあるようだ。一部の出版社は、科学者やネットワークの運営会社に論文の削除を要請する代わりに、論文を合法的に共有できるようにする「公正な共有(fair sharing)」システムの構築を目指して団結しようとしている。このシステムは、出版社側にとっても、科学者たちがインターネット上で有料論文を共有する範囲を把握するのに役立つことが期待される。

ケンブリッジ大学出版局(英国)の代表取締役Mandy Hillは、論文の自由な共有は科学の本質的な部分であると指摘する。「私たち出版社がこの事実を受け入れて、コンテンツを公正に共有する道を模索しつつ、論文出版事業の持続可能性を確保していくことが重要なのです」。

けれどもオープンアクセスを強く支持する人々は、科学者たちは今日の著作権制限のあり方を嫌い(あるいはそれに気付いておらず)、自分の論文をインターネット上で自由に利用できるようにしたいと考えるようになってきており、出版社の言う「公正な共有」に満足することはないだろうと指摘する。

変化する対応

近年、有料論文がインターネット上にアップロードされることが急増しているのは、数百万人の科学者が論文を共有・閲覧できるResearchGateのようなサイトの人気によるところが大きい。その動向を注視する出版社は、論文のインパクトを高めるためのサービスを提供しているKudos社(英国ウィートリー)に調査を委託した。Kudos社が2017年4月に、5000人以上の科学者を対象とする調査を実施したところ、回答者の57%が「自分の論文を研究者向けSNSにアップロードしたことがある」と答えた。また、79%が事前に著作権取扱規定を確認していたが、60%は出版社や学術誌の規定にかかわらず「自分の論文をアップロードする行為は認められるべきだ」と考えていることを明らかにした(「著作権をめぐる懸念」参照)。

著作権をめぐる懸念
調査の結果、研究者が SNSに論文をアップロードする際には、その多くが著作権取扱規定をチェックしていることが明らかになった。しかし60% の研究者は、そうした規定にかかわらず自分の論文をアップロードする行為は認められるべきだと回答した。 Credit: SOURCE: KUDOS (HTTP://GO.NATURE.COM/2PUJ8RA)

研究者たちがインターネット上で有料論文をどの程度共有しているかはこれまで不明だったが、2017年2月に発表された論文が手掛かりとなった。チャールズ・スタート大学(オーストラリア・ウォガウォガ)の情報科学者Hamid Jamaliが、ResearchGateから500編の論文を無作為に選び出したところ、392編がオープンアクセス論文ではなかったのだ(H. R. Jamali Scientometrics http://dx.doi.org/10.1007/s11192-017-2291-4; 2017)。中には未編集の査読論文やプレプリントなど出版社が著者に共有を許可しているバージョンもあったが、アップロードされたバージョンの50%以上が出版社の著作権を侵害するものだったという。

ResearchGate社(ドイツ・ベルリン)の広報担当者は、同社はユーザーに対して、論文をアップロードする際には出版社の規約を遵守し、著作権を侵害することがないように明確に求めているが、ユーザーがどこまで無許可で論文をアップロードしているかをモニターする手段は持っていないと説明する。

一部の学術誌出版社は、訴訟をほのめかすことによりこの問題に対応してきた。例えば2013年末には、学術出版社のエルゼビアが研究者向けSNSのAcademia.eduなどのサイトに3000通の通知を送付し、自社の著作権を侵害する論文について米国のデジタルミレニアム著作権法(Digital Millennium Copyright Act:DMCA)に基づく削除を要請した。この通知は個々のユーザーにも転送された。大規模な著作権侵害に対しては法的手段がとられていて、エルゼビア社は現在、数百万編の有料論文を共有しているSci-Hubというサイトを告訴している。

しかし、国際科学技術医学出版社協会(STM;英国オックスフォード)の広報担当者Matt McKayによると、SNS上での論文の共有については訴訟を避ける出版社も出てきたという。「研究者向けSNSから無許可コンテンツをなくすために法的手段に出たり削除を要請したりするのは、持続可能なやり方ではありません。私たちは、そうした直截な手段に頼る代わりに、これらのサイトと話し合い、長期的な解決策を見出したいのです」と彼は言う。

公正な共有

STMが2017年3月21日に主催した学術出版社の遠隔会議では、科学者が著作権を侵害することなく論文の全文を容易に共有できるようにする取り組みについての話し合いが持たれた(註:会議にはNatureを出版するシュプリンガー・ネイチャーも参加しているが、Natureのニュースチームは自社に対して編集権の独立性を保っている)。

Natureのニュースチームが問い合わせをした出版社のほとんどが、論文の共有に関する規定の策定について詳細に語ることを拒否したが、「公正な共有」という言葉は、典型的には、学術誌のサイトにある読み取り専用のダウンロードできない論文の最終版への無料リンクを提供することを意味する。シュプリンガー・ネイチャーやワイリーを含む一部の出版社は、著者がそうしたリンクを生成できるソフトウェアを導入している。

2015年には、論文の著作権に関する啓発運動の一環として、公正な共有をめぐる議論が始まった。STMは出版社や図書館員の意見を聞いた後に「How can I share it(どうすれば共有できる)?」というウェブサイト(www.howcanishareit.com)を立ち上げて、購読料で成り立っている学術誌が著作権を持つ論文をインターネット上で保管・共有する方法について、詳しく説明した(多くの出版社は査読原稿をインターネット上で共有することは許可しているが、最終版の全文の共有は許可していない)。

ウェブサイエンスと認知科学の専門家であるサウサンプトン大学(英国)のStevan Harnadは、科学者は出版社が構築する公正な共有のシステムを好まないかもしれないと言い、研究者には論文の各バージョンをインターネット上でセルフアーカイブすることを勧める。「出版社は、何が起きているのか追跡したいわけでしょう? 出版社が規制を続けねばならない理由は見当たりません」と彼は言う。

Mounceは、長期的には、科学者が自分の論文を好きなように扱えるシステムへと移行するはずだと考えている。「他の科学者と研究成果を共有することが許されないという極めて不自然な『問題』をすっきり解決できるのは、オープンアクセスだけでしょう」。

ニューヨークの独立出版コンサルタントで、学術出版社や学術団体の仕事をしているJoseph Espositoは、出版業界にとっては、著作権の侵害や著者との仲たがいなしに有料論文の共有を可能にするにはどうすればよいかという問題がますます重要になるだろうと予想する。これまでのところ、研究者向けSNSにより学術出版社の収入が大きく減ったという事実はないようだ。しかし出版社は、近い将来の「非常に大きな損失」を回避するために、今、新しい戦略を採用しなければならないと彼は言う。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2017.170814

原文

Science publishers try new tack to combat unauthorized paper sharing
  • Nature (2017-05-11) | DOI: 10.1038/545145a
  • Quirin Schiermeier