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マクロファージの概念を変える発見

–– マクロファージとは、そもそもどのような細胞ですか?

新たに見つかったマクロファージ(SatM) SatM細胞には、通常のマクロファージと異なり、核が2つある。

佐藤: 生体のゴミなどを食べる細胞として、100年以上前に見つかりました。免疫系が病原体をやっつけた後のゴミ処理係です。獲得免疫系を活性化する役割の樹状細胞や、獲得免疫の司令塔であるT細胞と比較すると、マクロファージは、免疫系に関与する細胞の中でも研究者の興味を引くとこaろのあまりない「つまらない細胞」というイメージを持たれていました。

少し注目を集める報告が出たのは、2000年前半のことです。欧州の研究チームによる論文で、マクロファージは、1種類の細胞だけれども、M1とM2という2つの状態があり、その状態を行き来しているというのです。M1は、細菌やウイルスなどの感染により活性化する「急性炎症」に関わるマクロファージの状態であり、M2は、「慢性炎症」に関わるマクロファージの状態ということでした。

–– それで、審良研究室の大学院生となり、マクロファージを研究テーマにされたのですね?

佐藤: いえ、違うのです。審良静男先生の自然免疫学教室の大学院生になった当初は、何が面白くて、何が面白くないかも分からないくらい、免疫学に“免疫”がありませんでした。ただ、たくさんの優秀な先輩方が既に進めているトピックを研究テーマに選んでも、その中に埋もれてしまうに違いない。でも、何を研究したらブレークスルーになるのかも分からない。手当たり次第に実験していろいろなノックアウトマウスを作ったところ、“当たり(よい結果)”が出たのが、マクロファージだったのです。

–– そのマクロファージの研究が、佐藤助教を中心に、大きく発展してきました。

佐藤: 審良研には13年間お世話になっていますが、マクロファージに複数の種類があることを、3つの論文により段階的に明らかにすることができました。M1/M2という単なる状態の違いではなく、別種の細胞がたくさん存在していて、それらは全く異なる遺伝子により制御されていたのです。

–– どのように考えて研究を進めてきたのか教えてください。

佐藤: M1/M2マクロファージに関する欧州の研究は、試験管内(in vitro)での実験が中心だったので、いろいろな疾患との関係性がよく分かりませんでした。そこで、私はまず、マウスの生体(in vivo)においてM1/M2マクロファージを詳しく解析してみたいと思いました。このときはまだ、多種類存在するとは思っていませんでした。2010年に、私が最初の研究で報告できたのが、アレルギー応答時には、Jmjd3という遺伝子の働きを介して、M2マクロファージの分化の関係を制御するというものでした1

–– 次の論文はどのようなきっかけで?

佐藤: 2010年の論文を出した直後、海外の学会に参加したところ、先の欧州の研究者たちと一緒になりました。交流を持つことができ、別れ際に、「Jmjd3はアレルギーだけでなく、全ての慢性炎症疾患に関わるマクロファージの分化を制御しているのか」との質問を受けました。そこで、帰国後、さっそく脾臓や肝臓などの組織に常在するM2マクロファージについて調べてみました。すると、Jmjd3はこれらのマクロファージに何の影響も与えていなかったのです。

結果に拍子抜けした私に、審良先生は、「むしろよかった」とおっしゃいました。確かに、全てのマクロファージの分化・活性が1つのタンパク質で制御されていたら、この研究分野はもうそれ以上の広がりが期待できなかったかもしれません。またこのとき「マクロファージが複数種類存在する可能性もあるのでは?」と思いました。この時点では、そうかもしれないという勘のレベルでしたが。

–– ここから、M1/M2という考え方に別れをつげて、独自の道を歩き始めるのですね?

佐藤: はい。そして研究を進め、脂肪組織に含まれるマクロファージの分化を制御する分子(Trib1タンパク質)の発見へと至ります。このタンパク質をノックアウト(破壊)したマウスでは、脂肪中のマクロファージが異常をきたし、メタボリックシンドロームを発症したのでした。

ここで興味深かったのは、このTrib1ノックアウトマウスは、アレルギー応答の際に活性化するマクロファージに関しては正常だったのです。また逆に、Jmjd3がなくても脂肪組織中のマクロファージには異常がなく、異常なメタボリックシンドロームが引き起こされることはありませんでした。それまで、これらのマクロファージは区別されることなく、全てまとめてM2マクロファージと分類されていました。しかし、これらは別々の遺伝子により分化が制御される別種の細胞だろうと推測される結果が得られたのです。これらの成果を2013年の論文で発表しました2

肺の繊維化のMRI画像
SatMが存在しないマウス(右)では肺の線維化が抑制される。

–– そして、最新の論文ですね?

佐藤: はい。さらに別のマクロファージを探そうと思ったとき、今度は、創薬にも結び付くような、まだ薬が存在しない疾患との関係を調べようと思いました。そこで目をつけたのが、免疫との関連性が知られているけれども、詳細な発症機序が分かっていない線維症です。治療薬の開発もまだなされていませんでした。

まず、線維化が始まるときに集まってくるマクロファージはないだろうかと探しました。その結果、線維化期に疾患部位で増殖する変わった形の細胞を見つけることができました。通常のマクロファージ(丸い核を1つ持つ)と異なり、2核様の核を持つ特殊なマクロファージです。その核の形からSatM(Segregated nucleus atypical monocyte)と名付けたのですが、この細胞が疾患部位に集まると線維症が発症することを突き止めました。さらに、この細胞を分類するための細胞表面抗原(マーカー)や、この細胞の分化を制御するC/EBPβタンパク質も見つけることができたのです。2016年末に発表したこの論文により3、疾患に対応した多様な種類のマクロファージが存在すること、すなわち“疾患特異的マクロファージ”という新しい考え方を実証できたと思っています。

–– 今回、研究の初期から企業と共同研究されていますね。

佐藤: 基礎研究は非常に面白いですが、それが人の役に立つなら一石二鳥です。ですから、製薬企業との共同研究の機会を得たいと、臨床系の学会で製薬会社のブースに相談に行ってみたり、研究計画書を作って製薬企業のホームページからメールしたり、研究会に参加したりなどしました。最初は一切相手にされませんでしたが、そうやっていくうちに、疾患特異的マクロファージを標的とした共同研究を始めてもらえるようになりました。

今後は、動脈硬化や脳梗塞、がんなどに関わる多様な疾患特異的マクロファージを発見していきたいです。それぞれの型のマクロファージは極めて特異性が高いため、ある疾患の原因となるマクロファージに対する薬が、他のマクロファージに影響を及ぼすことはないと予測しています。例えば、もし、がんの疾患特異的なマクロファージが見つかれば、その疾患特異性の高さから、副作用の抑えられた抗がん剤も開発できるのではないかと考えています。

今回のSatMの研究は、早い段階から製薬企業との共同研究を始められ、専門的なアドバイスや高い技術の紹介などを受けることができました。基礎研究においても、産学連携のメリットを実感しました。

–– 審良研を大学院の進学先に選んだときから、そのような将来像を描かれていたのですか?

佐藤: 審良研を選んだのは、ものすごく活発に研究を行っているラボに入りたいと思ったのがきっかけです。「それならば、審良研」と知り合いに勧められ、審良先生が何の専門家なのか調べもせずに面接を受けに行きました。そして面接当日に、審良研の入り口に残っていた「がん抑制遺伝子研究分野」というそのフロアの昔のプレートを読んで勘違いし、面接で「がん抑制遺伝子の研究がしたい」と答えたのです。審良先生を呆れさせました。

それでも、何とか研究室に入れてもらえました。動物の世話や先輩の手伝いなどの「下積み」をしばらく続けた後、ノックアウトマウスの実験に携われることになりました。ところが、やってもやっても表現型に何の変化も出てきません。周囲がすごい実験結果ばかり出す中で、何1つ良い結果が得られず、気が付いたら4年経っていました。今振り返ってみてもつらかったの一言です。全部やめて田舎に帰ろうかと考えたこともありましたが、このまま辞めたら負け犬だなと思って。思いとどまることができたのは、いつかああなりたいと思える先輩たちをそばで見ていたからだと思います。最初の論文が出るまでは、石にかじりついてでも頑張ろうと決めました。

そのうちにJmjd3の研究に出会えたのです。この表現型が初めて出たときには、実験をどこかで間違えたと思い、4回くらい実験を繰り返したことを覚えています。そして徐々に研究が忙しくなり、実験室の床に段ボールを敷いて寝泊まりを続けたり……その頃には楽しさと忙しさで、田舎に帰ろうと思ったことは、すっかり忘れていました(笑)。

–– ありがとうございました。

聞き手は、藤川良子(サイエンスライター)。

Author Profile

佐藤 荘(さとう・たかし)

2010年大阪大学大学院医学系研究科博士課程修了、同年同大学免疫学フロンティア研究センター特任研究員、2012年特任助教、2013年微生物病研究所助教。マクロファージの研究では、FACS(蛍光表示式細胞分取器)を使い、その解析グラフとにらめっこの毎日だ。「二次元グラフのデータ同士を頭の中でつなげて、三次元にするのです。すると、別種の細胞が隠れていると気付くことがあります」。これが、審良先生も感心する新しい細胞を発見するコツなのだろう。

佐藤 荘氏

ノックアウト技術一筋 自然免疫研究の開拓者

審良 静男(あきら・しずお)

審良 静男氏

審良: 佐藤さんのマクロファージと、メッセンジャーRNA(mRNA)安定化・不安定化による遺伝子発現制御。この2つが、今、私の研究室で力を入れている研究テーマです。

研究の方法自体は、20数年間、まったく変えていません。ノックアウトマウス一筋です。遺伝子をノックアウト(破壊)したときに、マウスにどんな表現型(現象)が現れるかは、研究者の想像力をはるかに超えているので、大変興味深いのです。その表現型が、なぜそうなっているのかというメカニズムを解明していく。このように進めてきた結果、自然免疫学を中心に、さ まざまな方向に研究が広がっていったのです。

–– ノックアウトマウスが、研究の起点になるのですね。

審良: 新しい現象を見つけるには、これはとてもよい方法です。自分で考えた仮説を研究テーマにすると、大抵の場合、誰もが考えつきそうな仮説にとどまり、意外性のある成果には結び付かないのです。

また、in vitroの実験から始め、そこで立てた仮説をノックアウトマウスで検証する、という順番で研究していった場合、最終段階のノックアウトで検証できなかったときにつらいですよね。逆に、ノックアウトマウスで見つかった現象から始めれば、現象は確実なので、後はその謎を解くことに専念すればいいのです。

遺伝子の働きを疾患との関連性などで調べていけば、ノックアウトマウスから発見できる現象はまだまだ尽きないですし、最近はCRISPR/Cas9技術が登場したので、遺伝子を破壊する実験もやりやすくなりました。

–– 創薬への期待もふくらみますね。

審良: そうですね。私たちは、mRNAの3′非翻訳領域に結合して、そのmRNAを壊すというタンパク質を見つけたのですが、これが、炎症における遺伝子発現の調節に重要で、自己免疫疾患に関わっています。

また、マクロファージの研究には、免疫だけでなく、医学のさまざまな関連分野の人たちが興味を持ってくれています。ただし、マクロファージの遺伝子は、ヒトとマウスで大きく違うので、まず、対応するヒトのマクロファージを見つけることが必要ですが。

–– 企業との共同研究が話題になっています。

審良: 私が拠点長を務めるこのIFReC は、約10年前に、公的研究資金によるプログラム(世界トップレベル国際拠点プログラム)としてスタートしましたが、2017年4月からは、中外製薬と大塚製薬に資金提供いただくことになりました。今後10年間、この両社と新しい形の産学連携を行っていくつもりです。

–– どのような形の産学連携になるのでしょうか。

審良: IFReCの研究者は、今までどおり自由に基礎研究をやらせていただきます。そして、その研究成果やデータは、定期的に両社に開示します。両社は、開示された研究について、共同研究を進めていく優先権を持つ、というわけです。つまり、論文という形になる前の、研究としてちょっと芽が出たくらいの段階から、製薬企業の人たちと情報や意見の交換を行えるのです。IFReCには免疫学のリーダーが集まっていますが、この交流には大変期待しています。また私自身の研究している分子が創薬に結びつくことも、特に楽しみにしています。

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.2017.170619

参考文献

  1. Satoh T. et al. Nature Immunology 10, 936–44 (2010).
  2. Satoh T. et al. Nature 495, 524–8 (2013).
  3. Satoh T. et al. Nature 541, 96–101 (2017).