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異種動物の体内で作製された膵臓で糖尿病を治療する

Credit: Tomoyuki Yamaguchi

移植のためのヒト臓器は極度に不足している。この解決策の1つとして、動物の体内でヒト臓器を成長させる方法が考えられる。この方法は概念的には簡単であるが、技術的(および倫理的)な課題が伴う。現時点ではまず、異なる種の体内で固形臓器を成長させることができるのかどうか、また、それを疾患の治療に用いることができるのかどうかを明らかにする必要がある。このほど、東京大学医科学研究所の山口智之および中内啓光(スタンフォード大学兼任)らは、ラットの体内でマウスの膵臓を成長させることに成功しただけでなく、摘出後に膵島(ランゲルハンス島)に分離して糖尿病モデルマウスに移植するとマウスは糖尿病から回復することを実証し、Nature 2017年2月9日号191ページに報告した1

哺乳類の成体の臓器は構造的に複雑で、細胞量が非常に多い。成体の臓器となるためには、特殊化した多数の細胞種から構成される数十億個の細胞が一体となり、1つの解剖学的および機能的な単位としてまとまらなければならない。培養皿で細胞を組み立てることで臓器前駆体類似物(オルガノイドと呼ばれる)を作製する技術が習得され始めているが2、オルガノイドの大きさは顕微鏡サイズで、基本的な組織化が見られるのみであり、成体の臓器にはほど遠い。つまり、幹細胞生物学や生物工学が進歩した現在にあっても、成熟した移植可能臓器をin vitroで作製できるようになるのはずいぶん先のことだと考えられる。

新しいヒト臓器を得る別の方法として、異種動物の体内でヒト臓器を成長させる方法が考えられる3。近年、この「異種間での臓器成長」という新しいアイデアの可能性が探られていて、近縁な2つの実験動物であるマウスとラットを使って研究が始まっている。中内らの研究グループは2010年に、マウス体内でラットの膵臓を成長させることに成功した4。しかし、その膵臓は成長してもマウスの膵臓の大きさにとどまり、体がはるかに大きいラットに移植して機能を評価するのに十分な量の膵島が得られなかった。

今回、山口らは、2010年とは逆の実験を行った。ラットの体内でマウスの膵臓を成長させたのだ。この成果は、マウスの多能性幹細胞(体のあらゆる細胞を作り出すことができる)を、受精後数日のラット胚(胚盤胞)に注入することで達成された。注入されたマウス幹細胞はラット幹細胞と混ざり合って共に増殖および分化を行い、ラットに成長する。つまり、ほぼ全ての臓器や組織は、ラットとマウスの両方の細胞の混合物になる。しかし山口らは、遺伝的改変により膵臓発生のマスター調節因子であるPdx1遺伝子5を欠損させた胚を用いることで、ラット細胞由来の膵臓の成長を抑制した。そうすることで、膵臓本体は、完全にマウス細胞だけで作られる(図1)。

図1 ラット体内で成長させたマウス膵臓により、糖尿病マウスを治療
山口ら1は、膵臓発生のマスター調節因子であるPdx1遺伝子を欠損するラット初期胚に、マウスの多能性幹細胞を注入した。この手法で作製されたラットは通常、全ての組織においてラットとマウスの両方に由来する細胞系譜を含むが、この胚では、膵臓はマウスの細胞からできる。膵臓は、マウス由来の細胞(黄色)と、両方の種の細胞系譜が混在した血管や一部の支持組織(緑色)から構成される。このラット由来のマウス膵臓から、インスリン分泌細胞を含む膵島と呼ばれる細胞クラスターを分離し、それを1型糖尿病モデルマウスに移植した。移植された膵島は、糖尿病によって生じる高血糖を抑制した。この膵島のラット由来血管は時間の経過とともに消失したが、おそらくこれはレシピエントマウス自身の血管によって置き換えられたと考えられる(図は引用文献1より)。

次に、このようなラットからマウス膵臓を摘出し、膵臓内で内分泌を担う「膵島」と呼ばれる球状の細胞クラスターを分離したと呼ばれる球状の細胞クラスターを分離した。膵島には、インスリンを分泌するβ細胞が含まれている。この膵島を、化学的にβ細胞を除去して糖尿病を発症させたマウスに移植した。このマウス(ストレプトゾトシン誘発糖尿病マウス)は、β細胞の不可逆的な喪失により起こる非常に重症型の糖尿病である1型糖尿病(通常は小児期に発症)のモデルとして知られる6。移植された膵島は生着し、もともとのβ細胞に置き換わった。そして、インスリンを分泌して血糖値の上昇を抑制し、血糖値を正常範囲内に戻すことができた。

異種であるラットの体内で成長させた膵臓では、細胞の大部分はマウス細胞由来であるが、血管や支持細胞の一部はラット由来である。よって、マウスへの膵島移植の後にこれらの細胞が長期的に破壊的な免疫応答を誘導する可能性が考えられる。しかし山口らは、マウスに軽度の免疫抑制剤を膵島移植から5日間投与しただけで、破壊的な免疫応答を阻止することができた。その上、ラット由来の細胞は時間の経過とともに移植膵島から消失したという証拠も示している。

マウスの膵島は比較的小さな細胞クラスターで、各膵島は数百個の細胞しか含んでいない。膵島内のラット由来血管は、移植の際にマウスの免疫系に認識されて迅速に除去されるため、長期的な免疫応答は起こらないと考えられる。おそらく、移植と同時にレシピエントマウスの血管が膵島細胞クラスターに迅速に進入して血液供給が再確立され、組織の破壊を防いでいるのだろう。ただし、ほとんどのヒト治療での最終目標は、臓器全体の移植である。臓器全体の場合は、血管は臓器内に深く埋め込まれている上に大規模な血管構造であるので、レシピエントの体内でこれほど迅速に置き換えが進むことはないと考えられる。そのため、より強い免疫応答と大きな臓器損傷が引き起こされる可能性がある。

また、この戦略を用いて腎臓や心臓などのさらに複雑な臓器を成長させるのは、はるかに困難なことだと予想される。腎臓や心臓は、膵臓とは異なり、別個の生物学的経路によって制御される複数種の前駆細胞から生じるからだ7,8。腎臓や心臓の成長を全体として抑制するには、いくつかの遺伝子を欠失させるといった簡単な方法では行えないと考えられるので、おそらく、より複雑な戦略が必要であろう。

マウスとラットは異なる種であるが、遺伝的構成の多くは共有されている。それにもかかわらず、マウス組織でのラット細胞の増殖あるいはマウス組織へのラット細胞の統合に対する分子障壁はいまだ明らかになっていない4。そのため、次の課題として、今回と同様の戦略を用いてより遠縁の種の臓器を成長させることができるのだろうか、といった疑問が生じる。おそらく遠縁の種間では分子障壁の問題が大きくなると考えられるからだ。このような戦略の最終目標は、ヒト臓器をブタやヒツジの体内で成長させることだろう。ブタやヒツジの臓器はヒト臓器に匹敵する大きさである。しかし、ヒト細胞が動物胚とあまり混じり合わないことや、異種動物の免疫系によってヒト臓器が拒絶されることなど、おそらく技術的に重要な課題が待ち受けている。

ヒト間での臓器移植の後には、臓器の拒絶を防ぐために、生涯にわたって免疫抑制剤を用いなければならない。免疫抑制剤には毒性があり、重篤な副作用を示す。しかし、患者特異的な人工多能性幹(iPS)細胞を用いてこのような異種間手法で移植用臓器を作ることができれば、理論的には免疫適合性臓器を作り出すことができる。iPS細胞は、患者の皮膚あるいは血液の細胞を採取し、その細胞にin vitroで多能性状態を獲得させることで作製された一種の多能性細胞である。例えば、iPS細胞から得られたヒト膵島は、細胞のドナーと免疫学的に適合すると考えられる。山口らは今回の実験で、胚由来の多能性幹細胞とともにiPS細胞も用いており、齧歯類では両方の技術が利用可能なことを示している。

ヒト臓器を動物体内で成長させる手法の開発には、技術的に多くの課題を克服し、倫理的問題や法的な問題に取り組む必要があると考えられる。しかし、臨床では移植用の臓器が緊急に必要であること、また利用可能な他の良い選択肢がないことを考えると、このような研究を継続する必要がある。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2017.170531

原文

Interspecies pancreas transplants
  • Nature (2017-02-09) | DOI: 10.1038/nature21490
  • Qiao Zhou
  • Qiao Zhouは、ハーバード大学(米国マサチューセッツ)所属。

参考文献

  1. Yamaguchi, T. et al. Nature 542, 191–196 (2017).
  2. Clevers, H. Cell 165, 1586–1597 (2016).
  3. Rashid, T., Kobayashi, T. & Nakauchi, H. Cell Stem Cell 15, 406–409 (2014).
  4. Kobayashi, T. et al. Cell 142, 787–799 (2010).
  5. Offield, M. F. et al. Development 122, 983–995 (1996).
  6. Bluestone, J. A., Herold, K. & Eisenbarth, G. Nature 464, 1293–1300 (2010).
  7. McMahon, A. P. Curr. Top. Dev. Biol. 117, 31–64 (2016).
  8. Srivastava, D. Cell 126, 1037–1048 (2006).