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海草は除菌も担う海の万能選手

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 4 | doi : 10.1038/ndigest.2017.170406

原文:Nature (2017-02-16) | doi: 10.1038/nature.2017.21504 | Ocean meadows scrub seawater of harmful bacteria

Jason Bittel

多彩な生態系サービスを提供することで知られる、沿岸域のスーパーヒーロー「海草藻場」に、海水中の病原性細菌を除去する能力があることが明らかになった。海草藻場の存在は、サンゴ礁の病気を防ぐのみならず、ヒトの健康にも大いに関係しているとみられる。

多くの動物に安全なすみかを提供し、堆積物の安定化や栄養循環、炭素隔離において優れた能力を発揮するだけでなく、海水中の有害な細菌を除去する能力も併せ持つ海草藻場は、沿岸生態系にとってまさになくてはならない存在といえる。 | 拡大する

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海生の種子植物である海草は「藻場」と呼ばれる群落を形成する。海草藻場は、地球上で最も生産力が高く広範に及ぶ沿岸生態系であり、水質浄化機能を有していることが分かっているが、病原体を除去する能力についての評価はこれまで行われていない。今回、海草藻場には、周囲の海水に含まれる腸球菌(Enterococcus)などの病原性細菌を最大で50%除去する能力があることが明らかになった。また、海草藻場に隣接するサンゴ礁では、サンゴが病気にかかる割合が半分になるという。

海草藻場は、魚類やエビ・カニ類などさまざまな動物に安全なすみかや繁殖の場を提供し、それらの幼生や幼体を保育する「ゆりかご」にもなっている。役割はそれだけではない。海底に根を張り巡らせることで堆積物の安定化にも貢献し、また窒素やリンなどの栄養塩を吸収して光合成を行うため、栄養循環や炭素隔離の能力も非常に高い。今回、海草が海水中から病原体を除去することで沿岸域の衛生状態を良好に保っていることが、Science 2017年2月17日号で報告された1。海草藻場が提供する生態系サービスの長いリストに、新たにヘルスケアの要素が加わったのだ。

ストックホルム大学(スウェーデン)の海洋環境研究者Lina Mtwana Nordlundは、「この研究は、無視されたり忘れ去られたりしがちなことに触れています」と評価する。それは、陸から海洋に流入した汚染物質の影響を緩和する「海草の能力」のことである。

今回の研究は、海草が病原性細菌を制御する能力を評価したもので、除菌の機構はこの論文では明らかになっていない。この研究を率いたコーネル大学(米国ニューヨーク州イサカ)の海洋生態学者Drew Harvellは、その機構として、海草の光合成で生じる酸素により一部の細菌が殺菌される可能性、海草藻場に生息する濾過摂食動物が病原体をこし取っている可能性、海草の葉身の表面に微生物が物理的に吸着する可能性などを挙げている。

「海草は海水中から沈降物や粒子を除去するので、海草が周囲の海水から細菌や土壌に関連する病原体を除去していると思い至るのは自然なことです」と話すのは、全球規模で海草藻場のモニタリング・情報公開を行うプログラム「シーグラスネット(SeagrassNet)」を率いるFrederick Shortだ。「海草生育地がまた別の重要な機能を担っていることを示す、説得力のあるデータが得られたのは、実に大きな収穫です」。

海の病気

近くに海草藻場があると、サンゴは病気にかかりにくいという。 | 拡大する

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Harvellが海草藻場と病原菌との関係を調べようと考えたのは、彼女が2011年にインドネシアで開催したワークショップでの、ある不運な出来事がきっかけだった。サンゴの健全性調査のためスペルモンデ諸島のサンゴ礁でスキューバダイビングをした数日後、Harvellをはじめとする研究チームの全員がアメーバ赤痢にかかってしまったのだ。そのうちの1人は腸チフスにもかかったという。

原因は、近くの島々から流れ出た汚水に含まれる病原体だった。スペルモンデ諸島にあるような比較的小さな島々では、土壌が薄く痩せていて水を十分に吸収できない場合がある。また、こうした島の地域社会は基本的な衛生管理システムを持たない例が多く、人間の排出物やそれに付随する細菌が処理されないまま海へ流れ込むことになるのである。

2014年、試料採取のために現地を再訪したHarvellのチームは、腸球菌(哺乳類の腸管内に常在し、時として嘔吐や下痢、吐き気を引き起こす)の濃度が、一部の海域では、米国環境保護庁が安全と定める数値の約10倍に達していることを発見した。ところが、海草藻場がある海域では腸球菌の濃度はその3分の1にとどまっていた。さらに、海草藻場の近くのサンゴ礁では病気が極めて少ないことも分かった。

ジョージ・メイソン大学(米国バージニア州フェアファックス)でサンゴの病気を研究している海洋生物学者Esther Petersは、「海草がサンゴに害を及ぼす可能性のある病原性細菌を減らしているというこの研究結果は、現在さまざまな海域で発生しているサンゴ礁の消失を理解するのにとても役立つと思います」と話す。「海草の存在がサンゴにとってこれほど重要だなんて、全く考えもしませんでした」。

減少する海草藻場

今回得られた知見はさらなる発展が見込まれるが、Nordlundは、海草の種類や密度の範囲をさらに広げてより大規模な研究が行われることを期待している。海草には、海底のほんの1~2 cm上で揺れている小型種から数mの高さにそびえ立つ大型種まで、さまざまな種が存在する。また、海草の種や堆積物の組成によって根が届く深さも異なる。そのため、海草が海水中から除去できる細菌の量は、こうした諸条件によって変わってくる可能性があるとNordlundは指摘する。

一方Shortは、海草藻場の重要性を示す今回の研究結果を大いに歓迎している。それは、環境汚染や、農地・芝地からの栄養塩に富む排水、船舶による損傷など、ヒトの活動により海草の生育地が世界中で減少しつつある、という現実があるからだ。「海草を保護し回復させることの必要性を世界の人々に納得してもらうのに、今回の成果は大いに役立つでしょう」とShortは語る。

(翻訳:小林盛方)

参考文献

  1. Lamb, J. et al. Science 355, 731–733 (2017).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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