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アステカ社会崩壊の一因はサルモネラ症の可能性

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 4 | doi : 10.1038/ndigest.2017.170402

原文:Nature (2017-02-23) | doi: 10.1038/nature.2017.21485 | Collapse of Aztec society linked to catastrophic salmonella outbreak

Ewen Callaway

スペインによるアステカ帝国の征服後に現地で発生した疫病は、人類史上最悪の疫病の1つとされている。このほど500年前の遺体から細菌のDNAが採取され、この疫病に関する初の直接的な証拠が得られた。

19世紀に描かれたスペイン人によるメキシコ侵略。メキシコではその後、原因不明の伝染病が立て続けに大流行した。 | 拡大する

Bettmann/Getty

16世紀にメキシコで発生した疫病は、人類史上最悪の疫病の1つとして原住民の人口を激減させた。この疫病が、欧州からもたらされた重篤な症状の原因となる種類のサルモネラ菌によって引き起こされた可能性があるとする論文2編が、プレプリントサーバーbioRxivに投稿された。

そのうちの1編(2月8日に投稿)では、1540年代にメキシコの原住民の80%を死に至らしめた疫病と関連のある墓地に埋葬されている遺体の胃から、細菌のDNAを採集して分析した結果を報告している1

デンマーク自然史博物館(コペンハーゲン)で古代のDNAの研究をしているHannes Schroederは、この細菌DNAは、欧州人による植民地化の後にメキシコ原住民の大量死を引き起こした病原体に関する最初の遺伝学的証拠かもしれない、と考えている。彼は今回の研究には関与していないが、「非常にクールな研究だと思います」と言う。

遺体を溝に

スペインのコンキスタドールであるエルナン・コルテスが率いる軍勢が1519年にメキシコに上陸した時点では、原住民の人口は約2500万人であったと推定されている。その約100年後、スペインの勝利と幾度にわたる疫病の発生を経て、原住民の人口は約100万人にまで激減した。

これら疫病のうち特に規模の大きいものは、アステカ帝国で使用されていた古典ナワトル語で「ココリツトリ(cocoliztli)」と呼ばれた。1545年と1576年に始まった2回の大規模な「ココリツトリ」では、メキシコの高地地方に住む700万~1800万人の原住民が死亡したと推定されている。

1576年の「ココリツトリ」を目撃したフランシスコ修道会の歴史家は、「都市や大規模な町では大きな溝が掘られ、司祭たちは日の出から日の入りまで死体を運んではこの溝に投げ込んでいた」と記録している。

「ココリツトリ」の原因については研究者の間で意見の一致をみておらず、麻疹、天然痘、発疹チフスなどが疑われてきた。2002年には、メキシコ国立自治大学(メキシコ市)の研究者らが、大量死の背景にはウイルス性出血熱と激しい干ばつが重なったことがあるのではないかとする説を発表した2。彼らは、1545年の疫病の規模は、14世紀に欧州で発生した黒死病(ペスト)の大流行に匹敵すると主張している。

細菌ゲノミクス

マックス・プランク人類史科学研究所(ドイツ・イエナ)の進化遺伝学者Johannes Krauseが率いる研究チームは、「ココリツトリ」の正体を解明するため、メキシコ南部のオアハカ州の高地地方に埋葬されている29人の遺体の歯からDNAを抽出して塩基配列を決定した。その結果、5人を除く全員が、1545~1550年まで続いたと考えられている「ココリツトリ」と関連していることが明らかになった。

複数の遺体から抽出された過去の細菌のDNAを、現代の2700以上の細菌ゲノムのデータベースと比較したところ、その塩基配列はサルモネラのものと一致した。

研究チームはさらに、遺体から抽出した、損傷された短いDNA断片の塩基配列も解析し、サルモネラ・エンテリカ(Salmonella enterica)の亜種であるパラチフスC菌(Paratyphi C)の2つのゲノムを再現することができた。この細菌が引き起こす高熱を伴うサルモネラ症には、今日では主として発展途上国の人が罹患する。治療しなかった場合、感染者の10~15%が死亡する。

Schroederは、この細菌が16世紀のメキシコで疫病を引き起こした可能性は大いにあると考え、「そう主張する理由は十分あります」と言う。しかし、メキシコ国立自治大学の進化遺伝学者であるMaría Ávila-Arcosは納得していない。Krauseのチームの手法ではウイルスは確認できないため、「ココリツトリ」の原因となったのは細菌ではなくウイルスだとする説を排除しきれないからである。

病原体の由来

2017年2月14日にbioRxivに投稿されたもう1編の論文3は、パラチフスC菌が欧州からメキシコにもたらされた可能性が高いとして、Krauseらの主張を補強するものになっている。

ウォーリック大学(英国コベントリー)の微生物学者Mark Achtmanが率いるチームは、1200年頃にノルウェーのトロンハイムの墓地に埋葬された若い女性の遺体から菌株のゲノムを採取して塩基配列を決定した。論文によれば、これは今日ではほとんど見られなくなったサルモネラ菌株の最も初期の証拠であり、この菌株が欧州で蔓延していたことを証明しているという(どちらのチームも、論文を査読付き学術雑誌に投稿中であることを理由に、コメントを差し控えている)。

マックマスター大学(カナダ・ハミルトン)の進化生物学者Hendrik Poinarは、「本当のところ、私たちがやってみたいのは、両方の菌株を比較しながら調べることなのです」と言う。欧州や南北アメリカ大陸で古い時代のゲノムをもっとたくさん集めることができれば、サルモネラなどの致死的な病原体が旧世界から新世界にもたらされたか否かについて、さらなる確証が得られるはずだ。

Schroederは、パラチフスC菌がメキシコで出現する300年前にノルウェーに存在していたことは、欧州人がメキシコ原住民に腸熱を広めたことの証拠にはならないと言うが、この仮説は合理的だ。パラチフスC菌に感染した人々のごく一部は、発症することなく細菌を運ぶので、健康そうに見えるスペイン人から自然耐性のないメキシコ人に病原体が感染した可能性は大いにあり得る。

Krauseのチームは論文で、パラチフスC菌は糞便を介して伝わるため、スペイン人による征服の過程でメキシコの社会秩序が崩壊し、衛生状態が悪化した結果、サルモネラが広まりやすくなったのではないかと指摘している。

SchroederはKrauseの研究を、過去に発生した疫病の背後にある病原体を同定するための青写真を提供するものだと評価する。彼自身の研究チームは、欧州人の渡来後に作られたカリブ海域諸島の墓地の中で、壊滅的な被害をもたらした疫病と関係がありそうな所から、過去の病原体を探すことを計画している。「そうした疫病のいくつかがサルモネラによって引き起こされた可能性はかなり高いと思います」とSchroeder。

(翻訳:三枝小夜子)

参考文献

  1. Vågene, Å. J. et al. Preprint on bioRxiv at http://dx.doi.org/10.1101/106740 (2017).
  2. Acuna-Soto, R., Stahle, D. W., Cleaveland, M. K. & Therrell, M. D. Emerg. Infect. Dis. 8, 360–362 (2002).
  3. Zhou, Z. et al. Preprint on bioRxiv at http://doi.org/10.1101/105759 (2017).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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