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反水素原子の分光測定に成功

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 2 | doi : 10.1038/ndigest.2017.170202

原文:Nature (2016-12-19) | doi: 10.1038/nature.2016.21193 | Ephemeral antimatter atoms pinned down in milestone laser test

Davide Castelvecchi

物理学者の離れ業により、反物質原子による光の吸収が初めて測定され、基礎物理学の前提となっている理論が検証された。

CERNで行われているALPHA反物質実験が、反水素原子の基底状態から励起状態への遷移を測定することに成功した。 | 拡大する

CERN

欧州原子核共同研究機関(CERN;スイス・ジュネーブ郊外)の研究者たちは、水素の反物質である反水素に紫外線レーザーを照射し、その陽電子(電子の反粒子)を最低のエネルギー準位からその次に低い準位まで飛び移らせるのに必要な光の周波数を測定することに成功した。そして、水素原子における電子の同様のエネルギー遷移と高精度で一致していることを測定により確認し、2016年12月19日にNatureオンライン版1に発表した。この研究には東京大学に所属する石田明(いしだ・あきら)も参加している。

反物質がどのように光を吸収し、放出するかを調べる分光研究に何十年も取り組んできた他の研究者たちにとっても、これは待ちに待った成果だった。科学者たちは、この手法が、CPT(荷電共役変換、空間反転、時間反転)対称性と呼ばれる、物理法則の根本的な対称性の新たな検証法になることを期待している。

CPT対称性によれば、物質と反物質のエネルギー準位は同じでなければならない。この大前提に少しでも反している点があれば、素粒子物理学の標準モデルは真剣に考え直す必要がある。

ヨハネス・グーテンベルク大学マインツ(ドイツ)の分光学者Randolf PohlはNatureへの電子メールで、「彼らの長年にわたる努力がついに実り、反水素の光学分光に成功したのです。エキゾチック原子研究の一里塚といえる重大な成果です」と、今回の偉業を手放しで賞賛する。

SLAC国立加速器研究所(米国カリフォルニア州メンロパーク)の理論物理学者Michael Peskinも、「この実験ができるほど反物質を制御することができたという点に驚かされました」と語る。

冷たい反水素

反物質は物質と出合うと対消滅してしまうため、その研究は極めて困難だ。CERNのALPHA実験チームは、磁気トラップ中に反水素を閉じ込める方法を2010年に実証して以来、反水素と光の相互作用の研究に取り組んできた。

ALPHA実験チームは、放射性物質から放出された陽電子を、粒子加速器を使って作り出し、減速して冷却した反陽子と混合することにより、約15分ごとに約2万5000個の反水素原子を生成させることができる。

これらの反水素原子の大半は、熱すぎる(つまり、あまりにも高速で運動し、エネルギー状態が高すぎる)ので、分光研究には適さない。そのため研究者たちは、大部分の熱い反水素原子を磁気トラップから脱出させることにより、最も遅く、最もエネルギーの低い少数のものだけを残す必要があった。ALPHAチームの代表Jeffrey Hangstは、この技術を完成させるのに何年もかかってしまったと言う。「反水素を作るだけなら比較的簡単なのですが、冷たい反水素を作ることは非常に難しいのです」。

そしてついに、ALPHAチームは、特定の周波数のレーザーを照射したときに、反水素原子が水素原子のように振る舞うかどうかを検証することができた。今回の実験により反水素と水素の遷移周波数が100億分の2の精度で一致することが確認できたと論文中で報告している。

「ALPHAチームは、途方もない努力の末に、ついに測定に成功したのです。この気持ちをどう表現すればよいのか、言葉が思いつきません」とHangst。

研究者たちの次なる目標は、広い範囲のエネルギーのレーザーで反水素を調べることだ。これにより、物質と反物質の性質の違いやCPT対称性を、より厳密に検証することが可能になる。

Peskinによると、ひも理論など、重力を素粒子物理学の他の3つの基本的な力と統合することにより標準モデルを超えようとする理論の多くが、CPT対称性はどこかで破れているとしているという。「自然界でCPT対称性が本当に破れていないのか、確実なところはまだ分からないのです」。

CERNでは、ALPHAの他にATRAPとASACUSAという2つの実験チームが反物質の分光測定に取り組んでいる。ATRAPチームのリーダーであるハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の物理学者Gerald Gabrielseは、今回ALPHAチームが報告した反水素におけるエネルギー遷移を測定する実験を30年前に初めて提案した人物だ。「私たちは彼らより10年も先に実験を始めていましたが、彼らの方が先に結果を出しました。ALPHAチームにおめでとうと言いたいですね」。

(翻訳:三枝小夜子)

参考文献

  1. Ahmadi, M. et al. Nature (2016).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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