Editorial

ヒト胚を用いたゲノム編集研究の倫理性確保

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 12 | doi : 10.1038/ndigest.2017.171238

原文:Nature (2017-09-21) | doi: 10.1038/549307a | Take stock of research ethics in human genome editing

CRISPR–Cas9法を用いたヒト生殖細胞系列のゲノム編集研究の進展により、ヒト胚の研究に対して緊急に必要とされるいくつかの倫理的配慮に光が当たっている。

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ZEPHYR/SPL/Getty

ゲノム編集技術を用いてヒト胚のDNAを改変する実験の結果が、2017年9月20日にNatureオンライン版に発表された。この研究を行ったのはフランシス・クリック研究所(英国ロンドン)のKathy Niakanらで、CRISPR-Cas9法を用いてOCT4遺伝子に変異を導入することで、受精卵が分裂して増殖し始めて細胞運命が決まる際にこの遺伝子がどのように必要とされるかを明らかにしたのだ(N. M. E. Fogarty et al. Nature http://dx.doi.org/10.1038/nature24033)。

これは、ヒト生物学の基本的問題に取り組むことを目的とした研究だが、初期発生事象を解明することは、体外受精(IVF)治療における受精卵の培養条件の精緻化にも将来役立つ可能性があり、また、ゲノム編集技術の基盤となる機構に関する重要な情報も得られる。この受精卵は、IVF治療を受けた男女のカップルから提供された余剰受精卵で、わずか数日間の培養実験しか許されていない。

これと関連して、CRISPR–Cas9法を用いたヒト胚のゲノム編集によって特定の遺伝的変異を修正する過程を調べた論文がNature 2017年8月24日号に掲載された(H. Ma et al. Nature 548, 413–419)。この実験は、オレゴン健康科学大学(米国ポートランド)のShoukhrat Mitalipovらによって実施されたが、不妊治療クリニックから提供されたヒト胚ではなく、提供された卵を変異遺伝子の保有者の精子により実験的に受精させたものが用いられた。

これらの研究論文の出版は、関係者全員がこの種の研究の進め方を再検討して議論を進める好機と思われる。

倫理面のコンセンサス

効率的なゲノム編集ツールとしてのCRISPR–Cas9法の開発に対しては厳しい視線が注がれている。ヒトの生殖細胞系列に対しこのツールを利用することで、科学者が永続的な改変を加えてしまう可能性が生じるからだ。複数の専門家グループが、こうした倫理的課題を整理し、ヒト胚の遺伝子編集研究を最も適切に進めるためのいくつかの勧告を発表している。さまざまな分野の専門家が集まった倫理に関するコンソーシアムであるヒンクストン・グループ、全米アカデミーズ(US National Academies of Science, Engineering, and Medicine)、国際幹細胞学会などの団体が、それぞれの活動に基づいた総合指針を公表し、ヒト生殖細胞系列のゲノム編集は、基礎生物学研究という科学的目的のある場合に正当化されるという勧告を示している。

しかし、これらの総合指針には、臨床的手段となり得るゲノム編集の安全性と正確性と実行可能性を確認するために相当な規模の基礎研究を要することも示されている。従って、ゲノム編集の臨床応用を考えるのは、研究によって強固な基盤が形成されてからのことであり、代替法の慎重な検討と社会的議論の進展を経て承認された症例についてのみとすべきものとされる。

Natureで発表された2つの研究のいずれもが、いくつかの基礎科学の論点に答えることを目指しており、総合指針(Natureの方針はgo.nature.com/2xigr4g参照)を踏まえて開始時、実施時、査読時に厳正かつ徹底した倫理評価が行われた。また、いずれの研究も関係当局の認可を受けており、胚、卵、精子を提供した男女のカップルの全面的な倫理的承認と同意を得ている。

この2つの研究は、いくつかの点で貴重だといえる。つまり、ヒト胚の生物学的性質とヒト胚を用いたゲノム編集の機構と考えられるものに関する重要な知見が得られるだけでなく、この分野での将来的なプロジェクトの計画と評価を行う研究者、研究助成機関、研究論文誌、規制当局にとって参考になる技術的問題と倫理的問題に光を当てているからだ。

とりわけ、ヒト生殖系列のゲノム編集のさまざまな側面を調べる研究プロジェクトに必要な胚の種類と数量の妥当性を正しく評価することの重要性が2つの研究で示されている。

不妊治療クリニックから提供された余剰のヒト胚を用いることは、実験的に受精させた胚を用いるよりも一部の研究論点の解明に適しているかもしれない。また、提供された胚には固有の変動性があるため、CRISPR–Cas9法によるゲノム編集の際に発生し得る予期せぬ「標的外の」遺伝的変化の発生率などの論点を調べるための厳密性と現実性に優れた実験環境が得られる可能性もある。しかし、特定の変異の選択的修正を行う研究は、当分の間、変異DNAを有する卵や精子の提供を受け、研究室内で受精を行う方法に依存し続ける可能性が非常に高い。

いずれの方法が用いられる場合でもNatureは、「ドナーから提供された材料を使って実施される研究の内容を、論文のmethods欄の記載のとおりに正確かつ詳細にドナー全員に通知すべきだ」という原則を全面的に支持する。

研究者は、卵や精子の提供者に関する情報の機密性保持を踏まえて、科学的、倫理的にバランスのとれた配慮をした上で、適切な数量の胚を使用する決定をしていることを示さなければならず、この貴重な材料の使用量を最小限に抑えつつ、実験によってロバストな科学的答えが確実に得られるようにしなければならない。このことは、上記2研究がそうであったように、意図した研究を最初にヒト多能性幹細胞またはマウス胚を使って実施して実験条件の最適化を行わなければならないことを示唆しているかもしれない。また、学術誌や査読者、編集者は、査読時に提起された問題に答えるための方法として、ヒト胚以外のシステムを用いるのが可能かどうかを検討しなければならない。

ヒト胚を用いて仮説を証明する研究を行う前に、代替のものを使った初期研究を報告する論文の査読および出版のための審査を行うことができるかどうかは、研究コミュニティーが検討すべき1つのポイントだ。この独立した査読は、規制当局によるプロジェクト本体の審査と並行して行われる可能性があり、胚の由来と実験の制限を決める際に参考になる可能性がある。

研究によって具体的な要求事項が異なるだろうが、その評価をできるだけ早期に行うための強固な枠組みを持つことが、最も高い要求水準に適合させるための最善の方法だと思われる。規制当局、研究助成機関、研究者と編集者は、生殖細胞系列のゲノム編集に至る道の詳細を定めるための共同作業を続けて、現在利用可能な貴重な資源とツールを的確な判断力をもって利用できるようにする必要がある。

(翻訳:菊川要)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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