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ゲノム刷込みを維持し高効率にES細胞作製

–– ES細胞のゲノムインプリンティングに着目され、大きな成果を上げられました。

山田: はい。DNAのメチル化に代表されるように、ゲノムは部分的な化学修飾が施されることで、遺伝子発現が抑制されたり、促進されたりといった制御がなされています。このような、塩基配列によらない遺伝子制御の仕組みを「エピゲノム」といいます。私の研究室では、エピゲノムの異常が発がんやがんの進行にどのように関与しているかについて、解明を続けてきました。

例えば2013年には、細胞を中途半端に初期化するとエピゲノムが異常になり、遺伝子に変異がなくてもがん化することをマウスで示しました1。今回は、エピゲノムの1つであるインプリンティング(ゲノム刷込み)がES細胞において正常に保たれているのか、何らかの異常があるとしたらそれがES細胞の分化能とどのように関与しているのかといったことを解析しました2。ウエットな実験を担当したのは、博士課程3年の八木君です。

–– ゲノムインプリンティングとはどんな機構ですか?

山田: 私たちのゲノムは両親から半分ずつ等しく受け継いだもので、母親由来の遺伝子と父親由来の遺伝子は機能的に差がないように制御されています。ただし、ごくわずかに例外があります。発生前、つまり生殖細胞の段階で、一方に由来する遺伝子しか働かないように、メチル化により不活化されているものが、約150個あるのです。

この仕組みは、遺伝子にあたかも印(インプリント)が付けられているように見えることから、ゲノムインプリンティングと呼ばれています。ゲノムインプリンティングは全ての体細胞で一生保たれますが、生殖細胞では消去と書き込みを経て次世代に受け継がれます。哺乳類の発生過程では、この記憶の維持が極めて重要であることなどが分かっています。

–– 八木さんが今回の研究を手掛けた経緯は?

八木: 私は工学部バイオ工学の出身で、学部生時代は、研究ツールとして使うモノクローナル抗体の作製などを主なテーマにしていました。生物学を勉強し始めたのは大学入学後で、iPS 細胞のことを知って、iPS細胞やES細胞に関連した研究がしたいと漠然と考えるようになりました。2013年、山田先生の研究室に修士課程の学生として入ることができ、体細胞からiPS細胞への初期化過程でゲノムインプリンティングが安定して維持されているかどうかを主にマウスで検討することになりました。

研究の一環で、iPS細胞の対照用にES細胞も樹立したのですが、そのメチル化を調べてゲノムインプリンティングが消去されていることに気付きました。このES細胞は、2008年に開発された新しい手法(2i/L法)で樹立したものでした。そこで、従来法(S/L法)で樹立したES細胞でも調べたところ、こちらはゲノムインプリンティングが維持されていました。ほぼ同じ頃、「2i/L法ではゲノム全体で脱メチル化が起きる」との報告もあり、2i/L法ではゲノムインプリンティングの記憶が消えてしまうのではないかと思い至り、今回の研究を始めました。

図1 2i/L法のES細胞で消えていたインプリント
2i/L培地で樹立したES細胞はゲノムインプリンティングを消失する。左図はメチル化レベルを示す(赤:母方アレル、青:父方アレル、黒:全体)。2i/L培地で樹立したES細胞はインプリンティング遺伝子を両アレルからの発現を示す。右図は発現アレルの割合を示す(黄:母方アレル、青:父方アレル、黒:両アレル)。

–– 次世代シーケンサーによる解析部分は、山本先生が担当されたのですね。

山本: はい、今回の研究で私は、八木君が持ち込む生データのメチル化解析や遺伝子発現解析を担当しました。彼が欲する形に「見える化」するドライ作業が任務だったといえます。私はウエットな実験生物学者でもあり、私の研究室では体細胞の初期化や分化の研究を行っています。大学院時代には細胞周期などのシグナル伝達系の研究をしていて、情報生物学を専攻したことはないのですが、コンピューターが好きでプログラミングなども手掛けるようになりました。次世代シーケンサーを使った解析を始めたのはCiRAに着任してからです。

–– ES細胞の樹立法についてご説明いただけますか?

八木: マウスのES細胞は、受精卵が胚盤胞期まで発生が進んだところで内部細胞塊(胚盤胞内部にある、多能性を持つ細胞集団)を取り出し、特殊な培地で樹立します。1980年代以降2007年ごろまで使われていた培地は、血清(Serum)と白血球遊走阻止因子(LIF)を加えたS/L培地でした。ただし、S/L法には、ES細胞の樹立効率が低い(マウスで約30%)、できたES細胞のコロニーごとの遺伝子発現レベルが不均一、メチル化レベルが内部細胞塊に比べて高い、など課題がありました。

これらを解決する新手法として2008年に登場したのが2i/L法です。2i/L法はあっという間にS/L法に取って代わりました3。新手法では、血清の代わりにMEK1/2阻害剤(MAPキナーゼシグナルを遮断)とGsk3β阻害剤(Wntシグナルを活性化)を添加し、樹立効率はマウスで約90%と極めて高いのが特徴です。2013年ごろまでに、2i/L法で培養したES細胞の遺伝子発現レベルやメチル化の解析も進みました。コロニーごとの遺伝子発現レベルが均一であること、ゲノム全体でDNAメチル化レベルが低くなること、ゲノムインプリンティング領域のメチル化に異常ないことなどが、次々と報告されたのです4-6

このうちの3点目は、私が2013年に見いだしたゲノムインプリンティングの異常と矛盾するのですが、その理由は、使われていたES細胞が、S/L法で樹立された後に短期間2i/L法で継代培養されたものだったためと考えられました。そこで私は、2i/L法で新たにES細胞を樹立し、メチル化の記憶が正常に維持されているかどうかをきちんと調べてみることにしたのです。

図2 マウスES細胞の樹立方法と得られた細胞の性質の違い
2008年に開発された2i/L培地は、S/L培地に比べてES細胞の樹立効率が高く、多能性関連遺伝子の発現の均一性を保ち、ゲノム全体でのDNA低メチル化を誘導することが知られている。

–– 2i/L法で樹立したES細胞が解析に用いられなかったのはなぜでしょうか?

山田: 最大の理由は、メチル化解析に適した系統のマウスが手に入らなかった点にあると思います。今回のようにゲノムインプリンティングを詳細に解析するには、対象とする遺伝子が父方由来か母方由来かを見分ける必要がありますが、遺伝的に均一な実験用マウス由来のES細胞では不可能です。幸運なことに、私たちは国立遺伝学研究所(静岡県三島市)の敷地内で捕獲された野生種由来のマウス(MSM系統)を使うことができ、これが研究を成功に導きました。MSM系統は、一般的な実験用マウスと遺伝的に大きく離れており、ゲノム配列は約100塩基対に一塩基対の割合で異なっています。私たちは、父方をMSM 系統に、母方を一般的な近交系マウスの129系統(あるいは、その逆)にし、配列の差を目印にすることで、解析している遺伝子のゲノムインプリンティングが父母のどちら由来なのかを厳密に区別できるようにしたのです。

–– 具体的に、どのような手順で解析されたのですか?

八木: まず、MSM系統と129系統のマウスを交配し、2i/L法で4株(雌雄各2株)、S/L法で4株(雌雄各2株)のES細胞を樹立しました。そして各株からゲノムを抽出し、ゲノムインプリント領域として知られる16の領域について、DNAのメチル化と発現レベルを大規模に解析しました7。高精度な解析には、計1億リード程度読む必要があるのですが、1500万リード読めば十分な技術を山本先生が開発されたことで、研究を加速できました。

その結果、2i/L法によるES細胞では父親由来、母親由来ともに、ゲノムインプリンティングが消えていることが明らかになりました。ただし、消去の程度には雌雄差があり、雌のES細胞ではゲノムインプリンティングによるメチル化が全て消去されており、雄のES細胞では一部のメチル化が外れた程度でした。完全な証明はできていないのですが、このような雌雄差は、活性型X染色体を2本持つ雌ES細胞では、メチル化維持に関与する遺伝子(Uhrf1)のタンパク質レベルが低いことが原因ではないかと考えています。

山田: 先行研究において、2i/L法による雌のES細胞を使うことで研究結果がおかしくなった、といった報告はありません。多くの研究者が、自身が研究に用いたES細胞の分化能を確認するために、ES細胞を注入した受精卵を子宮に戻し、キメラマウスとして生まれてくるかどうかを検証しており、2i/L法による雌のES細胞を使っても正常な雌マウスが生まれることが確かめられています。

今回は、より厳密に分化能を検証しようと考え、キメラマウスではなく「全身がES細胞でできたマウス」として生まれてくるかどうかを、核移植と四倍体補完法という2つの方法で調べました。核移植によるクローンマウス作製は、山梨大学生命工学科発生工学研究センターの若山照彦教授に全面協力いただきました。

一方の4倍体補完法では、2細胞期胚を電気刺激により融合させて染色体を倍化(4n)させ、得られた胚盤胞にES細胞を導入して個体を得ます。4nの胚は胎盤形成には至るのですが、染色体異常のため体細胞には分化せず、胎仔には寄与しません。ES細胞にない胎盤形成能部分のみを4nの細胞に補ってもらうわけです。

–– どのような結果だったのでしょう?

八木: 核移植によるクローンマウスも4倍体補完法によるマウスも、発生が途中で異常になり、生まれてきませんでした。このことは、ゲノムインプリンティングを失ったES細胞には正常個体を発生させる能力がないことを端的に示しています。対照実験としてS/L法で樹立したES細胞でも行いましたが、こちらは正常なマウスが生まれてきました。

図3 MSM系統×129系統由来のES細胞樹立と実験フロー
a. MSM系統×129系統由来の受精卵(F1世代の胚)を用いることで、インプリンティング領域の高精度解析が可能に。
b. t2i/L培地およびa2i/L培地でES細胞を樹立。①樹立効率が高く②遺伝子発現は内部細胞塊に類似し③インプリンティングを維持し④高い個体発生能を有していた。

本当に、培地だけが原因でゲノムインプリンティングが消えてしまったのか。この点を確かめるために、培養条件を変えて同じ実験をしてみました。MAPキナーゼ経路の抑制とDNA脱メチル化を関連付ける先行研究8があったことから、MEK1/2阻害剤に原因があるのではないかと考え、MEK1/2阻害剤濃度を5分の1(0.2µM)にした「t2i/L培地」と、MEK1/2阻害剤の代わりにSrc阻害剤を用いた「a2i/L培地9」でES細胞を樹立し、一連の実験を行ったのです。Src阻害剤は、MEK1/2阻害剤とは異なるルートで細胞分化を抑制する因子です。

結果、樹立後早い段階のES細胞では、雌雄ともにゲノムインプリンティングが維持されており、4倍体補完法によって正常なマウスが生まれてくることが確認できました。一方で、継代を重ねるほど、雌のES細胞ではゲノムインプリンティングが徐々に消去されていくことも分かりました。原因はすでに述べたUhrf1タンパク量レベルの低下にあると予想しています。

–– 一連の成果から、どのようなことが言えるのでしょうか?

山田: まず言えるのは、私たちのt2i/L法やa2i/L法によるES細胞は、樹立直後の状態では、雌雄ともにゲノムインプリンティングを維持した高品質な細胞だということです。今回のような知見が増えることで、用途に応じたES細胞の樹立を行えるようになるかもしれません。

今回の成果はマウスでのものですが、ヒトの多能性幹細胞の応用にも重要だと考えています。マウスと異なり、ヒトのES細胞やiPS細胞は着床後胚の性質に類似しており、ゲノムインプリンティングは維持されていると思われます。ところが最近になって、このようなヒトのES細胞やiPS細胞を2i/L培地を用いて「着床前胚に類似した細胞」へ変換させると、得られた細胞ではゲノムインプリンティングが消失しているとの報告がありました10。今後、医療応用を目指す場合には、ゲノムインプリンティングの問題が再生医療に影響を及ぼすのかどうか、そうであれば、どう影響するのかといったことを、慎重に見極める必要があると考えます。

–– 山本先生にお伺いします。情報解析を担当され、どのようなご苦労がありましたか?

山本: 八木君は、非常に綺麗なデータを出してくれて、どのようなイメージの結果を希望するかなども実に丁寧に説明してくれたので、大きな苦労はありませんでした。私自身がウエットの実験も行うので、膨大な数のパラメータをどう調整したらよいかや、どこにバイアスが入りやすく、何を取り除いたらよいかなどを明確に見極めながら進められたのが大きかったのかもしれません。

山田: 今回のような解析は、プロトコルを組み立てていけば可能なのだと思いますが、それがなかなかできない。私たちを含め、多くの方が苦労されている部分だと思います。実は、山本先生のすごさは広く知られつつあり、「データ解析は山本先生に」とご指名が入ることも多々あるようです。もちろん、八木君が非常に緻密にサンプリングし、丁寧に実験を積み重ねたからこそ、の情報解析だったことは言うまでもありません。

–– ありがとうございました。

聞き手は、西村尚子(サイエンスライター)。

Author Profile

山田 泰広(やまだ・やすひろ)

CiRA 未来生命科学開拓部門 教授
1997年に岐阜大学医学部卒業後、1999年岐阜大学医学部助手。2003年マサチューセッツ工科大学(MIT)ホワイトヘッド研究所研究員。帰国後、岐阜大学大学院・講師、准教授を経て2009年にCiRA主任研究員に。2012年より現職。

山田 泰広氏

山本 拓也(やまもと・たくや)

CiRA 未来生命科学開拓部門 特定拠点講師
2001年に京都大学理学部卒業後、2006年同大学大学院にて博士号取得(生命科学)。同年に同大学大学院博士研究員、2009年同大学物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)助教、2010年CiRA特定拠点助教を経て、2016年より現職。

山本 拓也氏

八木 正樹(やぎ・まさき)

CiRA 未来生命科学開拓部門 大学院生
2013年大阪市立大学工学部卒業。2015年に京都大学大学院に進学し、博士後期課程に在籍。

八木 正樹氏

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2017.171121

参考文献

  1. Ohnishi,K. et al. Cell 156, 663–677 (2014).
  2. Yagi, M. et al. Nature 548, 224–227 (2017).
  3. Ying, Q.-L. et al. Nature 453, 519–523 (2008).
  4. Ficz, G. et al. Cell Stem Cell 13, 351–359 (2013).
  5. Habibi, E. et al. Cell Stem Cell 13, 360–369 (2013).
  6. Marks, H. et al. Cell 149, 590–604 (2012).
  7. Tomizawa, S. et al. Development 138, 811–820 (2011).
  8. Choi, J. et al. Cell Stem Cell 20, 706–719 (2017).
  9. Shimizu, T. et al. Stem Cells 30, 1394–1404 (2012).
  10. Pastor, W. A. et al. Cell Stem Cell 18, 323–329 (2016).