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魚が流れを感じて危害を避ける仕組み

魚にとって、この世界を生き抜くことは容易ではない。捕食者と障害物を避けて生き延びるためには、常に警戒が必要だ。特に、岸に近い場所ではそうだ。多くの魚は、危害を逃れるために視覚的な手掛かりを利用しているが、水中に潜む危険の多くは目に見えない。流れは絶え間なく乱れていて予測できず、用心していない魚は進みたいコースから遠く離れた所に運ばれたり、水中の物体に衝突させられたりする。また、生まれつき目が見えない魚もいるし、光が乏しく、視覚的な手掛かりはほとんど得られない領域に住む魚もいる。しかし、そうした状況でも、魚は上手に同じ場所にとどまり(位置保持)、障害物を避けることができる。

ゼブラフィッシュ(Danio rerio)。 Credit: Mirko_Rosenau/iStock /Getty Images Plus/Getty

魚がこうしたことが可能なのは、魚の体の側面の側線という部分にある、運動を感知する有毛細胞の働きのためだとされてきた1,2。では、側線は局所的な水の運動パターンをどのようにして感知し、魚はその情報を水中の航行にどのように使っているのだろうか。ハーバード大学分子細胞生物学科(米国マサチューセッツ州)のPablo Oteizaらは今回、流体力学の強固な原理に基づく、すっきりして簡潔なメカニズムを提案し、Nature 2017年7月27日号445ページで報告した3。このメカニズムで必要なのは、流れに応じて、方向を変えることなく泳ぎ続けるか、方向転換を行うかの単純な選択をすることだけだ。

Oteizaらは、ゼブラフィッシュ(Danio rerio)の幼生を透明の円筒形チューブの中で泳がせる実験を行った。水は、チューブに一定の速度で流入する。チューブの内壁に近い場所では、摩擦によって水流は遅くなり、内壁と接する水は静止している。チューブの中心では流れは最も速い。こうして流速の空間的な勾配(グラジエントとも言い、空間的な変化率を示す)ができる。

ゼブラフィッシュは、チューブの中の内壁から離れた所に自身の位置を保つことができること、また、体の向きをコントロールして水の流れと逆向きに泳ぐことができることをOteizaらは確かめた(図1)。これは、これまでの研究結果と一致している4-6。この2つの技能は、自然界での位置保持と障害物回避に役立つ技能なので、この実験で、野生のゼブラフィッシュの遊泳プロセスを模擬し、調べることができる。Oteizaらは、側線の機能を化学的に失わせ、また、視覚的な手掛かりを取り除くために暗闇の中で実験を行った。この結果、ゼブラフィッシュが流れに応じて向きを定めた運動(走流性と呼ばれる)を達成するには側線が必要であること、また、内壁との接触や、自身を取り囲む水の一様な加速の感知によって体の向きを定めているわけではないことを実証した。

図1 流れに応じた魚の航行
a. 魚が泳ぐとき、どのようにしてその位置を調節しているかを解明するため、Oteizaらは3、チューブの中のゼブラフィッシュの幼生が流れにどのように応答するかを調べた。チューブの中の水は、中心では高速で、内壁の近くでは低速で流れる。青い矢印は、水の流れの方向を示す。ゼブラフィッシュは、側線と呼ばれる一連の有毛細胞(細胞の位置を赤色で示している)を持ち、この側線系で、魚を囲む閉曲線(青色の点線)の中の水の流れを感知できるとOteizaらは提案している。彼らは、ケルビン・ストークスの定理7により、感知した流体の流れを、閉曲線の内側の流体の回転(渦度と呼ばれる量)と、それに対応する流速勾配の情報に翻訳できること、さらに、流体の流れのこれらの量を感知することが魚の航行に役立つことを実証した。
b. Oteizaらは、流速の勾配が大きくなる領域に向かってゼブラフィッシュが進むとき、魚は水の局所的な回転(図には示されていない)と同じ方向へ向きを変える(紫色の矢印)ことを見いだした。その回転方向は、障害物から離れる方向でもある。
c. ゼブラフィッシュは、流速の勾配を側線で感知して航行することにより、壁を避け、チューブの中心を泳ぐことができる。この能力は、魚が自然界の水中環境で航行することを可能にしているのかもしれない。自然界の水中の環境は複雑で、視覚的な手掛かりが不十分である場合もある。

側線は、魚が体の向きを定めるのにどのように役立っているのだろうか。その解明のカギになったのは、Oteizaらが数学のケルビン・ストークスの定理を応用したことだ7。この定理は、いずれも19世紀に活躍した物理学者のウィリアム・トムソン(ケルビン卿)とジョージ・ストークスから名付けられた。同定理を踏まえると、多くの場合、流体のあらゆる領域における流速の局所的な勾配は、その領域を取り囲む閉曲線に沿う流れの速度に一意に関係付けられる。つまり、もしも泳いでいる魚が、その体のさまざまな部分に沿う水の流速の知識を結び付けることができれば(側線系で可能と考えられる)、集めた情報から流速の局所的な勾配を推定できるということだ。ただし、この関係は、流速の局所的な勾配が、流体の局所的な回転(渦度と呼ばれる量)に関係することを踏まえている。

流速の勾配と流体の回転との関係を理解する1つの方法は、次のようなボートを想像することだ。ボートは水の流れがやって来る方向に船首を向けて浮かんでいる。ボートの右側を流れ過ぎる水は、左側を流れ過ぎる水よりも速いとする。このとき、もしもボートがただ浮かんでいるだけだったら、上から見たとき、ボートは右回りに回転し始めるだろう。この回転の速度は、ボートの両側の流速の差に比例するだろう。ボートの両側の流速の差は、流速の、ボートを横切る方向の勾配を形成する。これと同じ情報の獲得方法が、今回提案された、ゼブラフィッシュが流れに応じて航行するメカニズムの核心にある。魚は、側線によって体の周りの流速を感知し、それに対応する局所的な渦度を推定し、渦度に比例する局所的な流速勾配を見積もるのだ。

魚がうまく航行するためには、局所的な流れの状態の知識を利用して、危害に近づかないように確実に導く戦略が必要だ。Oteizaらは、この戦略を示す、印象的な観察結果を得た。流速の勾配は、チューブの中心付近は小さく、内壁の近くでは大きい。ゼブラフィッシュは、以前の場所と比較して流速の勾配が大きくなる領域へ進んだときは、流れの局所的な渦度の回転方向へ回転して向きを変えた。この行動は、魚を内壁近くの領域から確実に離し、向かって来る流れの中心に向かうように導く。逆に魚が、以前の場所と比較して流速の勾配が小さくなる領域に進んだときは、魚は向きを変えることなく、同じ方向に泳ぎ続けた。流速の勾配は通常、硬い物体から魚が離れると減少するから、この航行戦略は、実世界の障害物や捕食者の体の回避につながるはずだ。

Oteizaらは、彼らが発見した戦略の有効性を、制御された実験の枠を超えて確かめる重要な一歩を踏み出した。計算機シミュレーションを開発し、準乱流の中でも彼らが発見した戦略が走流性を強固に再現することを示したのだ。しかし、実際の水中の環境には、水平面内での方向転換だけでは航行できない3次元流など、その他の問題も存在する。さらに、提案された航行戦略の基礎にあるケルビン・ストークスの定理は、獲物を飲み込むために一部の捕食者が使う吸引する流れなど4、水の局所的な湧き出しや吸い込みが近くにある場合は成り立たないことがある。また、走流性を説明するために提案されたこの仕組みは、逆説的だが、流速の勾配は確かに小さいものの、流速が一様で速い領域へ魚を導く可能性もある。その流れは、強い流れから逃れる魚の能力を上回るかもしれない。だから、Oteizaらが報告したメカニズムはおそらく、他の感知戦略と組み合わされているのだろう。その戦略はまだ見つかっていないが、魚が水中という複雑な世界を航行することを可能にするもので、これも側線を使用しているのかもしれない。このような魚の流れの感知と制御技術の全てが明らかになるとき、私たちは、魚の生態についてより多くを学ぶだけではなく、水中および空中でのバイオロボットの航行についても新たなヒントを得るかもしれない。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2017.171029

原文

How fish feel the flow
  • Nature (2017-07-27) | DOI: 10.1038/nature23096
  • John O. Dabiri
  • John O. Dabiriは、スタンフォード大学(米国カリフォルニア州)に所属。

参考文献

  1. Dijkgraaf, S. Biol. Rev. Camb. Phil. 38, 51–105 (1963).
  2. Montgomery, J. C., Baker, C. F. & Carton, A. G. Nature 389, 960–963 (1997).
  3. Oteiza, P., Odstrcil, I., Lauder, G., Portugues, R. & Engert, F. Nature 547, 445–448 (2017).
  4. Olszewski, J., Haehnel, M., Taguchi, M. & Liao, J. C. PLoS ONE 7, e36661 (2012).
  5. Suli, A., Watson, G. M., Rubel, E. W. & Raible, D. W. PLoS ONE 7, e29727 (2012).
  6. Olive, R. et al. Front. Syst. Neurosci. 10, 14 (2016).
  7. Saffman, P. G. Vortex Dynamics (Cambridge Univ. Press, 1992).