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CRISPRでヒト胚の遺伝子変異を修復

遺伝性の肥大型心筋症の原因となるMYBPC3遺伝子の変異を、遺伝子編集によって修正したヒト胚。 Credit: OHSU

CRISPR–Cas9系は、ゲノムをかなり容易に、かつ正確に変えることができる遺伝子編集技術である。オレゴン健康科学大学(米国ポートランド)の生殖生物学の専門家Shoukhrat Mitalipovが率いる韓国や中国、米国の国際共同研究チームはこのたび、CRISPR–Cas9系による遺伝子編集技術を使って病因の変異の修正を試み、効率や正確さの点で従来の試みを大幅に上回るとする研究結果を、Nature 2017年8月24日号で報告した。

今回、研究チームが修正の対象としたのは、MYBPC3という遺伝子に生じた1個の変異である。この変異は心筋を肥大させ、肥大型心筋症という疾患を引き起こす。肥大型心筋症は、若い運動選手の突然死の主な原因だ。今回標的にした変異は顕性(優性)遺伝するので、子どもはこの変異遺伝子を1コピー受け継ぐだけで、その影響を受けることになる。

なお、この遺伝子編集実験1では、処置したヒト胚を着床させる予定は最初から組み込まれてはいなかった。

この研究では、ヒトの遺伝子治療へのCRISPR–Cas9系使用をめぐる議論で懸念されてきた、安全性に関する2つの障害の解消に取り組んだ。つまり、目的以外の望ましくない遺伝的変化(オフターゲット変異と呼ばれる)を作り出すリスクと、1つの胚の中に遺伝子編集で修正された細胞と修正されていない細胞が混在する「モザイク」を作り出すリスクだ。研究チームは、オフターゲット変異を示す証拠は見つからず、58個の胚を使った実験でできたモザイクは1例だけだったと述べている。

中国のいくつかの研究チームはすでに、CRISPR–Cas9系を使ってヒト胚の疾患関連遺伝子を改変したことを報告している。またスウェーデンや英国でも、この技術を使ってヒト胚の発生初期段階を調べる研究が進行中である(Nature 532, 289–290; 2016を参照)。こちらの研究の目的は、基礎的な生殖生物学や発生生物学を解明することや、早期流産の原因の一部を解明することである。

今回Natureに報告されたMitalipovらの研究では、ヒト胚を使った実験は米国で行われた。米国では、ヒト胚研究への連邦予算からの資金提供は認められていないが、民間からの資金提供による研究は違法ではない。

Mitalipovらの研究チームは、CRISPR–Cas9系による遺伝子編集の安全性を高めるために、いくつかの対策を講じた。この遺伝子編集技術には、ガイド役のRNA分子の案内に従ってゲノムの標的部位を切断する「Cas9」というDNA切断酵素が必要である。Mitalipovらは、切断酵素などをコードするDNAを細胞に導入するという通常のやり方を採らず、Cas9タンパク質をあらかじめガイドRNAに結合させた形で細胞内に直接注入した。Cas9タンパク質は、それをコードするDNAよりも速く分解されるので、この手法によりCas9がDNAを切断できる時間を短縮させられるのだと、本研究の共著者である基礎科学研究所(韓国テジョン)のゲノム工学者Jin-Soo Kimは話す。「オフターゲット変異が蓄積される時間はほとんどありません」。

Mitalipovらはオフターゲット変異は見つからなかったと報告したが、「そうした変異が生じていないとは言い切れません」と、マサチューセッツ総合病院(米国ボストン)で遺伝子編集を研究しているKeith Joungは注意を促す。

モザイクを最小限に

Mitalipovらはさらに、モザイク胚ができるリスクを減らす試みとして、受精用の精子を卵に注入する際、CRISPR–Cas9系成分を同時に注入した。この注入時期は、他のチーム2がヒト胚の遺伝子編集を試みたときのCRISPR–Cas9系成分の注入時期よりも早い発生段階に当たる。また、マウス胚での研究からは、父方ゲノムを遺伝子編集の標的にした場合にモザイク化を排除できることがすでに明らかになっている3

Mitalipovらが、58個のヒト胚に、MYBPC3変異を持つ精子とCRISPR–Cas9系を同時に注入したところ、そのうち42個でMYBPC3遺伝子の正常コピーを2つ持たせることに成功し、モザイクになったのは1個だけだった。それに対して、受精の18時間後にCRISPR–Cas9系を注入した場合には、処置した54個の胚のうち13個がモザイクになった。

今回の研究は、モザイク生成率の低さと遺伝子編集の有効率の著しい高さという点で際立っていると、Mitalipovらの論文に関するNews & Views4の共著者である、カロリンスカ研究所(スウェーデン・ストックホルム)の幹細胞生物学者Fredrik Lannerは話す。このモザイク生成率の低さが遺伝子編集の他の標的にも当てはまることを示すには、さらなる試験が必要だが、差し当たっては「その方向へ大きく踏み出したことになります」とLanner。

Mitalipovらが達成した遺伝子編集の効率の高さには大いに興奮を覚えると、ボストン小児病院(米国)の幹細胞生物学者George Daleyは話す。「この研究は、遺伝子編集技術が有効になりそうな領域に基礎となる杭を打ち込んだのです。でも、まだ非常に未成熟な段階ですけれどね」。

翻訳:船田晶子

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2017.171005

原文

CRISPR fixes disease gene in viable human embryos
  • Nature (2017-08-03) | DOI: 10.1038/nature.2017.22382
  • Heidi Ledford
  • 編集部註:米国コロンビア大学のDieter Egliらは8月30日、Shoukhrat Mitalipovらのこの論文に対し、「遺伝子編集効率が高いように見えるのは、変異遺伝子が修正されたからではなく、検出法や解釈に問題があるためだ」とする主張をbioRxivに報告している。(dx.doi.org/10.1038/nature.2017.22547)

参考文献

  1. Ma, H. et al. Nature 548, 398–400 (2017).
  2. Tang, L. et al. Mol. Genet. Genomics 292, 525–533 (2017).
  3. Suzuki, T., Asami, M. & Perry, A. C. F. Sci. Rep. 4, 7621 (2014).
  4. Winblad, N. & Lanner, F. Nature 548, 413–419 (2017).