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イヌは2度生まれた

研究チームが作成したイヌの系統樹では、「サーロス・ウルフホンド」とその他のイヌの間に深い分岐がある。サーロス・ウルフホンドは、ジャーマン・シェパードと家畜化したオオカミとの交配によって1930年代にオランダで作出された犬種だ。 Credit: Carmelka/iStock/Getty Images Plus/Getty

Science 2016年6月3日号で発表された論文によると、イヌはオオカミから1度ではなく2度家畜化されたようだ1。古代と現代のイヌとオオカミの遺伝子解析から、イヌの起源をめぐる長年の論争が新たな展開を見せ始めた。

イヌのDNAは、これまでも複数の研究チームによって調べられている。それらの結論は、イヌの起源は、遅くとも1万年前、もしかすると4万年も前に1度だけオオカミから家畜化されたと考えられるという点では一致していた。だが、家畜化が起きた場所については、中央アジアか東アジアとする説と欧州とする説があった2-5。今回の研究は、古代犬のゲノムに関するこれまでで最も包括的な解析である。

論文の共著者であるオックスフォード大学(英国)の進化遺伝学者Laurent Frantzは、「最初のイヌがいつ、どこで現れたのかを知りたいと思ったことが、この研究の動機です」と言う。

Frantzらは、欧州の1万4000〜3000年前の古代犬59頭のミトコンドリアDNA配列を解読した他、アイルランドのニューグレンジと呼ばれる先史時代の石室墓から見つかった4800年前のイヌ1頭の全ゲノム配列も決定した。その後、これらの古代犬のゲノムを、西ユーラシアと東アジアのオオカミや現代犬のゲノムと比較した。比較の対象となった現代犬には、雑種の他、サモエド(シベリア原産の長毛のそり犬)からシャー・ペイ(中国原産の体にしわがある中型犬)に至るまで48犬種605頭が含まれている。

2つの分岐

研究チームの系統解析(イヌの系統樹を再構築しようとする試み)から、イヌの系統樹には2つの分岐があることが明らかになった。最も深い分岐は、現代犬「サーロス・ウルフホンド」とその他のイヌの間にあり、これは予想どおりだった。サーロス・ウルフホンドは、ジャーマン・シェパードと家畜化したオオカミとの交配によって1930年代にオランダで作出された「狼犬」であるからだ。

より興味深いのは、東アジアのイヌと西ユーラシアのイヌの間にある、約1万4000~6400年前に生じたと考えられる分岐である。著者らによると、この時期は欧州と東アジアで既知の最初のイヌが出現してから数千年後に当たるという。シベリアン・ハスキーやグリーンランド・ドッグ(グリーンランド原産のそり犬)などの現代犬種は、両方の地域に祖先を持つようだ。

科学者たちは、この分岐は、別々のオオカミ集団が2カ所で家畜化されたことによるものではないかと考えている。Frantzは、「まだ確定したわけではなく、さらなる情報が必要ですが、遺伝学と考古学の知見を考え合わせると、イヌには2つの起源があると考えられます」と話す。

西ユーラシアと東アジアの間の地域に古代犬が生息していたことを示す考古学的証拠がないという事実は、研究チームの仮説の裏付けとなる。また、アジアのイヌは人類と一緒に欧州に移動して、より古い犬種に競り勝ち、部分的に置き換わった可能性があるとFrantzは言う。

イヌの起源から人類の歴史へ

コーネル大学獣医学部(米国ニューヨーク州イサカ)の遺伝学者Adam Boykoは、イヌが別々の地域で2回家畜化されたという仮説には納得していないが、「仮説としては興味深い」と言う。彼は、この仮説を検証するために、ニューグレンジの標本など初期のイヌのDNAをもっと多く収集して配列を決定する必要があると主張する。

科学者たちは、今後も古代犬のゲノムの配列決定を進めて、イヌの起源を解明したいと考えている。ハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)の遺伝学者Pontus Skoglundは、ニューグレンジの標本は、将来の遺伝学研究のデータ点の1つになるだろうと話す。「これからエキサイティングな時代がやってくるでしょう」。

彼は、現代犬の進化をめぐる詳細を明らかにすることは、人類の過去を垣間見ることでもあると考えている。人類は、畑を持って定住農業を始める前からイヌを飼っていた。「イヌの家畜化が興味深いのは、人類にとって最も早期の大きな文化的革新の1つであるからです」とSkoglund。「イヌの起源を探ることで、古代人の文化的能力について知ることができるのです」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2016.160802

原文

Ancient genomes suggest dual origin for modern dogs
  • Nature (2016-06-02) | DOI: 10.1038/nature.2016.20027
  • Bethany Augliere

参考文献

  1. Frantz, L. A. F. et al. Science 352, 1228–1231 (2016).
  2. Freedman, A. H. et al. PLoS Genet. 10, e1004016 (2014).
  3. Thalmann, O. et al. Science 342, 871–874 (2013).
  4. Shannon, L. M. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 112, 13639–13644 (2015).
  5. Wang, G.D. et al. Cell Res. 26, 21–33 (2016).