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受容体の構造からSSRI系抗うつ剤の作用機序が明らかに

オレゴン健康科学大学(米国ポートランド)のJonathan A. Colemanらは、セロトニン輸送体(SERT)タンパク質の高分解能の構造を初めて示し、Nature 2016年4月21日号334ページに報告した1。SERTは、細胞から放出されたセロトニン分子を再び取り込むことで、隣接するニューロンに与えるセロトニンの効果を調整する。SERTに詳しくない人は、その構造の解明がなぜそんなに重要なのかと思うかもしれない。それには理由が2つある。1つは、構造決定を行うためには多量のSERTを精製する必要があるが、SERTは不安定なためにそれができず、構造決定が技術的に困難であったからだ。もう1つは、このようなタンパク質の詳細な分子構造を視覚化することで、うつ病などの疾患に対するより選択的かつ、より有効な治療法を開発するまたとない機会が到来する可能性があるからである。

神経伝達物質のセロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリンは、特定のニューロン(シナプス前ニューロン)から放出される。これらの神経伝達物質が、シナプス間隙を通過して隣接するニューロン(シナプス後ニューロン)上にある受容体に結合すると、そのニューロンでは、他の神経伝達物質による興奮性あるいは抑制性のシグナルの効果が迅速に調整される。SERTは、神経伝達物質のナトリウム共輸送体(NSS)ファミリーに属し、同ファミリーにはドーパミン輸送体(DAT)やノルアドレナリン輸送体(NET)も含まれる。NSS自体は、哺乳類の膜貫通タンパク質の2番目に大きなクラスに含まれ、細胞の内部あるいは外部にイオン、小分子、栄養を移動させる機能を担っている。SERT、DAT、NETはシナプス前ニューロンの表面に選択的に発現しており2、セロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリンをシナプス前ニューロンに再び取り込むことで、これらの神経伝達物質の調整効果を終結させる機能を果たしている。

1990年代後半に行われた遺伝的除去研究3から、この3つの輸送体が、ニューロンでのシグナル伝達制御の維持において不可欠な役割を日常的に担っていることが示されている。また、これらの輸送体をコードする遺伝子の稀少な変異が自閉症や注意欠陥多動性障害(ADHD)、パーキンソン症候群などの疾患に関連することも分かり4、これらの輸送体の重要性がさらに浮き彫りになっている。

コカイン、アンフェタミン、エクスタシーなどの薬剤は、さまざまな輸送体タンパク質を乗っ取ることによって、精神刺激作用を発揮する。その中でもSERT、NET、DATを標的とする薬剤は、うつ病とADHDの治療に使われている。例えば、選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)やセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤(SNRI)などの抗うつ剤は、輸送体を阻害することで神経伝達物質の再取り込みを抑制する。その結果、神経伝達物質の利用可能性が増し、シナプスでは神経伝達物質の総合的な活性が上昇する。これが、SSRIやSNRIによりうつ病などの症状の一部が軽減される仕組みと考えられている。

この研究チームは2005年に、SERTのホモログで細菌が有するLeuTの構造を決定した5。LeuTは単細胞生物での栄養の取り込みに関与しており、SERTと同様の機能を持つ。また2013年には、ショウジョウバエにおいてDATの構造も解明した6。これらの研究から、この種のタンパク質の構造の構成は進化的に高度に保存されていることが示唆され、また、いくつかの構造構成要素が決定されたことで、NSSが基質を輸送する機構も保存されていることが示された。このように、ヒトのSERTの構造を理解するための分子的な手掛かりはすでにいくつも得られていたことから、後は、成功するまで挑戦するのみと考えられていた。そしてこのたび、ようやくSERTの構造的な性質が確認されたわけだが、この道は決して平坦なものではなかった。予想されたようにSERTの構造解析は、一筋縄ではいかなかったからだ。

X線結晶学を用いて高分解能で構造を解明するには、精製タンパク質が大量に必要だ。膜貫通タンパク質は、膜の疎水性二重層環境から取り除かれると不安定で、精製が難しいことが広く知られている。膜タンパク質の安定化はこれまで、変異の導入の他、容易に結晶化できるタンパク質との複合体の形成、あるいは天然タンパク質を安定化する抗体の開発7によって成功している。今回Colemanらは、工夫を凝らしたスクリーニングを基に、機能的な特徴に著しい影響を与えずに数アミノ酸残基に変異を加え、精製SERTを安定化することに成功した。苦心の結果得られた結晶から、SERT(600以上のアミノ酸残基を持つ)は膜を12回貫通しており、膜を通過するイオン共役神経伝達物質輸送を仲介するのに適した複雑な3D構造を形成していることが明らかになった。

図1:抗うつ剤が運送体タンパク質を遮断する
a 神経伝達物質セロトニンはセロトニン輸送体(SERT)タンパク質の中心溝への高親和性結合によりニューロンに取り込まれる。
b Colemanら1は、2種類の抗うつ剤(パロキセチンあるいはエスシタロプラム。図にはエスシタロプラムのみ示す)と結合したSERTの構造を解明した。2種類の薬剤は共に中心溝に結合するので、神経伝達物質とこの部位への結合が競合し、セロトニンの取り込みが阻害される。また、エスシタロプラムは2分子が結合し、そのうちの1つはアロステリック部位に結合する。これにより、中心溝と薬剤の結合が延長し、エスシタロプラムではSERT遮断効果が上昇すると考えられている。

Colemanらは、X線結晶学を用いて、SERTがSSRI系抗うつ剤のパロキセチン(商品名パキシル)あるいはエスシタロプラム(商品名レクサプロ)と結合した2種類の構造を決定した。ショウジョウバエのDATの構造から予想されるように、1分子のパロキセチンがSERTの細胞膜内の深部にある中心溝にしっかり結合することが分かった。セロトニンは中心溝に結合すると予想されており、セロトニン輸送の競合阻害を行うと考えられる。一方のエスシタロプラムは、2分子がSERTに結合する。1分子はパロキセチンと同様に高親和性部位である中心溝に結合するが、2つ目の分子は外向きに開口した状態での中心溝より外側の前庭部により緩く結合する(図1)。

この2つ目の結合部位(アロステリック部位として知られる)の存在は30年以上前に提唱されており8、2012年には、モデル化や変異実験9から、アロステリック部位が外側の前庭部に位置することが示唆されていた。そのため、エスシタロプラムが十分高い濃度で存在する場合には、アロステリック部位に結合して、高親和性部位に結合している薬剤の解離を顕著に阻止でき、その結果、この薬剤のSERT遮断活性が延長すると考えられていた。この「正のアロステリック修飾因子」現象は、エスシタロプラムが他のSSRIと比べて優れた臨床的有効性を示す仕組みの説明として提案されている10が、動物実験でこの機構を確認することは難しかった11。従って、今回Colemanらが明らかにした構造は、選択的な薬剤開発においてこれまで標的として認識されていなかったアロステリック部位の影響に関する分子的な証拠として重要である。

膜タンパク質におけるアロステリック部位の存在は案外一般的なものかもしれない。その例がGタンパク質共役型受容体(GPCR)だ。GPCRは、シナプス後ニューロン上でセロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリンおよび他の多くのシグナル伝達分子が結合する膜タンパク質で、20以上もの構造の決定に成功しており、利用できる候補アロステリック結合部位が多数突き止められた。これは、疾患と闘うためにシグナル伝達を正あるいは負に調節する因子の開発に役立っている12。今回の発見から、輸送体にも同じ好機が訪れたと考えられる。つまり、輸送体機能の分子動態を視覚化し、薬剤結合の構造を基盤とする分子モデル化と組み合わせることで、中枢神経系の疾患の治療を改善できる道が開かれる可能性があるのだ。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2016.160733

原文

Antidepressants at work
  • Nature (2016-04-21) | DOI: 10.1038/nature17883
  • Marc G. Caron & Ulrik Gether
  • Marc G. Caronはデューク大学医療センター (米国ノースカロライナ州ダーラム)、Ulrik Getherは コペンハーゲン大学(デンマーク・コペンハーゲン)に所属。

参考文献

  1. Coleman, J. A., Green, E. M. & Gouaux, E. Nature 532, 334–339 (2016).
  2. Kristensen, A. S. et al. Pharmacol. Rev. 63, 585–640 (2011).
  3. Torres, G. E., Gainetdinov, R. R. & Caron, M. G. Nature Rev. Neurosci. 4, 13–25 (2003).
  4. Ng, J., Papandreou, A., Heales, S. J. & Kurian, M. A. Nature Rev. Neurol. 11, 567–584 (2015).
  5. Yamashita, A., Singh, S. K., Kawate, T., Jin, Y. & Gouaux, E. Nature 437, 215–223 (2005).
  6. Penmatsa, A., Wang, K. H. & Gouaux, E. Nature 503, 85–90 (2013).
  7. Kang, H. J., Lee, C. & Drew, D. Int. J. Biochem. Cell Biolz. 45, 636–644 (2013).
  8. Plenge, P. & Mellerup, E. T. Eur. J. Pharmacol. 119, 1–8 (1985).
  9. Plenge, P. et al. J. Biol. Chem. 287, 39316–39326 (2012).
  10. Zhong, H., Haddjeri, N. & Sánchez, C. Psychopharmacology 219, 1–13 (2012).
  11. Jacobsen, J. P. et al. Psychopharmacology 231, 4527–4540 (2014).
  12. Conn, P. J., Lindsley, C. W., Meiler, J. & Niswender, C. M. Nature Rev. Drug Discov. 13, 692–708 (2014).