Research Highlights

珍渦虫類の位置付け

Credit: GREG ROUSE

深海に生息する海洋性蠕虫「珍渦虫」(写真)は、実に驚きに満ちた生物である。体長わずか数センチメートルの平らな体には、脳も肛門も生殖巣もなければ、排泄器官も腸管もなく、その構造は極めて単純だ。ところが、1949年に初めて記載されて以来、珍渦虫類の分類学的位置付けについては長く混乱が続いてきた。

腸管を持たない単純な構造から、珍渦虫類は、同様に単純な動物である「無腸類」の仲間だと考えられている。しかし、珍渦虫類や無腸類が、系統樹において「左右相称動物」とどのような関係にあるのか、さらには左右相称動物を構成する「旧口動物(初期胚の原口が口になり、後に肛門ができる動物群)」や「新口動物(原口が肛門となり、後に口ができる動物群)」とはどのような関係にあるかについては諸説あり、統一見解は得られていない。

興味深い例として、分子系統学的研究から、珍渦虫類は著しく退化した軟体動物であるという結論が導き出されたことがある。しかし、この結果は後に試料のコンタミネーションによるものであったことが分かった。珍渦虫のものと考えられた遺伝情報が、実は餌として取り込んだ軟体動物のものだったことが判明したのだ。他には、その神経系や超微細構造、ミトコンドリアDNAの塩基配列などから、珍渦虫類と無腸類が、新口動物である「半索動物(ギボシムシやフサカツギとして知られる動物)」や「棘皮動物(ウニやヒトデなどの放射対称性の海生動物)」に最も近縁であるとする説が存在する。しかし、珍渦虫には、全ての新口動物に共通する鰓裂などの高度な特徴はないため、この説が正しいとすれば、そうした特徴が進化のどの段階で生じたかが問題になってくる。珍渦虫類は見かけほど単純ではなく、より複雑な祖先から、構造が退化して生まれたのだろうか? それとも左右相称動物と祖先を共有する姉妹群なのだろうか?

こうした数々の疑問は今回、Nature 2016年2月4日号に掲載された2編の論文によってほぼ解決した。スウェーデン自然史博物館(ストックホルム)のJohanna Taylor Cannonらは89ページ1で、珍渦虫類および無腸類計11種の遺伝子転写産物プロファイルに基づく強固な系統発生解析の結果を示し、珍渦虫類と無腸類を含む複合的な分類群として最近提唱された「珍無腸動物門」が、左右相称動物の放散のごく基部に位置することを明らかにした。一方、カリフォルニア大学サンディエゴ校(米国)のGreg W. Rouseらは94ページ2で、東部太平洋で珍渦虫類の新種4種を発見したことを報告した。珍渦虫はこれまで、北大西洋(スコットランド沖とスウェーデン沖)でしか発見されていない。Rouseらによるこれらの新種の解剖学的・系統学的研究の結果は、珍渦虫類を左右相称動物あるいは旧口動物の姉妹群と位置付けており、Cannonらの結論とおおむね一致する。これでようやく、珍渦虫類の分類学的居場所が定まったわけだ。

翻訳:小林盛方、編集:編集部

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2016.160523

原文

A home for Xenoturbella
  • Nature (2016-02-04) | DOI: 10.1038/530043a
  • Henry Gee

参考文献

  1. Cannon, J. T. et al. Nature 530, 89–93 (2016).
  2. Rouse, G. W., Wilson, N. G., Carvajal, J. I. & Vrijenhoek, R. C. Nature 530, 94–97 (2016).