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人類の米大陸進出ルートはカナダ回廊でなく沿岸

無氷回廊にマンモスやバイソンが生息できるようになったのは1万2600年前で、それまでは人類の生存に適さない場所であったことが分かった。 Credit: Leonello Calvetti/Stocktrek Images/Getty

考古学では南北米大陸への移住に関する新たな説が必要とされている。人類の北米大陸への進出は、アラスカからモンタナに至る氷結していない回廊を通ってきたという説がこれまで有力とされてきたが、このたび、カナダにある2つの湖の底に埋まっていた動植物のDNA分析によってこの説が否定されたのだ。

Nature 2016年9月1日号45ページで発表されたこの分析結果は、コペンハーゲン大学(デンマーク)の古遺伝学者Eske Willerslevが中心となって行ったもので、この回廊が居住可能になったのは1万2600年前と示唆されるという(M. W. Pedersen et al. Nature 2016)。つまり、かつて最初の米大陸定住者と考えられていたクロービス人が文化を形成してからほぼ1000年後ということになる。2008年には、南北米大陸でクロービス以前の文化の存在を示す遺跡の発見が報告されており、それとの隔たりはさらに大きい。

約1万4000年前、カナダ中央部の氷河が後退した。現在の米国中央部に当たる地域にクロービス人が現れる前のことだ。「無視できないほどに合致していると思いました」と考古学者で共著者である南メソジスト大学(米国テキサス州ダラス)のDavid Meltzerは述べる。

だが、氷結していない回廊説は1990年代に崩れ始めた。1万4000年以上前に南米チリのモンテベルデにヒトが居住していたという証拠が2008年に得られ、研究者たちが反対の論を唱えるようになったからだ。さらに、北米でクロービス以前の文化の遺跡である可能性が高いものがいくつか発見されると、クロービス人が最初に米大陸に住み着いた人類だったという説も揺らいできた。しかし、クロービス人の祖先が少なくともこの回廊を通って移住してきたという説は持ちこたえていた。ただ、この通路がいつ開かれ、いつ居住に適するようになったかについては、一致した見解はほとんどなかったとMeltzerは言う。「回廊は1500kmもあるのです。かばんに弁当を詰めて1日で通り抜けるというわけにはいきません」

氷河期を抜け出した居住可能地域の様子を再現するために、Willerslevの研究チームは回廊で最後に氷が解けた部分に位置する2つの湖の底から採取されたコア(ドリルで掘削した円筒形の地層試料)の中のDNAを分析した。最初の植物(細い草とスゲ)はわずか1万2600年前のものだ。この地域は後にもっと青々と草木が生い茂るようになり、ヨモギ、キンポウゲ、さらにはバラまで生え、そしてそれに続いてヤナギとポプラも育つようになった。このような植物の生育地はまず野牛を引き寄せ、その後、マンモス、ヘラジカ、ハタネズミが住むようになり、時折ハクトウワシも見られるようになった。約1万1500年前には、回廊は、マツやトウヒが生える今日の北方林に似た森林になり始めた。

この地域の恵みがやがて狩猟採集者を引き寄せたに違いない。しかし、特定された年代から、クロービス人とそれ以前の人類集団がこの回廊を通って米大陸にやってきて移住したという説は否定されるとWillerslevは言う。どちらの集団もおそらくは舟で、太平洋沿岸を進んできたのだろう。

オレゴン州立大学(米国コーバリス)の考古学者Loren Davisもその説に賛成する。「氷結していない回廊説が暗礁に乗り上げたので、例えば沿岸移動ルートといった、何か別なものを探し始めることができます」。

翻訳:古川奈々子

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2016.161215

原文

Plant and animal DNA suggests first Americans took the coastal route
  • Nature (2016-08-11) | DOI: 10.1038/536138a
  • Ewen Callaway