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がん細胞は死してなおカリウムで免疫系を抑制する

Credit: STEVE GSCHMEISSNER/SCIENCE PHOTO LIBRARY/Science Photo Library/Getty

T細胞として知られる免疫細胞は、体内の異物と戦う強力な武器であり、また腫瘍の発生や増殖を制御している。T細胞の研究はこの10年間に目覚ましい進歩を遂げ、T細胞の持つ強力な抗腫瘍活性を利用してさまざまながんと闘う治療法が開発されている。例えば、腫瘍抗原と呼ばれる分子を認識させることで腫瘍を攻撃するようになったT細胞を患者へ移入する治療法や、T細胞の抗腫瘍応答の開始を妨げる抑制性受容体タンパク質(例えば、CTLA-4やPD-1)を阻害する薬剤である1,2。しかし、腫瘍微小環境の免疫抑制効果にT細胞が打ち勝つことで、完全な抗腫瘍免疫応答を発揮させることはいまだに難しい。このたび米国立衛生研究所(メリーランド州ベセスダ)のRobert Eilらは、腫瘍内でT細胞機能を抑制する重要な「イオン性チェックポイント」を明らかにし、Nature 2016年9月22日号539ページに報告した3

矛盾しているように思えるが、腫瘍においてネクローシスと呼ばれる過程で死んだがん細胞は、患者の予後不良に関連している4。Eilらは、細胞死を起こした腫瘍細胞が、細胞内の主要な陽イオンであるカリウムイオン(K+)を放出し、これが腫瘍の周りの細胞外液に蓄積して、T細胞が血流中で遭遇するよりも5〜10倍高いカリウム濃度に達することを報告した。K+濃度の高いこの細胞外液中にさらされたT細胞は、多数の経路に関与する遺伝子が抑制され、栄養消費が低下する。また休止T細胞は、エフェクターT細胞(活性化されたT細胞で、腫瘍を攻撃する)への移行が阻害される一方、免疫応答を減弱させる制御性T細胞への移行が促進される。しかしこれらの変化はT細胞の生存能力には影響を与えなかった。

Eilらは、T細胞にこのような抑制性の変化が引き起こされる過程も明らかにした。T細胞では、K+チャネルを介したK+の排出よりも、K+の「取り込み」あるいは「漏入」チャネルを介したK+の流入の方が大きくなり、細胞内に過剰にK+が蓄積していた(図1a)。K+濃度の上昇により、プロテインホスファターゼPP2Aに依存して、AktやmTORのキナーゼタンパク質を介するシグナル伝達経路が阻害される。その結果、T細胞機能が抑制されていたのだ。Eilらはさらに、ヒト細胞を用いたin vitro研究でも、黒色腫として知られる皮膚腫瘍のマウスを用いたin vivo研究でも、T細胞に電位依存性K+チャネルタンパク質Kv1.3(ヒトではKCNA3遺伝子にコードされる)、あるいはカルシウム依存性K+チャネルタンパク質KCa3.1(ヒトではKCNN4遺伝子にコードされる)を過剰発現させて細胞内のK+の排出を増強すると、T細胞機能が回復することを見いだした。これらの結果から、細胞内K+濃度がT細胞機能の制御におけるイオン性チェックポイントとしての役割を担っていることが明らかになった。K+チャネルの活性を増強する手法に基づく免疫療法への道を開くもので、T細胞が腫瘍微小環境でより効果的にがんと戦うことができるようになるかもしれない。

図1 細胞内カリウムレベルとT細胞機能
a 腫瘍抗原分子を認識したT細胞は腫瘍を攻撃できるが、T細胞機能が抑制されると腫瘍を効率的に攻撃できない。ネクローシス細胞死を起こした腫瘍細胞は腫瘍を取り巻く細胞外液中にカリウムイオン(K+)を放出する。Eilら3は、K+レベルの高いこの細胞外液にT細胞が曝露されると、電位依存性K+チャネルKv1.3(ピンク色)あるいはカルシウム依存性K+チャネルKCa3.1(赤色)を介した細胞からのK+の排出よりも、「取り込み」あるいは「漏入」チャネル(黄色)を介したK+の細胞への流入が増えることを見いだした。細胞内K+レベルの上昇は、プロテインホスファターゼPP2Aに影響を及ぼして(破線の矢印はこの調節がおそらく間接的であることを示す)、AktおよびmTORのキナーゼタンパク質を介して作用するシグナル伝達経路を抑制することで、T細胞の活性化と腫瘍殺傷能を抑制する。
b 細胞内K+レベルの上昇によるT細胞機能の低下は、T細胞でこの2種類のK+チャネルのいずれかを過剰発現させて細胞内K+の排出を促進すると、回復した。カルシウム依存性K+チャネルの薬理学的活性化は正常な細胞内K+レベルを回復させるための別の手法になるかもしれない。

T細胞の活性を増強する方法を考える際には、T細胞でのこの2種類のK+チャネルの発現パターンを考慮することが重要である。両チャネルとも、細胞の膜電位(細胞膜の内側と外側でのイオン電荷の差異により生じる)およびカルシウムシグナル伝達を調節する5。ヒトでは、分化があまり進んでいないナイーブT細胞とセントラル記憶T細胞は、抗原によって活性化される際、つまりT細胞の抗原受容体が刺激された際に、カルシウム依存性K+チャネルの数が増え5、このチャネルが細胞内K+を排出する主なルートになる。対照的に、エフェクター記憶T細胞と呼ばれるより分化したT細胞は、活性化されると電位依存性K+チャネルの数が増え5、このチャネルが細胞内K+を排出する主な手段になる。

ナイーブT細胞およびセントラル記憶T細胞は、マウスあるいはヒトへ移入された場合、エフェクター記憶T細胞を移入した場合よりも効率的にがんと戦うことができる6,7。従って、ナイーブT細胞およびセントラル記憶T細胞の腫瘍殺傷能力の増幅は、KCa3.1チャネルを刺激する薬剤を用いて首尾よく達成できるかもしれない8。そのような薬剤の1つ、リルゾールは、KCa3.1チャネルの非選択的な活性化剤で、進行した黒色腫患者における予備的な第0相臨床試験で有効性を示し、現在、第II相臨床試験が行われている9,10。黒色腫での効果は、リルゾールのグルタミン酸受容体への作用に起因すると考えられているが9,10、乳がんでの研究では11、その効果はグルタミン酸受容体への作用ではない可能性が示唆されている。リルゾールの有益な活性の一部はおそらく、KCa3.1のカリウムチャネルの活性化を介しており、それによってT細胞の抗腫瘍活性が増強されたためと考えられる。

Eilらの研究は、イオン性チェックポイントからT細胞を救済するのに、電位依存性K+チャネルの活性化も有効である可能性を示しているが、電位依存性K+チャネルには特異的な活性化剤が利用できない。また、この種のチャネルはエフェクター記憶T細胞6,7で主に機能しているが、この細胞を用いたがん治療戦略はあまり成功を収めていないことから、治療法の開発においてはカルシウム依存性K+チャネルほどの魅力はないかもしれない。非薬理学的な戦略としては、腫瘍特異的T細胞にこの2種類のヒトK+チャネルのいずれかを過剰発現させてから患者に移入する方法が考えられる(図1b)。

健康を維持するためには、T細胞が適切な活性を持つ必要がある。つまり、腫瘍環境でT細胞の活性が低下しているとがんに打ち勝つことはできないし、自己免疫疾患で過剰に活性化したT細胞は健康な組織を傷害することもある。このような過剰に活性化したT細胞の多くは、エフェクター記憶T細胞である5。さまざまな自己免疫疾患の動物モデルで、エフェクター記憶T細胞に多く存在する電位依存性K+チャネルを特異的に遮断すると、病態が軽減された5。また、そのようなKv1.3チャネル遮断薬の1つdalazatideは、尋常性乾癬と呼ばれる自己免疫性皮膚疾患の患者に対する第I相臨床試験を完了している12。一方、ナイーブT細胞およびセントラル記憶T細胞は、これらの遮断薬5の影響を受けない6,7。電位依存性K+チャネルの阻害剤は、T細胞活性化の際に膜電位の変化を障害してカルシウムシグナル伝達応答を減弱させることで、T細胞機能を抑制する5。Eilらの知見から、電位依存性K+チャネルの遮断薬では、細胞からのK+の流出を阻止することで、AktおよびmTORの経路を抑制する細胞内K+濃度の上昇が引き起こされて、T細胞機能が抑制されるというさらなる作用機構があることが示唆された。

カリウムイオンは体内で最も豊富な陽イオンで、98%が細胞内に、2%が細胞外に存在している。細胞外のK+濃度は厳密に制御されており、濃度のわずかな上下ですら有害で、死亡につながる場合さえある。Eilらの研究により、がんという環境にさらされたT細胞には細胞内K+濃度依存性のイオン性チェックポイントがあることが明らかになった。そこで疑問がいくつか湧いてくる。例えば、T細胞が重度の感染や火傷により多くの細胞が細胞死を起こした組織に曝露されると、常にこのようなチェックポイントが機能するのだろうか? 他の免疫細胞や非免疫細胞にも、すでに発揮している機能を調節する同様のチェックポイントがあるのだろうか? 腫瘍細胞は、自身の細胞内カリウムを排出するためにK+チャネルの発現を上昇させて、腫瘍を取り巻く細胞外液中でのカリウム濃度を上昇させて腫瘍生存を高めているのだろうか? また、腫瘍のそのような排出チャネルを選択的にターゲッティングすれば、腫瘍の退縮が促進されるのだろうか?

Eilらの知見は、がんと戦う免疫系の能力を高める治療法についての道を開いた。カルシウム依存性K+チャネルの機能を増強する薬剤はすでに利用可能であり、この手法はすぐに評価できると考えられる。分化があまり進んでいないT細胞のカルシウム依存性K+チャネルを刺激するがん治療戦略は、分化が進んだT細胞の電位依存性K+チャネルを遮断する自己免疫疾患の治療に比べて魅力的であるといえ、イオンチャネル機能を特異的に調節する薬剤を開発する必要性が明確になった。このような調節薬による治療は非常に有望だと考えられる。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2016.161233

原文

Channelling potassium to fight cancer
  • Nature (2016-09-22) | DOI: 10.1038/nature19467
  • K. George Chandy & Raymond S. Norton
  • K. George Chandyは南洋理工大学(シンガポール)、 Raymond S. Nortonはモナッシュ大学(オーストラリア)に所属。

参考文献

  1. Rosenberg, S. A. & Restifo, N. P. Science 348, 62–68 (2015).
  2. Mahoney, K. M., Rennert, P. D. & Freeman, G. J. Nature Rev. Drug Discov. 14, 561–584 (2015).
  3. Eil, R. et al. Nature 537, 539–543 (2016).
  4. Richards, C. H., Mohammed, Z., Qayyum, T., Horgan, P. G. & McMillan, D. C. Future Oncol. 7, 1223–1235 (2011).
  5. Cahalan, M. D. & Chandy, K. G. Immunol. Rev. 231, 59–87 (2009).
  6. Klebanoff, C. A., Gattinoni, L. & Restifo, N. P. J. Immunother. 35, 651–660 (2012).
  7. Klebanoff, C. A. et al. J. Clin. Invest. 126, 318–334 (2016).
  8. Christophersen, P. & Wulff, H. Channels 9, 336–343 (2015).
  9. Yip, D. et al. Clin. Cancer Res. 15, 3896–3902 (2009).
  10. https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT00866840
  11. Speyer, C. L. et al. Breast Cancer Res. Treat. 157, 217–228 (2016).
  12. Olsen, C., Tarcha, E., Probst, P., Peckham, D. & Iadonato, S. J. Invest. Dermatol. 136, B5 (2016).