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宇宙の謎を解くカギ、ニュートリノ

スーパーカミオカンデは、5万tの超純水を蓄えた水タンクと、その壁に設置された約1万2000本の光電子増倍管からなる検出器で、ニュートリノと反ニュートリノを分析している。 Credit: KAMIOKA OBSERVATORY, ICRR (INST. FOR COSMIC RAY RESEARCH), UNIV. TOKYO

宇宙が誕生したときには物質と反物質が同じ数だけ生成したはずなのに、現在の宇宙にあるのは物質ばかりで反物質がほとんど存在していない。現在日本で行われている実験は、この物理学最大の謎の1つについて、答えを暗示している。素粒子のニュートリノと、その反粒子である反ニュートリノは、異なるふるまいをするようなのだ。

この報告は、米国イリノイ州シカゴで開催された高エネルギー物理学国際会議(ICHEP)で8月6日に発表された。ただし、確実に違いがあると言うためにはもっと多くのデータが必要だ。ノースウェスタン大学(米国イリノイ州エバンストン)の理論物理学者André de Gouvêaは、「まだ断定する段階ではありません」と言う。

そうであっても、この発表によりニュートリノ研究への期待はますます高まるだろう。ニュートリノはどこにでも存在しているが、その検出は非常に困難だ。その一方で、近年では、物理学のあらゆる問題の解決のカギを握ると考えられるようになっている。

物理学の標準モデルは、不完全ではあるものの、なかなかうまくいっている理論である。この理論によれば、ニュートリノの質量はゼロであるはずだったが、予想に反して質量があることが1990年代に明らかになった(Y. Fukuda et al. Phys. Rev. Lett. 81, 1562; 1998)。フェルミ国立加速器研究所(米国イリノイ州バタビア)のニュートリノ実験NOvAに従事する物理学者Keith Materaによれば、それ以来、世界中でニュートリノ実験が盛んに行われるようになり、研究者たちは、物理学の新しい説明を探しているならニュートリノを調べるべきであることを知ったという。「ニュートリノは標準モデルの『ひび割れ』なのです」。

ビッグバンの後に物質と反物質が同じ量ずつ生成したなら、対消滅により放射だけを残して全て消滅していただろう。K中間子やB中間子のように、粒子と反粒子が異なるふるまいをすることが確認されている粒子もあるが、これだけでは今日の宇宙に反物質がほとんど存在しない理由を説明できない。

目指すは3σ

1つの答えとして、初期宇宙で非常に重い粒子が非対称に崩壊し、反物質よりも多くの物質を作り出したという考え方がある。一部の物理学者は、ニュートリノの仲間の重い粒子がその「非常に重い粒子」かもしれないと考えている。この理論では、今日のニュートリノと反ニュートリノが異なるふるまいをするのなら、初期宇宙のニュートリノと反ニュートリノの同じような不均衡により、反物質がほとんど存在しない理由を説明できるとされている。

この理論を検証するため、日本のT2K実験(東海–神岡間長基線ニュートリノ振動実験)の研究者たちは、ニュートリノと反ニュートリノにおける「ニュートリノ振動」の違いを調べた。ニュートリノ振動とは、ニュートリノが空間を飛んでいくときに3つのフレーバー(電子型、ミュー型、タウ型)の間を移り変わる現象だ。研究チームは、茨城県東海村のJ-PARC(大強度陽子加速器施設)で生成したミューニュートリノのビームを、295km以上離れた岐阜県飛騨市神岡鉱山内の地下1000mに位置するニュートリノ検出器「スーパーカミオカンデ」に打ち込んで、飛行中のミューニュートリノのうち電子ニュートリノに変化したものが何個出現したかを数えた。続いて、J-PARCで反ミューニュートリノのビームを生成して、同様の実験を繰り返した。

ICHEPで発表を行ったロチェスター大学(米国ニューヨーク州)の物理学者・岩本康之介は、T2K実験の全てのデータを組み合わせて解析した。その結果、ミューニュートリノのビームと反ミューニュートリノのビームは若干異なるふるまいを示したと言う。

ニュートリノと反ニュートリノが同じようにふるまうなら、約6年に及ぶ実験の間に、スーパーカミオカンデ検出器は24個の電子ニュートリノと7個の反電子ニュートリノを検出するだろうと予想された(反電子ニュートリノの数が少ないのは、反物質は生成も検出も困難であるため)。けれども実際に検出されたのは、32個の電子ニュートリノと4個の反電子ニュートリノだった。ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校(米国)の物理学者でT2K実験のメンバーであるChang Kee Jungは、「複雑な数学を持ち出さなくても、物質と反物質が同じように振動していないことを示唆しているのは分かります」と言う。

T2K実験とNOvA実験からの予備的な知見は、同様のことを示唆していた。けれども、これまでの観測結果は偶然のゆらぎにすぎない可能性がある。Jungによれば、信頼度は約2σ(95%)で、ニュートリノと反ニュートリノが同じようにふるまう場合でも、20回実験すれば1回ぐらいはこのような結果になるという。現在のT2K実験が終了する2021年には、現時点の5倍の量のデータが得られているはずだ。しかし、ほとんどの物理学者がデータを合理的なものと認める信頼度は3σ(99.7%)以上であり、今回の発見の信頼度を3σにするためは現時点の13倍の量のデータが必要だ。それでも非対称性の証拠としては不十分なのだ。

T2Kチームは必要なデータを収集するため、実験を2025年まで延長する提案をする一方で、T2K実験の結果をNOvA実験の結果と組み合わせることでデータ収集のスピードアップを目指している。NOvAでは、フェルミ研究所から810km離れたミネソタ州北部の鉱山に向かってニュートリノビームを打ち込んでいる。2017年には反ニュートリノビームに切り替えて同様の実験を行う予定だ。Jungによると、T2KとNOvAは共同で分析を行うことに合意済みで、2020年頃には合計で3σに届く可能性があるという。ただし、正式な発見とされるのに必要な5σ(99.9999%)に到達するには、現在世界中で計画されている新世代のニュートリノ実験が必要かもしれない。

ニュートリノについては、ほぼ毎年のように新しい発見がある、とde Gouvêaは言う。「素粒子物理学の時間スケールでは、これは本当に急速な変化です」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2016.161113

原文

Morphing neutrinos provide clue to antimatter mystery
  • Nature (2016-08-18) | DOI: 10.1038/nature.2016.20405
  • Elizabeth Gibney