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20世紀の真の捕鯨頭数

第一次世界大戦の頃に英国領サウスジョージア島にあったグリトビケン捕鯨基地。かなり前から使われなくなっている。 Credit: FRANK HURLEY/SCOTT POLAR RES. INST./UNIV. CAMBRIDGE/GETTY

クジラが20世紀の捕鯨により打撃を受けたことを示す証拠はたくさんある。一部の見積もりによれば、マッコウクジラの個体数は捕鯨が行われる以前の3分の1にまで減少し、シロナガスクジラに至っては90%も減ってしまったという。現在、ミンククジラなど一部のクジラの個体数はかなり回復しているが、タイセイヨウセミクジラやミナミシロナガスクジラ(南半球のシロナガスクジラ亜種)などは今も絶滅の危機に瀕している。

しかし研究者らはこれまで、全世界の捕鯨頭数の集計に積極的に取り組んでこなかった。その主な理由は、国際捕鯨委員会(IWC)のデータベースにある情報が必ずしも信頼できるものではなかったからだと、ニューベッドフォード捕鯨博物館(米国マサチューセッツ州)の科学主任Robert Rochaは話す。IWCは、各国の捕鯨頭数の把握および規制、捕鯨産業の監督やクジラの保護管理を目的とする国際機関である。

Rochaは、国立海洋漁業局(米国ワシントン州シアトル)の研究員Phillip ClaphamやYulia Ivashchenkoと共に、独自に捕鯨頭数の集計を行い、Marine Fisheries Reviewに報告した(R. C. Rocha Jr, P. J. Clapham and Y. V. Ivashchenko Mar. Fish. Rev. 76, 37–48; 2014)。「集計に着手してみて、驚きました」とRocha。

Rochaらの見積もりによると、1900〜1999年の間に捕鯨産業によって殺されたクジラは290万頭に上る。その内訳は、北大西洋で27万6442頭、北太平洋で56万3696頭、南半球で205万3956頭だ。人類による大量虐殺といえば、北米でのアメリカバイソンの狩猟・射殺やリョコウバトの捕獲・駆除などがよく知られている。それらの個体数はクジラに比べるとかなり多いが、生物体量として捉えた場合、20世紀の捕鯨はそうした例に引けを取らなかったとRochaは見ている。

「過去に捕鯨で殺されたクジラの累計頭数は重要な数字です。なぜなら、我々の方針に影響してきますから。つまりこの数字から、かつて地球の海洋がクジラの生息を何頭くらいまで支えられたかを知ることが可能なのです」と、スタンフォード大学(米国カリフォルニア州)の海洋生態学者Stephen Palumbiは説明する。彼は、クジラ290万頭の死は「信頼できる」数字と考えている。

Credit: SOURCE: MAR. FISH. REV. 76, 37–48 (2014)

1700年代初頭から1800年代末までに捕獲されたマッコウクジラの数は約30万頭で、このときには、帆走捕鯨船が使われていた。しかし20世紀に入ると、ディーゼルエンジンを備えた捕鯨船と爆発銛(爆裂弾頭付きの捕鯨銛)が使われるようになり、わずか60年余りで、マッコウクジラの捕獲数は、帆走捕鯨船時代の200年間の総捕獲頭数と同程度になってしまった。さらにその後のわずか10年間で、それとほぼ同数のマッコウクジラが捕獲された。1つのクジラ種が激減すると、業者は捕鯨対象を別のクジラ種に切り替えた(「対象も規模も史上最大の狩り」参照)。1980年代になって、IWCが商業捕鯨モラトリアムを採択したことで、商業捕鯨のほとんどが禁止となった。

「20世紀だけでどれだけ多くのクジラが殺されたかを知れば、誰でもショックを受けます。この数字は、捕鯨がいかに組織的かつ効率的に行われたかをよく表しています」と、米国ニューヨーク市に本部を置くNGO団体Wildlife Conservation Societyで「Ocean Giants Program」の実行に当たっているクジラ類研究者Howard Rosenbaumは話す。

今回の最新の集計データは、Ivashchenkoの探偵顔負けの地道な調査のおかげでもある。彼女は2013年に博士論文作成のため、旧ソ連による北半球での違法な大規模捕鯨について調べた。旧ソ連の捕鯨従事者および研究者へのインタビューや、捕鯨従事者の報告から、ソ連の捕鯨船によって50万頭以上のクジラが捕獲されたことや、そのうち17万8811頭はIWCに全く申告されなかったことが分かった。

人類の捕鯨活動が始まる以前に生息していたクジラの頭数を、一部の個体群に関する遺伝学データを用いて推定した研究はすでにいくつかある。しかし、そうした遺伝学的手法から類推される個体数は、捕鯨記録を基に出された数字よりもかなり大きいことがほとんどだと、Rosenbaumは話す。しかし現在では、遺伝学の技術が向上するとともに、旧ソ連の真の捕鯨頭数が明らかになったり他国の頭数修正に伴って捕鯨データが上方修正されたりしたため、遺伝学と捕鯨記録とから導かれる数値は徐々に近づいてきた。過去に捕獲されたクジラの頭数が明確になれば、1つのクジラ種が十分な回復に至ったかどうかを判定するための基準頭数を変更する必要も出てくるだろうとRosenbaumは話す。

なおRochaによれば、290万頭という数字は下限にすぎないという。エンジン付きの捕鯨船は昔の帆走捕鯨船に比べてはるかに効率的になったが、致命傷を負ったクジラが逃げてしまったり、あるいは公式記録に残されなかったりした場合もあったと思われる。「命を落としたクジラの実数は、この数字よりも多いでしょう」。

翻訳:船田晶子

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.2015.150609

原文

World’s whaling slaughter tallied
  • Nature (2015-03-12) | DOI: 10.1038/519140a
  • Daniel Cressey