Japanese Author

リン酸化反応を多角的に解析し、シグナル伝達系の全貌に迫る!

貝淵 弘三

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 4 | doi : 10.1038/ndigest.2015.150421

人体には200種以上の細胞が存在するとされ、細胞独自の形態や運動性、極性などは、細胞内外のさまざまな情報の授受と伝達により獲得・決定されている。この過程はシグナル伝達と呼ばれ、生命活動の基盤をなす一方、異常を生じると、がんや循環器疾患、神経・精神疾患の原因となる。名古屋大学大学院医学研究科・神経情報薬理学講座の貝淵弘三教授は、35年にわたり、リン酸化反応を介したシグナル伝達系の解析を進めている。

–– Natureダイジェスト:一貫してシグナル伝達系の研究を続けていらっしゃいます。

ポスドク時代、米国のDNAX分子細胞生物学研究所に留学していた頃の写真。がん遺伝子rasの研究を行いながら、分子生物学の最先端の手法を学んだ。

貝淵:発端は神戸大学医学部の学生時代に、プロテインキナーゼC(タンパク質リン酸化酵素C;以下、Cキナーゼ)を発見された故・西塚泰美先生の研究室(生化学講座)に出入りし始めたことにあります。1970年代後半だった当時はまだ、分子生物学の手法はほとんど普及していませんでした。研究室では、ウシの脳などからリン酸化酵素を精製して得ていました。学部を終える頃、Cキナーゼがジアシルグリセロールという物質によって活性化されることが分かり、非常に興味が湧きました。この後、私はDNAX分子細胞生物学研究所(米国カリフォルニア州パロアルト)に留学し、低分子量GTP結合タンパク質(以下、低分子量Gタンパク質)の1つでがん遺伝子産物として知られるRasについて研究することになりました。ここで分子生物学の手法を学びました。

帰国後は、先輩だった高井義美先生の研究室に入り、低分子量Gタンパク質の解析を始めました。1994年に奈良先端科学技術大学院大学の教授に着任して独立し、まず取りかかったのが、低分子量Gタンパク質の1つであるRhoの機能解析でした。

–– どのようなことが分かったのでしょうか?

Rhoファミリーは20種ほど知られており、不活性型(GDP型)と活性型(GTP型)とがあります。1970年代に、平滑筋細胞にカルシウムイオン(Ca2+)が流入することでミオシンがリン酸化され、収縮に至ると報告されたことから、教科書にはそのように記述されていました。ところが実際には、狭心症などを起こす異常な血管平滑筋は、Ca2+が流入しなくても収縮することが知られていました。そこで私たちは、平滑筋細胞に小さな穴を開けて活性化型のRhoを入れる実験を行いました。すると、Ca2+の増加なしに筋収縮が起こったのです。それを確認した上で、Rhoファミリーのエフェクター分子を網羅的に同定する作業に取りかかりました。

図1:Rho-Rhoキナーゼ経路による多様な細胞制御。
Rhoキナーゼは、ミオシンホスファターゼをはじめ、さまざまな基質をリン酸化することにより、細胞質分裂、平滑筋収縮、細胞遊走、細胞接着、神経軸索の退縮などの細胞機能を制御する。一方で、Rhoキナーゼ活性の異常な亢進は、脳血管攣縮や狭心症、肺高血圧、緑内障などの病態に関わっている。

その結果、Rhoがプロテインキナーゼ N、Rhoキナーゼ、ミオシンホスファターゼ(ミオシン結合サブユニット;MYPT1)などを標的とすることを突き止めました1。中でも、Rhoキナーゼの活性化を引き金として開始されるミオシンの活性化(Rho-Rhoキナーゼ経路)が特に重要であることが分かりました。そして、「RhoキナーゼがMYPT1をリン酸化してミオシンホスファターゼを不活性化する→ミオシンのリン酸化レベルが上昇→ミオシンが活性化される」という一連の流れを明らかにすることができました2。ミオシンのこのような活性化過程は、平滑筋では筋収縮を促進し、平滑筋以外の細胞ではストレスファイバーや接着斑の形成を促します。細胞の形態変化、運動、極性形成、神経軸索の退縮などは、いずれもRho-Rhoキナーゼ経路によるものだったのです(図1)。

–– 治療や創薬への応用が広そうな成果ですね。

はい、各方面で治療薬の開発が進んでいます。Rho-Rhoキナーゼ経路は、細胞が盛んに分裂、分化、移動する発生初期には非常に重要なのですが、成長期以降の異常な活性化は、血管平滑筋の異常収縮を介して、脳血管攣縮、狭心症、肺高血圧症などを引き起こすことが分かりました3。例えば、くも膜下出血は一命を取りとめたかに見えて1週間以内に血管攣縮を起こして死亡する例が少なくありませんが、これはRho-Rhoキナーゼ経路が亢進することで血管が攣縮し、血流を止めてしまうためです。Rhoキナーゼ阻害剤を用いると血管の攣縮防止効果が得られることが確認されており、すでに臨床で使われ始めています。

実は、私の前任だった日高弘義先生は、Rho-Rhoキナーゼ経路の存在を知らずに血管攣縮を抑制する薬を開発されていたのですが、私たちが調べてみると、これはまさにRhoキナーゼ阻害薬でした。現在では緑内障の治療薬としても使われている他、動脈硬化の予防や治療にも効果があることが明らかになってきました。

–– 現在は研究対象を神経細胞に絞っておられます。

大学院時代に精神科でアルバイトをしていたのですが、その頃から神経科学に興味がありました。西塚研究室では、がんを対象にしていましたが、がん領域において基礎研究者にできることには限界があると感じていました。そこで独立を機に、精神疾患領域を含む脳神経系を対象にした研究を行いたいと考えました。伝統的な生化学手法と当時ブームを迎えていた分子生物学手法を武器に、独自の研究を進めようと考えたのです。

神経細胞は、細胞体と、そこから短く伸びた複数の樹状突起、長く伸びた1本の軸索からなります。神経細胞には極性があり、情報は必ず樹状突起から入力され、軸索から出て行きます。神経細胞のこうした極性は、私が以前から扱っていた線維芽細胞で遊走の際に見られる極性と似ていました。では軸索はどのようにしてできるのだろうか、と疑問に思っていたのです。

ただし、実際に軸索を標的にした背景には、偶然の発見があります。1998年に、私たちは脳内にあるRhoキナーゼの基質を網羅的に探しており、CRMP-2というタンパク質が最も多く存在することを明らかにしていました4。奇しくも、CRMP-2は、軸索伸長に関与することが知られていた因子だったのです。といっても、軸索伸長のメカニズム解明は、1988年のラット海馬の培養神経細胞を用いた報告を最後に、停滞していました。この研究は「幼弱な神経細胞を培養して観察すると、5〜6時間後に四方に未成熟な突起を出す。そのうちの1本だけが長く伸び始めて、軸索になる。ただし、軸索になりつつあるものを切除すると、別の1本が新たに伸び始めて軸索になる」ことを明らかにしたものでした5

そこで私たちは、培養神経細胞にCRMP-2を導入して過剰発現させてみました。培養翌日には、軸索を複数持つ異常な神経細胞ができてきました6。逆にノックダウンすると軸索は形成されなくなりました。ここ数年は、生体でどうなっているかを調べています。神経細胞はこれまで、神経前駆細胞の線維に沿って表面に現れだんだんと極性化すると理解されていましたが、一度線維を離れて四方に突起を伸ばす未熟な多極性細胞になった後に再び線維にへばりついて極性化する、との報告もあり、私たちも、培養下では後者の現象を観察していました。このような経緯があり、次段階として、生体内で検証することにしたのです。

–– 後者の報告が正しかったのですね。

図2:TAG-1を介した神経細胞の軸索形成。
大脳皮質の脳室下帯に存在する神経前駆細胞から生まれた未成熟な神経細胞は、その後、皮質中間帯で短い突起を多数伸ばし多極化する。多極性神経細胞の未成熟な突起は、先行する神経細胞の軸索と密に接触し、軸索へと分化する。この際、TAG-1を介した細胞間相互作用がチロシンキナーゼのLynを活性化し、さらにRhoファミリーのRac1も活性化されて軸索が形成される。

そうなのです。そこで今度は、接着分子として知られるタンパク質の遺伝子を網羅的にノックダウンしたところ、軸索を作れなくなるTAG-1という分子を突き止めることができました7。未成熟な神経細胞の突起の表面に埋まっているTAG-1が、先に成熟した神経細胞の軸索(パイオニア軸索)のTAG-1と相互作用すると、未成熟な神経細胞で軸索形成が誘導されることが分かったのです(図2)。一方で、RhoキナーゼがCRMP-2をリン酸化して不活性化すると軸索伸長が抑制され、反対に、Rhoキナーゼ阻害剤を用いると軸索の再生が促されることなども明らかにしました。この仕組みは、大脳皮質において神経細胞の層構造を作り出すのにも寄与していると思われます。

–– 今後のご予定は?

私たちは上記の仕組みを「タッチアンドゴー・モデル」と名付けました。このモデルは非常に明快ですが、先行する軸索が存在しない環境においてどのように軸索が伸長するかを説明できません。この辺りの解明は今後やっていきたいと考えています。

また、文部科学省の脳科学研究戦略推進プログラムにおいて「脳科学研究を支える集約的・体系的な情報基盤の構築」というプロジェクトが進んでおり、私はその拠点長を務めています。情動の制御機構を理解するための情報基盤構築を目指すというものです。私たちのグループは、快感や恐怖を生じる際に情動中枢(側坐核や扁桃体)の神経細胞で起こるリン酸化反応を網羅的に解析しています。ドーパミンのような脳内アミンが、どのようなメカニズムで神経細胞の活動を調節して、情動を制御しているかを明らかにしつつあります。

–– ありがとうございました。

聞き手は、西村尚子(サイエンスライター)。

※DNAX分子細胞生物学研究所 DNAの生合成研究でノーベル医学生理学賞を受賞した生化学者アーサー・コーンバーグ博士と、組換えDNAの研究でノーベル化学賞を受賞した分子生物学者ポール・バーグ博士により設立されたバイオ・ベンチャー企業。1982年からはシェリング・プラウ社出資のもと運営された。現在は米国Merck社の施設として稼働。

参考文献

  1. Amano M., et al. Science 271, 648-650 (1996).
  2. Kimura K., et al. Science 273, 245-248 (1996).
  3. Fukata Y., et al. Trends Pharmacol. Sci. 22, 32-39 (2001).
  4. Arimura N., et al. J. Biol. Chem. 275, 23973-23980 (2000).
  5. Dotti, C.G., Sullivan, C.A.& Banker, G.A.J Neurosci. 8(4): 1454-1468 (1988).
  6. Inagaki N., et al. Nat Neurosci. 4; 781-782 (2001).
  7. Namba T., et al. Neuron. 81, 814-829 (2014).

Author Profile

貝淵 弘三(かいぶち・こうぞう)

名古屋大学大学院医学系研究科・神経情報薬理学講座教授。1980 年、神戸大学医学部卒業。1984 年、同大学院修了。米国DNAX 分子細胞生物学研究所研究員、神戸大学助教授を経て、1994 年奈良先端科学技術大学院大学教授。2000年より現職。

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

プライバシーマーク制度