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多能性状態を操作するための手引き

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 3 | doi : 10.1038/ndigest.2015.150324

原文:Nature (2014-12-11) | doi: 10.1038/516172a | A designer’s guide to pluripotency

Jun Wu & Juan Carlos Izpisua Belmonte

偏りのない解析で、iPS細胞の再プログラム化から万能性獲得までの過程には複数の経路があることが明らかになり、そこから、これまで見落とされていた新しいタイプの多能性細胞の存在が確認された。

成体生物には、全ての種類の細胞を作り出すことができる「多分化能(pluripotency)」と呼ばれる能力が備わっている。だが、この多分化能は、早期胚発生中に見られる一時的な特徴である。胚から単離して、in vitroで培養できる多能性細胞にはタイプの異なるものが2種類ある。胚性幹(ES)細胞と呼ばれるナイーブ型の幹細胞と、エピブラスト幹細胞と呼ばれるプライム型の幹細胞である1-4。これらとは別に、再プログラム化因子と呼ばれる転写因子を複数組み合わせて成体細胞に導入することでも多能性を回復させることができ、この細胞は人工多能性幹(iPS)細胞と名付けられた5-7。既知の多能性細胞種5,7に加えて、iPS細胞の樹立によって、種類が異なる多能性幹細胞が多数あることが分かり、まだ明らかになっていない多能性状態が存在することがうかがわれる。そして今回、iPS細胞再プログラム化によって生じるこれまでに知られていないタイプの多能性細胞(Fクラス細胞)の存在が明らかになり(図1)、その特徴が、計5編の論文(Nature 2014年12月11日号に2編9,10Nature Communicationsに3編11-13)として報告された。これらの研究成果は、トロント大学(カナダ)のAndras Nagyを中心とする国際協力研究「Project Grandiose」の一環である。

Project Grandioseの研究者らは、まず、偏りのない観点からiPS細胞再プログラム化過程を再分析することにした。彼らは、この過程の各ステージで起こっている分子と細胞の変化を徹底的に記録することで、iPS細胞再プログラム化の完全なロードマップを初めて明らかにした。また彼らは、この研究から、明確に定義されていないタイプの多能性細胞の出現に対しても説明が得られると考えた。

Nature 2014年12月11日号の192ページでPeter D. Tongeら9は、ES細胞ともエピブラスト幹細胞ともタイプが異なる多能性細胞の存在を明らかにした。この細胞は外観が不明瞭(fuzzy)な珍しい形態のコロニーを作ることから、「Fクラス」と名付けられた。Fクラス細胞の維持には再プログラム化因子を高発現で持続させる必要がある。従来の再プログラム化法では、多能性状態が獲得されると、宿主細胞で発現する因子により導入遺伝子の発現がサイレンシングされてしまう。そのため、Fクラス細胞はこれまでの研究ではほとんど見逃されてきた。Tongeらが用いた再プログラム化法(トランスポゾンの1種であるpiggyBacを用いる)は、宿主の因子に依存しないため、導入遺伝子のサイレンシングを迂回して再プログラム化因子の高レベル発現を維持することができる14

Tongeらは、Fクラス細胞のコロニーの外観が不明瞭なのは、粘着性が低いことによると報告している。この性質のため増殖が速く、ES細胞よりも大量生産しやすい。これは、特定の細胞を大量に必要とする細胞ベースの治療にとって望ましい特徴であり、例えば、この多能性細胞からインスリンを貯蔵・放出する膵臓のβ細胞を誘導して糖尿病患者の治療に使うことが可能かもしれない15。しかし、Fクラス細胞は導入遺伝子に依存しており、このことは臨床応用の障害となる。導入遺伝子がゲノムへ不適切に挿入されたり、分化開始後に再プログラム化因子の不活性化が不完全であったりすると、腫瘍形成につながる恐れがあるからだ。

1つの解決策は、小分子を使って、導入遺伝子に依存せずにF状態を安定させることだろう。この戦略はナイーブ様ヒト多能性幹細胞の安定化で実証済みだ16,17。Tongeらは今回、ES様細胞に再プログラム化因子群を強制発現させるとF状態に変換できることを示している。逆に、Fクラス細胞にヒストンデアセチラーゼ(HDAC)と呼ばれる酵素群の活動を抑制する小分子(トリコスタチンA)を添加して培養すると、Fクラス細胞をES細胞様状態に変換できることも分かった。HDACは、ヒストン(パッケージングされたDNAが巻きついているタンパク質)からアセチル分子を除去して遺伝子発現を調節する酵素だ。今回明らかになった相互変換性から、異なる細胞状態の下で多能性が安定する仕組みについての手掛かりが得られるかもしれない。

同号の198ページでは、Samer M. I. Husseinら10が、これまでで最も詳細な再プログラム化分析を行い、多能性に至る分子経路を複数明らかにした。そこから彼らは、Fクラス状態の出現には、ES細胞で発現する遺伝子の発現抑制が必要であり、この過程は、遺伝子抑制に関連する分子修飾、すなわち、ヒストンH3タンパク質のリジン27というアミノ残基に3個のメチル分子が結合することを介して達成されることを突き止めた。対照的に、細胞がES細胞様状態になるには、成熟細胞から引き継がれたDNAメチル化標識が消失している必要があるが、Fクラス細胞ではこの標識がいくらか維持されていることも分かった。

残りの3つの研究では、多能性に至る過程の分子経路に見られる変化について、より綿密に分析された(得られた膨大なデータセットはwww.stemformatics.orgで自由に利用できる)。Dong-Sung Leeら11は、多能性細胞への変換中に起こるエピジェネティックな変化(DNA塩基配列を変えずに遺伝子発現に影響を与えるゲノム修飾)について調べた。その結果、DNAメチル化はiPS細胞の再プログラム化に極めて重要な役割を担っていることが分かり、彼らはDNAメチル化がFクラス状態とES細胞様状態との間のエピジェネティックなスイッチとして働くと結論付けた。またJennifer L. Clancyら12は、iPS細胞再プログラム化過程で発現する小分子RNA(遺伝子発現の転写後調節因子)の動的変化を描写し、あるマイクロRNA集団がFクラス多能性プログラムを支えていることを発見した。最後に、Marco Beneventoら13は、細胞の再プログラム化過程で見られるタンパク質発現の再編成が、はっきりとした2つの波として起こることを示した。

図1:異なる多能性
マウス初期胚からのin vitro培養で、2種類の多能性幹細胞が樹立されている。3.5日齢(E3.5)の胚から得られたES細胞と、5.5日齢(E5.5)の胚から得られたエピブラスト幹細胞だ。この2つの細胞種は、成熟した細胞を再プログラム化することによっても誘導できる。Project Grandioseは細胞の再プログラム化過程の分子レベルを詳細に調べ、新しい多能性状態(Fクラス)の存在を明らかにした。この発見により、未知の多能性状態が存在する可能性が示唆される(図では?で示す)。未知の多能性状態は人工的に作り出すことができるのかもしれないし、あるいは初期胚に存在しているかもしれない。

これら5編の論文は、Fクラスの多能性状態を理解し、その臨床応用の可能性を最大限に生かすための第一歩となったが、F状態の基盤となる分子機構だけでなく、細胞をFクラス状態に維持させる「代謝の合図」についてもさらなる研究が必要だ。多能性幹細胞の種類が異なれば、それぞれに独特の代謝要求があると考えられるからだ18。残る疑問は、ヒトのFクラス細胞を再プログラム化によって作り出せるのか、そしてFクラス細胞からきちんと機能する分化細胞を得ることができるのか、などである。

Project Grandioseは、iPS細胞の再プログラム化が本来人工的なプロセスであることを包括し、研究の新しい道へと続く分野を開いた。この研究により、in vitroで第3の多能性状態を作り出すことが可能であること、また、再プログラム化によって、まだ知られていない別の多能性最終段階に到達する可能性があることが示された(図1)。さらに今回の成果から、胚発生中に他の多能性状態が出現している可能性も示唆される。もしそうならば、in vitroでそのような状態を捉えて培養できるかどうかを調べることは興味深い。こうした研究の新しい道を追求するために、おそらくTongeらが行ったような偏りのないアプローチが広くとられるようになるだろう。

Project Grandioseの結果を受けて、今後は分子的、機能的に異なる多種多様な多能性幹細胞のカタログを作り、それらの能力を最大限に活用するためのさらなる研究が求められる。

(翻訳:古川奈々子)

Jun Wu と Juan Carlos Izpisua Belmonteはソーク生物学研究所(米国カリフォルニア州ラホヤ)に所属。

参考文献

  1. Evans, M. J. & Kaufman, M. H. Nature 292, 154-156 (1981).
  2. Martin, G. R. Proc. Natl Acad. Sci. USA 78, 7634-7638 (1981).
  3. Brons, I. G. et al. Nature 448, 191-195 (2007).
  4. Tesar, P. J. et al. Nature 448, 196-199 (2007).
  5. Takahashi, K. & Yamanaka, S. Cell 126, 663-676 (2006).
  6. Shu, J. et al. Cell 153, 963-975 (2013).
  7. Montserrat, N. et al. Cell Stem Cell 13, 351-359 (2013).
  8. Han, D. W. et al. Nature Cell Biol. 13, 66-71 (2010).
  9. Tonge, P. D. et al. Nature 516, 192-197 (2014).
  10. 10. Hussein, S. M. I. et al. Nature 516, 198-206 (2014).
  11. Lee, D. S. et al. Nature Commun. 5, 5619; http://dx.doi.org/10.1038/ncomms6619 (2014).
  12. Clancy, J. L. et al. Nature Commun. 5, 5522; http://dx.doi.org/10.1038/ncomms6522 (2014).
  13. Benevento, M. et al. Nature Commun. 5, 5613; http://dx.doi.org/10.1038/ncomms6613 (2014).
  14. Woltjen, K. et al. Nature 458, 766-770 (2009).
  15. Pagliuca, F. W. et al. Cell 159, 428-438 (2014).
  16. Gafni, O. et al. Nature 504, 282-286 (2013).
  17. Theunissen, T. W. et al. Cell Stem Cell 15, 471-487 (2014).
  18. Zhou, W. et al. EMBO J. 31, 2103-2116 (2012).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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