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認知行動療法の効果を検証するには

Credit: GYN9037/SHUTTERSTOCK

Anna(仮名)の人生がガラガラと崩れ始めたのは、30年間連れ添ってきた夫が「別の女性に恋をした」と告白してきた2005年のことだった。「自分の結婚生活が終わるかもしれないなんて、それまで考えたこともありませんでした。まさに青天の霹靂でした」と彼女は回想する。Annaは引退した弁護士で、当時はフィラデルフィア(米国ペンシルベニア州)に住んでいた。それからの数カ月間は、朝になってもベッドから出ようと思えなかった。いつも疲れを感じ、後ろ向きな考えに心をすり減らしていた。「私は何の価値もない人間だ」「全てをめちゃくちゃにしてしまった」「全部私が悪いのだ」。彼女は助けを必要としていたが、最初にかかったセラピストは彼女をうんざりさせ、処方された抗うつ薬は彼女の疲労感を強くしただけだった。次に、ペンシルベニア大学(米国)の認知療法センターのCory Newman所長の下で、薬物療法とは別の治療を受け始めた。Annaはそこで、失敗にとらわれず、成功を信じる方法を学んだ。「ものごとを前向きに見られるように導いてくれる人と話をすることで、とても楽になりました」とAnnaは言う。

認知行動療法(cognitive behavioural therapy;CBT)として知られる精神療法の目的は、患者が自分自身のネガティブで自己破壊的な思考パターンに気付き、それを変えられるように手助けをすることにある。この治療法は、どんなうつ病患者にも有効というわけではないが、有効性を示唆するデータが蓄積されつつある。ボストン大学(米国マサチューセッツ州)の心理学者Stefan Hofmannは、「CBTが精神療法のサクセスストーリーの1つであることは明らかです」と言う。

うつ病患者の治療では、普通は抗うつ薬の投与がメインとなる。抗うつ薬は、手軽で安価な治療法とされているが、臨床試験により、薬物療法のみでうつ病から回復した患者は20~44%にすぎないことが分かっている。一方の精神療法にはさまざまなアプローチがある。その中で最もよく研究されているのがCBTだ。2014年に発表されたメタ分析1によると、科学者が治療転帰をどのように測るかによって差があるものの、CBTを受けた患者の42~66%が治療後にうつ病の診断基準に当てはまらなくなるという。

けれども、CBTがどのようにして患者を回復させるのか、厳密なところは分かっていない。うつ病は複雑な疾患であり、さまざまな現れ方をする。一方、CBTは多面的な評価に基づく治療法で、数回から十数回に及ぶ一連の対話セッションからなり、その細かい内容は治療者ごと、患者ごとに異なっている。このような治療法が脳にどのように作用するかを解明するのに必要な研究は、実施も資金獲得も困難だ。それでも研究者たちは、臨床心理学と神経画像実験を組み合わせて答えを導き出そうとしている。CBTの仕組みをよりよく理解し、それが万人に有効ではない理由を明らかにすることができれば、究極的には、医師がより良い医療を提供するのに役立つはずだ。

「有効成分を理解していなければ、治療法を改良することは困難です」と、オハイオ州立大学(米国コロンバス)の心理学者Daniel Strunkは言う。「CBTが効果を及ぼす仕組みを明らかにする過程で、その有効成分と相性の良い患者を特定できるかもしれません」。

CBTは、「うつ病患者は自分自身と世界について、過度にネガティブでしばしば不正確な思い込みを持っている」という前提の上に成り立つ複数の精神療法が取り入れられている。これらのネガティブな思い込みを批判的に検討してきたStrunkは、CBTは患者が「自分自身の治療者になる」ためのスキルを身につけられるようにできている、と説明する。この理論によれば、ものの考え方を直せばうつ病は治るという。

CBTの有効性は治療成績に裏付けられているように思われる。ペンシルベニア大学(米国)の心理学者Robert DeRubeisは、「認知行動療法を受けてうつ病が軽快した人々があまりネガティブな考え方をしなくなっていることを示唆する研究は何十もあります。重力の存在と同じくらい簡単に実証することができます」と言う。

科学者たちが議論しているのは、その仕組みだ。抗うつ薬の投与やその他の精神療法を受けた人々も、うつ病から回復した後は、より前向きに思考できるようになっている。そうだとすると、CBT の「思考パターンを変えることでうつ病を軽快させる」という理論は正しいといえるのだろうか? CBTは別の方法(例えば、治療者との絆を結ばせること)でうつ病を軽快させているのであり、人々が前向きに考えられるようになったのは、心の健康を取り戻した結果にすぎないのではないか、という疑問が湧く。

突然の好転

この問題に取り組むため、研究者たちは、思考パターンの変化が心の健康を取り戻す前に起きていて、それが回復を予告するものであることを示そうとしてきた。「治療が終わる頃には、多くのことが好転しています。できることなら、治療を受けている患者が良い方向に変化する瞬間(それは1度しか起こらないのかもしれないし、何度も起こるのかもしれない)に入り込み、その瞬間に何が切り替わっているのか理解したいのです」とStrunkは言う。

DeRubeisらの研究は、CBTを受けている成人のうつ病患者の多くが、2回の治療セッションの間に症状が大幅に軽くなる「突然の好転」を経験していることを明らかにした2,3。また、患者が治療期間中に経験した改善の半分以上が、このときの急激な変化に起因するという。

「突然の好転」の直前に行われた治療セッションの記録からは、そのセッションが他のどのセッションよりも大きな思考の変化を患者にもたらしたことが分かる。「それまで自分の人生についてネガティブで誇張した見方をしていた患者が、そのような見方の多くを変えることについて語り始めるのです」とDeRubeisは言う。つまり、患者には、症状が改善する直前に認知の変化が表れ始めるのである。この事実から、ものごとの考え方を変えることがうつ病の回復につながっていることが示唆される。

CBTを受けている間に起こる認知の変化の中で最も重要なのが「心の対処法を学ぶこと」であることも、研究によって示されている。「大切なのは、心の調子が悪くなった瞬間の思考を捉えて、その瞬間の思考が本当に正しいのかよく考えてみる、という技術なのです」とStrunkは言う。

CBTでは、治療者は患者に「自分の思考をモニターするように」と指導することが多い。例えばAnnaは、治療を受け始めたときにボランティアで教師をしていたが、しばしば自分と同僚の能力を比較しては、自分は教師に向いていないと感じていた。治療者はAnnaに、自分と同僚が授業中にどんなことをしているのか、具体的に説明させた。授業の様子を説明しながら、彼女はふと「自分にも同僚にも良いところと悪いところの両方があるのだろうかと思い、その途端、そんなの当たり前じゃないかと悟った」のだという。「自分のことについてはネガティブな可能性ばかり考え、他人についてはポジティブな可能性ばかり考えるようになっていたことに気付いたのです」とAnnaは振り返る。

Annaはもう治療を終えている。今でもネガティブ思考に陥ることはあるものの、自分でそのことに気付いて、非現実的な結論を導き出していないか検討するようになった。「ネガティブな考え方を全くしなくなった、と言ったら嘘になりますが、以前のようにとらわれてしまうことはなくなりました」と彼女は言う。

Strunkらは、ネガティブな思い込みが消えていなくても、新しい認知的対処技術を習得することが、うつ病の症状の改善と相関していることを見いだした4。ひとたびこの技術を習得した人は、以後ずっと使い続けていけるという。抗うつ薬の場合とは違い、CBTの効果が治療終了後も続くことは、これによって説明できるかもしれない。そうなると、他の種類の精神療法にも同様の予防的効果があるかが気になってくるが、あいにくデータは多くない。

神経画像を利用して、CBTが効果を及ぼす仕組みを解明しようとする研究者もいる。うつ病患者では、脳のある2つの重要な部位に検出可能な変化が生じていることが多い。1つは、自制や計画などの複雑な心の働きを担う前頭前野で、もう1つは情動反応の処理に関わる扁桃体を含む大脳辺縁系だ。健常者では、前頭前野が扁桃体の活動を抑制して情動を抑えているが、うつ病患者の神経画像には、前頭前野の活動に低下傾向が観察されることが多い。ピッツバーグ大学(米国ペンシルベニア州)の神経科学者Greg Siegleは、「うつ病の人は、扁桃体の暴走を抑えられないのです」と言う。

これらの問題がCBTにより修正可能であることを示す研究結果がある。2007年、Siegleは機能的MRI(fMRI)を用いて、成人のうつ病患者が情動課題を遂行する際の扁桃体の活動レベルが対照群に比べて高く、認知課題を遂行する際の背外側前頭前野の活動レベルは低いことを示した5。さらにSiegleは、臨床試験に参加した9人の患者の追跡調査を行い、脳の2つの部位の活動レベルの異常が12週間の認知療法によりほぼ正常に戻ったことを見いだした6

デューク大学(米国ノースカロライナ州ダラム)の心理学者で、同様の研究結果7を得ているTimothy Straumanは、「画像データは本当に励みになりました。こんな変化が起こるはずだと予想したとおりの証拠が見つかったのです」と言う。

SOURCE: BRAINS, REF. 6; CHART, S. D. HOLLON ET AL. ARCH. GEN. PSYCHIATRY 62, 417–411 (2005).

CBTは、思考の制御に重点的に取り組む治療法である。研究者たちはCBTが、活動が低下している前頭前野を再び働かせ、これにより過活動状態に陥っている大脳辺縁系を鎮めるのに役立つと推測している(「正常な活動状態を取り戻す」参照)。「認知療法は、感情に振り回されることなく前頭前野に働きかけ、これを利用することを教えてくれるのです」とSiegleは言う。

ここで注意してほしいのは、健常者とうつ病患者で活動の様子が違っている脳領域は前頭前野と大脳辺縁系だけではないし、治療により活動が変化するのもこれらの領域だけではないということだ。研究の規模は小さく、時に相互に矛盾している。「十分な研究が行われていないので、私はいつも用心しています」とイーストロンドン大学(英国)の神経科学者Cynthia Fuは言う。彼女の見積もりによると、抗うつ薬治療の神経画像研究は、精神療法の神経画像研究の3~4倍も多く行われているという。「新しい研究分野ですし、異なる課題を用いて、異なる時期の患者の画像を撮影しているため、ばらばらの結果になってしまうのでしょう」とFu。

研究の難しさ

ネガティブ思考の変化と同様、これらの神経学的変化が回復の原因であるのか結果なのかは不明である。この疑問に答えるためには、CBTによる治療期間中に画像撮影を何度も行って患者の変化を追跡し、それが軽快を予告しているかどうかを判断しなければならない。

このような研究には多くの費用と時間を要し、患者の負担も大きい。何より、CBTは抗うつ薬に比べて研究するのが難しいというのが科学者たちの言い分だ。治療者もセッションもばらつきが大きく、研究を混乱させる要因が多いからだ。また、プラセボ(有効成分を含まない偽薬)の投与も困難だ。CBTを受けている患者を、ランダムな割り付けにより薬物投与群や偽薬投与群に振り分けられた患者や、治療待機リストに載せられた患者と比較することはできる。また、CBTではなく一般的なカウンセリングを受ける患者を対照群とすることもできる。けれども、臨床試験を正しく盲検化することは不可能だ。どの患者がどの治療を受けているのか、治療者には分かってしまうからである。また、十分な研究資金を得るのも難しい。「CBTのために提供される研究資金は、抗うつ薬に比べると微々たるものです。抗うつ薬はバックに製薬会社がついているので、研究資金は潤沢です。CBTとは桁が違います」とStrunkは言う。

科学者たちは、CBTが一部の患者にしか効かない理由を突き止め、CBTが効きそうな患者を事前に知る方法を開発したいと考えている。嗜癖・精神衛生センター(カナダ・トロント)の心理学者Lena Quiltyは、「今は、とりあえずどれかの治療法を試してみて、効果がなければ別の治療法に変える、というやり方です」と言う。けれどもこの方法では、治療に失敗するたびに患者の苦しみが長引いて、治療費も膨れ上がることになる。

こうした研究に役立ちそうな手掛かりがいくつか見つかっている。ある種の臨床的・人口統計学的要因から、薬物療法とCBTのどちらに反応しそうな患者かを事前にいくらか予測できるようなのだ。例えば、うつ病に加えて人格障害がある患者は認知療法より薬物療法の方が合っていて、既婚者には薬物療法より認知療法の方が有効であるようだ。

研究者らは、特定の患者のCBTに対する反応性を見極めるのに役立つ脳活動のパターンを探し始めた。エモリー大学(米国ジョージア州アトランタ)の神経学者Helen Maybergらは、2013年に発表した研究8において、陽電子断層撮影法(PET)を利用して82人の成人うつ病患者の脳のグルコース代謝を測定した。その後患者を、CBTを受けるグループと、抗うつ薬として一般的に処方されている選択的セロトニン再取り込み阻害薬による薬物治療を受けるグループとにランダムに割り付けて、12週間治療を行った。その結果、扁桃体とも前頭前野とも連絡している右前部島という脳領域の活動が高い患者は、薬物治療によく反応し、島の活動が低い患者はCBTで改善する傾向が見られた。

その理由は不明である。「基本的には、うつ病で調子が悪くなるのは、脳内のネットワークがダイナミックであるためと考えなければなりません。効果的な治療法が患者により異なるのは、脳のシステムに異なる問題が生じているためと考えられます」とMaybergは説明する。ある種の問題は認知療法で治るかもしれないが、別の種類の問題には薬物療法の方が合っているのかもしれない。

現時点では、神経画像により最適な治療法を特定することはできないため、研究者たちは別のアプローチを模索している。2011年にはSiegleらが、臨床医が瞳孔を脳の窓として利用できる可能性を示した9。これによると、成人のうつ病患者にネガティブな単語を見せたところ、瞳孔があまり大きくならなかった患者は前頭前野の一部の領域の活動が低下していて、瞳孔が大きくなった患者に比べて認知療法の効果が出やすかったという。

現場の臨床医が患者1人1人に合わせた治療をしたいと思うなら、患者の婚姻状況(未婚、既婚、離別、死別)、脳の活動、遺伝など、多くの要因を考慮する必要があるかもしれない。遺伝子にある種の塩基配列がある人は、そうでない人よりCBTに反応しやすいとする研究も少数ある。

CBTによりうつ病が軽快する仕組みや、CBTの効果が出やすい人を特定するには、科学者はまず、さまざまな形態と徴候を示すうつ病をもっとうまく扱えるようにする必要があるかもしれない。Straumanは、意欲的な神経科学者と臨床心理学者による共同研究が増えている現状に期待している。「我々の思考の複雑さが、ついに疾患の複雑さに追いついたのだと思います」とStraumanは語る。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2015.150213

原文

A change of mind
  • Nature (2014-11-13) | DOI: 10.1038/515185a
  • Emily Anthes
  • Emily Anthesは、ニューヨーク在住の科学ジャーナリスト。

参考文献

  1. Cuijpers, P. et al. J. Affective Disorders 159,118-126(2014).
  2. Tang, T. Z. & DeRubeis, R. J. J. Consult. Clin. Psychol. 67,894-904(1999).
  3. Tang, T. Z., DeRubeis, R. J., Beberman, R. & Pham, T. J. Consult. Clin. Psychol. 73, 168-172(2005).
  4. Adler, A. D., Strunk, D. R. & Fazio, R. H. Behav. Ther. http://dx.doi.org/10.1016/j.beth.2014.09.001 (2014).
  5. Siegle, G. J., Thompson, W., Carter, C. S., Steinhauer, S. R. & Thase, M. E. Biol. Psychiatry 61,198-209(2007).
  6. DeRubeis, R. J., Siegle, G. J. & Hollon, S. D. Nature Rev. Neurosci. 9,788-796(2008).
  7. Ritchey, M., Dolcos, F., Eddington, K. M., Strauman, T. J. & Cabeza, R. J. Psychiatr. Res. 45, 577-587(2011).
  8. McGrath, C. L. et al. JAMA Psychiatry 70, 821-829(2013).
  9. Siegle, G. J., Steinhauer, S. R., Friedman, E. S., Thompson, W. S. & Thase, M. E. Biol. Psychiatry 69, 726-733(2011).